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傾奇転生 前田慶次異聞録  作者: 赤坂しぐれ


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第五話 激昂


 先の『獣人戦争』は、誠に獣人とって辛い記憶であった。


 灰色獣人の集落、『グレイフィル』で女神教の司祭を務めるエクシアも、当時は治療要員として戦地に赴いていた。

 そこで見た凄惨な光景は、いまでも夜な夜な夢に見る。


 あの、忌まわしき紅蓮の記憶を──。



 開戦当初、圧倒的身体能力の差によって、獣人は優勢に立っていた。しかし、しばらくするとそれは一転、獣人は早々に追い詰められることとなる。


 仲間の絆を尊ぶ獣人に対し、コルセニア王国側は非戦闘員を人質にとり、抵抗できなくなった戦士たちを一方的に嬲ったのだ。

 中には、そんな非人道的な事はできないと、反対する者もいた。だが、そんな人たちは指揮官によって別の戦場に移させられたり、見せしめとして獣人と共に処刑されたりもした。


 それに、コルセニア王国側は圧倒的なまでの数の差で、獣人たちモンスブルクを制圧していった。

 獣人の弱点である、同胞の人質と数での差は、もはや覆すことの出来ない戦局を産み出した。


 そして、意を決したモンスブルクの首長・ガーガバーガーは、決戦へと挑む。モンスブルクの最終防衛線である、首都近郊の街・ノースフライ。ここで、コルセニア王国の指揮官であるヨハネス大将軍を待ち、この戦いの雌雄を決めんとする最終決戦を申し込んだのだ。


 勝てば、コルセニア王国は退き、停戦条約を結ぶ。負ければ、自らの命を捧げ、コルセニア王国に降る。


 コルセニアでも随一の武将と名高いヨハネス大将軍は、これ以上の継戦は互いに利なしと、この決戦を承諾した。


 だが、約束の日。

 最終決戦の地にヨハネス大将軍の姿はなかった。本陣に構えていたのは、同じくコルセニアの将軍ではあるが、非人道的な作戦を最も用いていた悪名高い、グリード将軍であった。


 これに対し、ガーガバーガーは約束を反故にしたと憤慨し、兵を引き上げようとした。一将軍と、大将軍ではあまりにも格が違いすぎるのだ。決戦で将軍を討ち取ったところで、なんの誉れがあるものか、と。


 そうしてガーガバーガーは兵を引き上げようとした。しかし、そんな時に事態は動いた。

 コルセニア王国側から、百人に満たない程の獣人の捕虜が解放されてきたのだ。これにはガーガバーガーも目を白黒とさせ、ただ同胞を受け入れるしか出来なかった。


 それが、地獄の始まりとも知らずに。


 解放された捕虜たちは、腕を縛られ、口を縄で縛られている状態であった。そして、『獣ごときに服など不要』と、全員全裸で解放されたのだ。

 その凌辱的な光景に、モンスブルク兵達は怒りに震え、奥歯を噛み締めた。だが、いまはそれよりも、傷ついた同胞を救うのが先決だ。そう考えたモンスブルク兵が、解放された者たちへと近づいていくと、その者たちの表情が青ざめ、首をしきりに横に振っていた。

 モンスブルク兵たちはそれを、『辱しめを受けた自分達を見ないで欲しい』という、誇りを傷つけられたものからだと思った。


 だが真実は、『こちらへ来ては行けない』という、声なき叫びであった。


 モンスブルク兵が、捕虜に触れたその瞬間。


 太陽の様に眩い光が放射され、けたたましい爆音が大気を震わせた。渦巻く焔に、空へと駆け昇る黒煙。

 先程まで捕虜がいた場所には、黒こげの人であったナニかが、辺りに散乱するだけだった。


 それを皮切りに、次々とモンスブルク側で発生する爆炎。

 その混乱がもたらした被害は当然大きかったが、なによりもその爆発が“同胞を爆弾に変えた物”が原因だと気づき、モンスブルク陣営は混乱と狂気に囚われてしまった。


 一度瓦解すれば、幾ら強兵(つわもの)と言えど脆く崩れるもの。

 必死の抵抗も虚しく、モンスブルク陣営は次々と将を討ち取られ、そしてガーガバーガーもその首を王都に晒されることとなった。


 ──あれだけ、良き隣人であったニンゲンが、何故? 俺たちは、仲間ではなかったのか?


 獣人たちの心の中に生まれたのは、ニンゲンを恨む気持ちと、何故裏切ったのかという疑問であった。

 いっそのこと、恨みに偏ればまだ楽だったのかもしれない。憎むだけで、済むのだから。だが、そんな辛い戦いの中でも、獣人を助けるべく動いたニンゲン達もいた。


 その結果、いくつかの集落は差別を受けつつも、いまだ王国の中で生きることを許されている。


 慶次が訪れた『グレイフィル』も、その一つであった。


 だから、グレイフィルの実質的な主導者・おおばば様こと、エクシアは一つの望みに賭けようと思った。


 実は昨日の事。テレンスが女神の使徒の事を報告をしたのち、エクシアはある夢を見た。


 眩い光の中に佇む、一人の女性。その姿は光に隠れハッキリと見ることは叶わなかったが、長年女神教を信奉してきたエクシアは、魂でその存在の正体を感じ取った。


「まさか……女神様なのですか?」

「その通りです、エクシア。私は、運命を司る女神。此度は、貴女に神託を授けに参りました」


 慶次をビンタしてしまい、誤って下界に落とした女神が、慶次を助けをして欲しいと一部の信徒の夢枕に立ったのだ。


 神託を授かり、夢から覚めたエクシアは呆然とした。


 ──まさか、本当に女神様が神託を? 


 否……もしかすれば、あれは本当はニンゲンという存在を、かつて共に生きた者達を、心の何処かで信じたいと思う気持ちが見せた、願望なのかもしれないとも思った。


 それに、例え本当に女神様の御告げであっても、もう自分達はおいそれとニンゲンを信じることは出来ない。それだけの事が、『獣人戦争』を通じて、エクシア達の心に大きな傷を与えたからだ。


 むしろ、エクシアは戦争以降、女神への信心に迷いがあった。


 ──なぜ、我々の祈りを、あの日の地獄に救いの手をのべてくださらなかったのか。


 だからこそ、今回の一件をして、己のが見た夢が真実かどうか、それを見極めたかったのである。


 ◆◆◆


 だが、いま目の前で起こっている、これはなんだ?

 エクシアは、高笑いをあげながら、村の若者衆を殴り飛ばす大男の姿に愕然とする。そして、それは隣に立っていた村の警備隊長・レインも同じだ。


 自分が手塩にかけ育ててきた、村の有望な男達が、まるで父親にじゃれつく子どもの様に、次々と投げ飛ばされていく。

 見れば判る。あの大男は、かなりの力量の持ち主だ。だが、それでもあそこまであっさりと、獣人の中でも武勇に優れる灰色狼族の男が、顔に土を付けられるのかと。


 そこで、レインはハッとなってテレンスを見た。


「まさか、テレンス……貴様、女神様の使徒だと嘯く邪神の使徒を連れてきたのではないだろうな!?」


 唐突な物言いに、テレンスは否定をしようと首を横に振る。だが、その嫌疑に対し、明確に答えることの出来る証拠は何一つない。そもそも、その事を確認するために、村に呼んだのだから。


「ち、違います! なんと言えばいいか……ケイジは、邪悪なニンゲンとは違うんです! 話してみれば、わかります! ……たぶん」


 最後の方が尻すぼみになってしまったのも仕方がないだろう。話してみればわかると言われても、その前に殴り飛ばされているのだ。


「ふざけた事をぬかすな! 貴様のせいで、私の部下達が酷い目にあっているのだぞ!! 私は……私は、この村を、残された者を守る責務があるのだぁ!!」

「きゃぁ!?」


 頭に血が昇ったレインが、乱暴にテレンスの腕を掴んで引っ張った。体勢を崩したテレンスが倒れ込み、その拍子に地面に顔を打ち付けて口許から一筋の赤い線が流れる。


 それを見た慶次は、笑みを消して目を見開き、喉を震わせる。


「自分より弱き者に手をあげるのが、貴様ら獣人の仕来たりというものかぁッッ!!!」

「~~~ッ!?!?」


 慶次の激昂は、聴く者の腹の底だけでなく、魂をも震えさせるほどに気迫に満ちていた。

 戦場で幾千の武士(もののふ)の命を屠って来た修羅の覇気が、集落の者たちの心臓を鷲掴みする程の緊張を与える。心の弱き者はそれだけで腰を抜かし、中には失禁する者もいた。


 冷や水を浴びせられた様に静まり返る集落。誰しもが、動けずにいた。

 そんな中で、慶次は一人レインへと歩みを進める。


「俺は自分より弱き者をいたぶる作法を知らぬ。そんな外道のすることを、父も友も教えてはくれんかったからのう」

「ッ!」


 レインは歯噛みする。別にレインとて、好き好んで女に手をあげようと思った事などない。先ほどの事も、テレンスに怪我をさせようなど微塵も考えていなかった。

 しかし、いまの状況では返す言葉が見つからない。明らかに侮蔑を込めた挑発をしてくる眼前の男に、ただ好きなように言われるしかなかった。


「貴様ら灰色狼族とやらは、誇り高き戦士の一族と、そうテレンスから聞いておったのだがなぁ……些か、見込み違いであったか」


 心底ガッカリしたように呟く慶次に、こればかりは看過できないとレインが口を開く。


「黙れ、ニンゲンよ! 貴様ごときに、我々の何が解るというのだ!」

「わからんよ。わからんから、こうやって拳を交え、知ろうとしておるのだ。だが、もう良い。どいつもこいつも、へたればかりだ。テレンスと話した時に感じた、灰色狼族の気高さは俺の勘違いだったようだ」


 そう言って踵を返す慶次。そのまま、村を去ろうとした、その時。


「ま、待てぇ!!」


 先ほどの慶次の声に負けない程に、大きな声が集落に鳴り響く。慶次はその声に歩みを止め、振り返る。するとそこに立っていたのは、先程眉間を手刀で殴られ、のびていた巨漢であった。


「ほう? まだ、立てるのか。なかなかに頑丈だな」


 慶次はニヤリと口角をあげ、巨漢に相対する。

 巨漢はフラフラと足元が覚束ない様子であったが、それでも鋭い視線を慶次へと向け、身構える。


「俺は、グレイフィルの戦士……ハルクだ。もう一度、俺と腕比べをしてもらおうか!!」


 それがハルクにとって、痩せ我慢であることは、誰の目にも明らかだった。

 しかし、そんなハルクの姿に、慶次は目を輝かせて応える。


「いいとも。今一度、拳をもって語り合おうじゃないか!!」

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