表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾奇転生 前田慶次異聞録  作者: 赤坂しぐれ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/6

第四話 拳での語り合い


 村の近くの大岩でテレンスと別れた慶次は、しばし待ってからテレンスの後をつけていった。


 そうしてテレンスが村の奥へと消えていくのを見送り、再び門番が棒を構えて辺りを警戒し始めた辺りで、ひょっこりと姿を見せて、気軽な雰囲気で門番へと近づいていった。


「やぁやぁ、そこの狼男よ。俺の名は雲居ひょっとこ斎と申す。少し、そこを通して貰いたいのだが、構わんかね?」


 なんの気負いもなく、笑顔で近づいてくる慶次の姿に、門番の男は不気味さとその立ち姿に戦慄を覚える。


 門番とは、集落の中でも武勇の優れた者が務める者である。この門番男──名をカシムというのだが、カシムもかつての『獣人戦争』で戦い、生き延びて村へと還ってきた男の一人である。

 故に、そんな戦場を生き抜いた男の勘が告げる。


 ──この男は、危険だと。


 普段であれば、例え憎きニンゲンであれどまずは村へ訪れた理由を聞き、入村の可否を判断する。いくらニンゲンが相手とはいえ、いま自分達はそのニンゲンが支配するコルセニア王国の一員なのだ。武力での解決は、最終手段である。

 それでもカシムは慶次という男を排除せんと、手に持っていた棒を振るい飛びかかった。


 だが、それはカシムが特段臆病であるとか、危険な思想を持っていたからではない。慶次があえて、そうさせたのだ。


 慶次はテレンスから、灰色狼族は武に優れ、戦いに生きる種族だと聞いていた。そんな彼らが、慶次が放つ本気の殺気に対して、反応しないわけがない。そう考え、あえて自分を襲わせるよう、戦場(いくさば)の気を当てたのだ。


 少し話したくらいで人となりのすべてがわかるわけではない。しかし、慶次はテレンスの中に、肉親を殺したニンゲンへの憎しみと、それでもニンゲンを憎みきれない優しさを見いだしていた。


 昨晩泊まった小屋の中に、失った家族の肖像と同じ様に大事にされていた、ニンゲンの友人との手紙が残されていたのだ。


 なればこそ、慶次は考えた。もしも、灰色狼族と交友を深めんとするならば、言葉だけでは足りぬ、と。


 ──戦で培った信義は、拳でこそ通じる。言葉だけでは、通じぬ相手もいる。

 慶次は、この者たちの“心の根”を見たかった。


「さぁ、存分に拳で語り合おうではないか! そうりゃ!!」


 拳を交え、腹を割って本音で話さねば、失礼にあたるのだ、と。


 カシムは飛びかかりながら、上段から棒を慶次の眉間目掛けて振り下ろす。その早さはまさに疾風とも呼べる、見事な一撃である。只人であれば、そのまま眉間を割られて絶命していたであろう。


 しかし、常に一撃必殺の刃が飛び交う戦場で、己の命を賭けてきた慶次にとっては、それはありふれたものである。振り下ろされた棒を半身になって回避すると、そのままカシムの側頭部に拳を叩きつけた。


 戦場で幾人もの武士(もののふ)を屠ってきた慶次の拳は、その一撃が岩で殴られたかのような衝撃を与えるものだ。しかし、慶次は感じた手応えに対し、カシムがまだしっかりと体勢を整えて、武器を構えている事に疑問を抱く。


「面妖な……確かに、俺の拳が当たったはずだが?」

「そんな魔力の籠っていない拳など、羽虫も殺せないぜ」

「まりょく、とな?」


 魔力については、アルテミシアも説明をしてくれていた。が、それをまともに聞いていなかった慶次は、その使い方はおろか、存在も知らないでいた。


 そんな慶次に対し、羽虫も殺せぬと言ったカシムであったが、それはただの強がりである。確かに、慶次の拳には魔力など籠っていなかった。ただ、全力でぶん殴られただけ。ただそれだけなのに、カシムはいま立って武器を構えるので、精一杯になっていた。


(な、なんだこの化け物は……! 戦場で食らったどんな拳よりも、魔術よりも重い一撃だった。あんなの、もう一発食らえば死んでしまう!!)


 恐れ(おのの)くカシムに対し、慶次は己の拳で倒れない事に歓喜していた。


「うーむ……良いな! こんなにも強きもののふがおるとは、異世界はやはりたまらん! よぉし、一丁、本気でやろうじゃないか!」


 馬鹿な事を言うな。カシムはもはや立っていることがぎりぎりのいまの状況で、これ以上この男の相手など出来ないと、懐から笛を取り出して全力で鳴らす。

 門番は腕っぷしが強くなければ務まらない。だが、門番だけでは不測の事態に陥ることは無いとは言えない。そんな時に、集落に応援を呼ぶ合図の笛があるのだ。


 異常事態を聞きつけた村の若者衆が、直ぐ様駆けつけて慶次を取り囲んだ。

 そんな村の衆を眺めつつ、慶次はどうしたものかと悩む。各々手には武器を握っているが、そのどれも非金属製のものであり、そして何処かあまり品質の良いものではないと、慶次は見抜いていたのだ。


「そんなボロを握っていては、勝てるもんも勝てんぞ? ほら、男であれば拳のひとつで語り合わぬか!」


 慶次は一番近くにいた、木剣を握っていた若者の手を打ち払い、そのまま顎を下からかちあげて吹き飛ばす。殴られた若者は、そのまま放物線を描き、門を突き破って村の中へと帰っていった。


 まさか、自分の仲間がぶん殴られて、文字通り宙を舞うなんて。人ひとりを殴り吹き飛ばしたその膂力に、若者たちは戦慄する。だが、それをただ待っていてくれるほど、慶次という男は優しくはない。


「そうら、次じゃ、次! かかってこぬなら、こっちから行かせてもらおうかね!!」


 慶次は近場にいたものから、次々と殴り付けては吹き飛ばし、時にはその体を持ち上げて村の方へ投げ飛ばしていった。

 あまりにも、力が違いすぎる。すっかりと引け腰になってしまった若者たちは、じりじりと後退していき、ついには慶次の村への侵入を許してしまった。


 だが、そんな若者衆に檄を飛ばす者が現れた。


「敵に背を向けて、退く者があるかぁ!!」

「……ほう?」


 その男は、他の者よりも明らかに、体の大きさが違った。

 灰色獣人族は、その優れた身体能力に対し、俊敏さを重視するため比較的線の細いものが多い。それに対し、いま慶次へと歩みを進める男は、まるで全身が岩の様に厳つく、さきほどの若者衆に比べて頭三つ分ほど背も高かった。


 高身長を誇る慶次ですら、若干見上げなければいけない程に、その男は巨漢であった。


「でかいな……だが、肥えておるわけではない。戦場で鍛え上げられた、良い肉体をしておる」

「ふん……お前も、ニンゲンにしてはなかなかのカラダじゃないか。だが、俺が来たからには、ここで終わりだ!」


 巨漢は慶次の眼前まで歩みを進めると、その両肩を掴んで握りつぶそうと試みる。

 握られた慶次の肩は骨が軋み、いまにも折れそうなくらいに巨漢の指がめり込んでいた。だが、慶次はそれでも笑みを消さずに、巨漢を見上げて言う。


「ふっ……力自慢がしたければ、木石でも相手にしておればいい。動かぬ者に対して力を見せて、どうするつもりか……ね!!」

「っ!?」


 気合い一閃。慶次は無理矢理腕を振り上げて、巨漢の腕を払い除ける。

 まさか、自慢の怪力を破られるとは。驚きに目を見開く巨漢に、慶次は真っ直ぐ手刀を振り落とす。


「ぐべぇ!?」


 眉間を強かに打ち付けられ、その巨体が崩れ落ちた瞬間、地が鳴った。

村の者たちは、風さえ息を呑むのを聞いた気がした。

 眉間を打ちつけた際に聞こえた骨を砕くような音は、巨漢の死を想起させるには十分すぎるものであった。


「はーっはっはっはっ! 狼のようななりをしておるから、もう少し骨のある者が来るかと思ったが……こんなものかね!」


 慶次は巨漢の体を踏みつけ、高らかに笑い声をあげる。

 辺りに集まっていた村の者たちは、村でもっとも怪力の男の敗北と、まさに悪鬼羅刹の如く力を振るい笑う男に、心底恐怖を抱いた。


 そして、その光景を目にした村を納める三人と、テレンスもまた、それぞれの胸のうちに様々な想いを抱いたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ