第3話 本日処刑予定
俺はだんだんとこの夢の内容を理解していた。
俺は今、どこかの国の王様になっている。
……夢だけど。
そして、この美しい女性は……おそらく俺のメイドだ。
自分の肖像画を寝室に飾っちゃう、しかも女性のメイドと朝からヤるのを日課にしている、とんでもない王様。
なるほど、そういうシチュエーションの夢か。
メイドの女性は、俺の顔をまじまじと見つめていた。
眉をひそめ、何かを探るような目つきで。
「陛下……?ご気分が優れないのですか?でしたら、ただ今お医者様を……」
彼女の声は、よく通る澄んだ声だった。
女性は身を翻し、部屋から出て行こうとする。
「え?い、いや!大丈夫ですよっ!俺は元気ですから」
思わずそう言って、彼女を引き止めた。
だが、彼女は一瞬足を止めただけで、すぐに訝しげな目をした。
「……陛下。本当に大丈夫ですか?何だかその……口調がいつもと違っていて……」
「……そ、そうか?」
「はい。それに、"朝の交わり"をしないなど、陛下らしくありません。お身体の具合が優れないようでしたら、このリシアに何なりとお申し付けください」
リシアはそう言うと、サッと礼をする。
(……綺麗な人だなー)
彼女の整った顔立ち、艶のある黒髪。
光を受けるたびに、その瞳が淡く煌めいている。
(……うん、まあ、これ夢だしな)
せっかくなら、王様らしく振る舞ったほうが面白い。そう思った。
俺は、できる限りの威厳を装って、声を低くして言った。
「"問題ない"と言っただろう。くどいぞ、リシア」
自分でも笑いそうになる。
けれど、これで少しは王っぽく見えるかもしれない。
ちらっと彼女の顔を見ると、リシアは一瞬で怯えたような表情を浮かべた。
「はっ!た、大変失礼いたしました……!私の非礼を、どうか、どうかお許しくださいませ!」
彼女は深く頭を下げた。
(い、いや、別にそんな謝らなくても……)
「構わぬ。余は気にしておらん」
「あ、ありがたきお言葉でございます……!」
そう言って顔を上げた彼女は、ほっとしたように微笑んだ。
(王様ムーブって……地味に疲れるなあ)
「……陛下、お召し物を。朝食の準備もできております。こちらへ」
リシアは黒地に金の刺繍が入ったローブを俺に差し出した。
重そうな布地だ。
(……な、なんつー服だよ。悪趣味王め)
そう思いながら袖を通すと、妙に体に馴染んだ。
リシアに連れられて部屋を出ると、目の前には信じられないほど高い天井の廊下が広がっていた。
大きな窓から差し込む太陽の光が、床の大理石に反射してかなり眩しい。
まるで、どこかの宮殿だ。
夢にしては、かなりリアルな。
リシアに導かれ、奥の扉を開ける。
そこには豪華なダイニングがあった。
「うわっ……!うまそー……」
思わず声が出た。
ダイニングにある大きなテーブルには、高級ホテルのような朝食が並んでいる。
焼きたてのパン、瑞々しい野菜、琥珀色のスープ。
並んでいる皿の一つひとつが芸術品のようだった。
リシアに促されて席に着く。
俺は朝食を食べ始める。
パンを口に運んだ瞬間、思わず息が漏れた。
(う、うっめえ……!)
外はカリカリ、中はふわふわ。香ばしい匂いが鼻から抜ける。
他の料理にも手を伸ばす。
ベーコンの脂と卵の黄身が舌の上で溶け合う。
野菜はどれもシャキシャキとして新鮮だ。
夢の中の食事にしては、あまりにもリアルだ。
こんなうまい朝食を食べるのは久しぶりだ。
いつもなら、家を出るギリギリまで寝てるから朝食は食わないか、食べたとしてもコンビニのしゃけおにぎり一つ。
(……まじで夢か?いや、絶対夢なんだろうけど……こんなに味がしっかりわかるなんて、リアルな夢だな、まじで)
俺は、夢中で朝食を食べ続ける。
ふと目線をずらすと、リシアがテーブルの横でまっすぐ立っているのに気づいた。
彼女はまるで銅像のようだった。
「リシア、君は食べないのか?」
「え……!?め、滅相もございません!侍女である私が、陛下と同じ食卓を囲むなど……!」
彼女は両手を胸の前で組み、真っ青な顔で言った。
(……そんなタブーなの? 王様って、一人でメシ食うもんなのか?)
リシアにそう言われ、俺は一人で黙々と料理を食べる。
(あー……美味かった)
俺が用意された料理を全て食べると、リシアが柔らかく控えめな声で告げた。
「陛下、そろそろ朝の定例議会のお時間でございます」
「む。そんな時間か」
(いや、何が“む”だよ。自分で言っててゾッとするな)
俺は立ち上がり、リシアの後に続く。
廊下の窓からは、壮大な庭園が見えた。
整然とした並木道と噴水。
眩しいほどの朝日。
そしてその中に、"異様"なものがあった。
「え……?」
俺の視線の先。
庭の一角に、十字架のようなものが三つ立っていた。
そこに、"誰か"が磔にされている。多分、いや、絶対にあれは"人間"だ。
彼らは目隠しをされ、全く動かない。
「リ、リシア……?あれは、一体何だ?」
「?……ああ。あれでございますね。本日処刑予定の者たちでございます」
「……処刑……?」
「はい。昨日、陛下がお命じになった件でございますよ。財務官一名と、その補佐二名。定例報告で数字の誤りが"一箇所"あった件です」
「は……!?」
心臓が跳ねた。
血の気が引く。足が勝手に止まる。
リシアの声は静かで、落ち着いていた。
まるで、朝のニュースの天気予報でも告げているかのような平静さで、とんでもないことを口にしている。




