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リング  作者:
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第1話:彼女の日常

 それはどこにでもある平凡な光景。カウンターを挟んだ内側で忙しなく働く人々とそこに並ぶ長蛇の列。まるで、どこかの役所の様である。

 そのカウンターでは二人の少女が、この役所らしき場所に来た人々の応対に追われていた。


 「105番の方ー、カウンターへどうぞ。こちらの用紙にお名前と没年月日の記入をお願いします」


 応対をしている少女達は、そろいの黒のスーツを着ている。一人は、セミロングの茶髪。もう一人は、おかっぱで黒髪の少女だった。


 「はい、記入もれはなしですね。それでは、これからの事についての説明をさせていただきます」


 黒髪の少女は、お決まりであろう台詞を述べる。そしてそれから先の台詞を隣に立つ、茶髪の少女に言うように促す。


 「えっと、手続きが済み次第、この鬼籍登録カードが発行されます。このカードは身分証になりますので紛失なさらないように気をつけてください。もし、紛失された場合は速やかに再発行手続きをしてください」


 茶髪の少女は、何とか言えたようでホッとしているのが見てとれた。何故それが分るかと言うと彼女の胸には研修中というバッジがあるからだ。

 そして、引き継ぐように黒髪の少女が続きの説明に入る。


 「カードが発行されたのち、3階の職業登録所で仕事を紹介させていただきます。その後、住居へご案内させていただきます。細かい決まり等は、こちらの手引き書でご確認をお願いします」


 こちらの少女は、詰まることなく説明を終えた。そして2人は最後にこの言葉で締めくくる。


 「ようこそ、天国へ!!」 


 ここはあの世の役所・管理局であった。

 


 ピンポンパンポン。

 どこか、耳慣れた音階が流れ、その後にアナウンスが続く。


 「本日の業務終了です。お疲れ様でした」


 茶髪の少女は、マイクのスイッチを切ると椅子にドカッと座りこんだ。


 「先輩、お疲れ様です。…………今日も大変でしたね」


 この少女の名前は明日香。この管理局に配属されたばかりの新人局員である。


 「お疲れ。こんなの大変なうちに入らないわよ。お盆の時期なんて出国手続きも重なるから地獄よ」


 クルリと椅子を明日香の方に向けて答えたのは、黒髪の少女・三千代だ。明日香にとっては指導担当であり、良き友人でもある。


 「まじ?」


 明日香は、終業したのでいつも通り、タメ口に戻る。


 「まじ。あっ、頼んでおいた鬼籍登録簿、整理した?」

 「………………忘れてた!!」

 「おい! あんたねー、鬼籍登録簿の整理は重要な仕事でしょうが!! 今日、残業よ」

 「えーーーーー、またー?」


 明日香は、机に突っ伏して足をばたつかせる。


 「あたし、この1ヶ月、帰宅してないんですけどー」

 「誰のせいだ、誰の」


 三千代は、額に青筋を浮かべてつっこみ、そしてキレた。


 「だいたい、仕事に対して局員の人員配置が間違ってるし、絶対に」

 「そうだよ、おかしいよ。…………あれ? 三千代の今日の仕事は終わったよね」

 「もちろん、終わらせたわよ。でも、あたしはあんたの指導担当、だから帰れないのよ!」

 「あたしのせい?」


 明日香は、悪びれもせず首を傾げる。それを見た、三千代は再度、爆発した。


 「あんたが、頼んだ仕事を忘れるからでしょうが!! だいたいあんたは…………」


 三千代がお説教をしようとしたその時、フロアに入って来る人物がいた。

 その女性は、明日香より年上の二十代後半の女性で髪をアップにし、眼鏡をかけている。


 「あらあら、何の騒ぎ? 外まで聞こえてるわよ」

 「円先輩!!」


 明日香と三千代は、入ってきた女性を見て声をあげる。


 「二人ともお疲れ様。仕事は終わった?」

 「すみません。あたしのミスでこれから残業です」


 明日香は、円に謝る。そんな明日香を見て円は笑った。


 「明日香は入ったばかりだもの仕方ないわ」

 「仕方なくないです。これでまたあたしは、帰宅出来ません」


 三千代は頬をプクッと膨らませて主張する。


 「でも、うちの課は元々かなりの重労働だし、明日香はかなり有能だと思うわよ。まだ一度も転課届を提出していないし」

 「甘いです。そりゃ、確かに頑張ってるとは思います。けど、この子はかならず大事な場面で何かしらやらかすんです。フォローをするあたしのことも考えてください」


 円は、三千代を見てニッコリと笑顔を向ける。その笑顔はくせものだということを身にしみて理解している三千代は、かまえる。


 「三千代?」

 「なっ、何ですか?」

 「成長したなと思って。私があなたの指導担当だったときなんて…………」

 「えっ、何ですか?」


 明日香は、円の意味深な台詞に身を乗り出す。


 「あのね、三千代が新人で入局したときなんて鬼籍登録簿を紛失したり、ガイドに出て連れてくるはずの人を間違えかけたり…………」

 「ワー−−ッ。ストップ! 先輩、勘弁してください」

 「じゃあ、二人で仲良く仕事なさい」

 「はい」


 三千代は、ガックリとしながら返事をする。


 (…………この人には逆らっちゃなんねー)


 「ところであなた達、課長がどこにいるか知らない?」

 「課長ですか? あたしは、今日はみかけてませんけど。先輩は?」

 「あたしも見てません。…………課長、またいないんですか?」

 「いないのよ。まったくあの人はすぐに消えるんだから」


 その時、円の携帯が鳴る。


 「はい? 課長! どこにいらっしゃるんですか? はい、はい、分りました。すぐに行きます」


 電話を終えた円は、にっこりと笑いながら2人に言った。


 「課長から呼び出しがかかったから、私は行くわ。じゃあ、二人とも頑張って」 


 そう言い残すと円は、早足にフロアから去っていった。


 「じゃあ、やりますか」


 円を見送ると三千代は仕事の再開を提案し、明日香もそれに従う。嫌なものは、さっさと終わらせるべし。

 そして、2人が登録簿の整理をし始めて数分たった頃、三千代の席の内線が鳴った。


 「はい。ご苦労様です。ああ、その方は昨日お連れした方ですよね? ………………えっ!はぁ、分りました」

 「どうしたの?」

 「明日香。昨日ガイドした方覚えてる?」

 「はい、きれいな方でしたよね」

 「その人がね、指輪がないって泣いてるんだって。指輪がなきゃ逝けないって」

 「大変じゃないですか!」

 「だから、詳しい話を3課まで行って聞いて、探してらっしゃい」

 「探す?」

 「そう、指輪を」

 「えーーーーーっ」


 あちら側に戻り、指輪を探す。その作業がどんなに大変なのかを思うと明日香は叫ばざるをえなかった。

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