其の二 樹海の怪鳥
「──あなたはキビの実から粉を取り、よくこねて団子を作りなさい。その作り方は次のとおりである──」
「──ただし、団子は日本一でなければならない──」
──ある男の言
大猿から得た新たな神通力──
それはやはりというか予想どおりというか、姿変えの変身術であった。
さすがは長年人間に化け、たくさんの小猿どもを従えていただけのことはある。
早速、猿の言葉で呪言を唱え、化けようとするが──あまり上手くゆかぬ。
苦心して全身を変えようとするも、躰を女にしたり、背丈を童のようにはどうしてもできない。せいぜいが、顔の作りをいじるくらいが限界である。
猿語の発音が下手なのか?
あるいは肝が未だ己の躰の一部になっていないからか──
なんにしても、剛力無双を求める桃次郎には、なんとも期待外れな力であった。
屋根の崩れた社の先、ごつごつとした岩山を越えて進んだ桃次郎は、やがて失敗したと思った。広がっていたのは深い森だが、なんとも方角が読みづらいのだ。
辺りにはナラの林やクスノキの巨木が伸び広がり、陽の光もたいして届かない。そこに地から湧いたような濃い霧が立ち込めている。空気は酷く冷たい。こんなときは下手に動くとロクなことにならないだろう。
気はすすまぬが、野宿でもするか──
「──お──か?」
ふいに、人の声がした。
桃次郎は息を殺すと、木の陰へと身を隠す。
人の言葉だからといって安心はできぬ。
カタコトくらいならば、どんな低級な鬼、もののけにも話すことはできる。
また、実際人間だったとしても、それはそれで厄介だ。
というのも桃次郎は、各所に人相書きが回るほどのお尋ね者。
たしか首にかかった懸賞金は、金の粒玉が二十だったか、三十だったか──
「──なあ、さっきの見たか、おい?」
足音と共に、声が近付いて来た。
音の数からして──三人。
やがて霧の奥から急に物質化でもしたみたいに、影が現れる。
「──いや。おらは見てねえ」
「そうだとも。こんな霧じゃ、なんも見える訳ねえよ」
「疑うのか? 本当に居たんだ! 大きな黒いもんが──」
影たちはさらに輪郭をはっきりさせ、桃次郎の横を通り過ぎた。格好からして近隣の猟師だろう。
暖かそうな毛皮の蓑、角ばった菅笠を被り、足にはなんと藁の長靴も履いている。矢筒は背中に、半弓は肩と脇の間に挟まれていた。
──大きな黒いもん。
桃次郎の躰は七尺(約2.1m)ある。
姿を見られたのだとしたら面白くない。
彼らについて里に下りようかと考えていたが、やはりここは距離を──
「──ほら、見ろ! あの上だ!」
猟師の一人が叫んだ。
その言葉を覆い隠すように、頭上の木々がざわめき、遥かな霧の奥が妖しく動いた。
さわああああ。
まるで通り雨みたいな音が降り注いだ。
「ぎゃ!」「ぐわッ!」
続く猟師たちの絶叫と、地に伏せる音。
木に身を寄せていた桃次郎のすぐ頭の横に、カッと何かが突き立った。
睨むように目で追うと──羽根だ。
それも、波紋の浮いた短刀のような色をした──
「──ひいッ。し、死んじまったあ!」
山道の方から声。目を転じると、たった一人生き残った猟師が腰を抜かしている。
少しの間、迷いがあった。
助けたところで何の得にもならぬ──
「ええい、立て! 隠れるんだ!」
結局、桃次郎は道へと飛び出した。
「ひえええ! お、お化けッ!」
立ち上がったは良いものの、七尺の男を目にした猟師は駆け出した。
「止まれ、馬鹿やろう!」
捕まえようとするも、だからこそ余計に逃げる。
と、そこに再び、通り雨の音。
桃次郎の肩に背に、ざくざくと鋭い痛みが幾つも走る。
「チッ!」跳ねるように、木の裏へ逃げ帰った。
「──う、ぎゃあッ」
山道の中ほどで、さっきの猟師がうつ伏せに倒れる。
その背中には──鋭い羽根が無数に屹立していた。
痛みを堪えながら、腕をまわして肩の羽根を握る。
恐ろしいことに、繊維状の羽枝もまるで尖った針金のよう。
手の皮にぶちぶちと刺さり、唇が震えるほど痛い。
「──クソ、があッ!」
目いっぱいに引き抜くと、さらに恐ろしいことが解った。
簡単に取り出せないよう、刃先に鏃のような返しがついていたのだ。
「──絶対、殺す」
二本目に手を伸ばしながら、桃次郎は呟いた。




