表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

其の一 猩々(しょうじょう)


「──この赤子には、桃太郎と名付けよう。


 なぜなら、桃の中から生まれたのであるから──」


                        ──とある老人の言

 百姓が案内しようとしていた平屋の中は、簡単に言って地獄絵図だった。

 騙し、誘いこんで殺した人間の遺体──

 それを加工して作られた保存食が幾つものきに吊るされ、風になびいている。


 棚には人骨で作られた食器、なめし革の小物入れ、たくさんの歯を並べた首飾りネックレスまであった。もののけの類は通常、人間を喰らうことでその知恵を奪うが、してみるとかなりの数が犠牲となったに違いない。


 桃次郎ももじろう箪笥たんすを漁り、衣類を探した。構わぬといえば裸でも構わぬが、やはりどうして居心地が悪い。

 人の皮を組み合わせた精緻な胴服どうぶくが見つかるが、それでは裸と変わらぬので、薄汚れた格子柄こうしがら小袖こそでを羽織った。


 百姓が言っていたロープやブーツは、結局どれだけ探しても見つからない。


「──エテ公が」


 そう独り言ちつつ、平屋を出た。



 桃次郎ももじろう猿山えんざんへ向かうのには訳がある。

 さきほどの人に化けた猿共──実にお粗末な術だが──には元来あのような力はない。人を喰って知恵は得るが、容易に姿は変えられぬ。


 となれば答えは一つ。

 サル山には必ず、ボス猿がいるのだ。


 切り立った崖の岩肌を、己が腕力と握力で登って行く。

 腰の刀が酷く邪魔で、背中に回すがときおり引っかかる。

 ふと捨てて行こうかとも考えたが、たしかなかなかの業物わざものだったのを思い出し、止めた。


 指の疲労に堪えつつ岩壁を登りきると、広がったのはちょっとした空地と苔むしたやしろだ。

 一体どうやってここまで資材を運んだものか。周囲は岩盤に囲まれ、吊り橋はおろか梯子はしごさえない。手入れもされていないのか、社の切妻きりづま屋根は一部が崩れ瓦も散っている。


「──おお。まさかこんな辺鄙へんぴな場所にお参りとは。珍しいことじゃ」


 張り出した屋根の下、正面階段には老人がいた。

 つるりと禿げあがった頭、腰まで伸びるような白いひげ

 胡坐あぐらをかき、目が痛くなるようなオレンジの衣をまとい、その手には丸っこい酒徳利さかどっくりが握られている。


 どこからどう見ても、ただの人間──しかしその故に妖しさ満点であった。


「上手く化けたな。──テメエがボス猿か?」


 桃次郎ももじろうが刀を抜くと老人は衣をなびかせ、ふわりと立ち、こちらに向かって酒徳利さかどっくりを差し出した。


「──取り引きせぬか、お若いの? おぬしが村の小猿たちをほふったは知っておる。されど、わしは死にとうない。そこで──この霊酒をおぬしにくれてやろう。村の小猿にわずかながら、変化へんげの力を授けた酒じゃ。

 ──どうかの? これで手を打たぬかえ?」


わずかな力、ね──」


 桃次郎ももじろうは刀を持ち上げ、中段に構える。


「──俺は大きな力にしか興味は無い」

「そうか。──それは残念じゃ」


 老人は麻の荒縄が結えられた徳利とっくりを傾け、一口飲む──

 と見せかけて、バシャリと中身をぶちまけた!


「──うッ!」桃次郎ももじろううめく。

 目の中、鼻の中に飛び込んだ飛沫が、焼けるように熱い。

 肌に受けた水滴もまるで火のようだ!


「ウキャキャキャキャ!」


 視界の利かないこちらに対し、間近まぢかから声。


「ウカツな野郎だ! てかお前、マジでアホじゃね? いや、ミラクルレベルの大アホだッ!」


 ──ドスン。


 桃次郎ももじろうの脇腹に重い何かが命中する。思わず肺の空気をすべて吐き出してしまう衝撃だ。


 ──目に見た訳ではないが、拳ではなく蹴りであろう。


 刀を振って牽制するが、刃先が捉えるのはただくうのみ。

 そうこうしていると今度は反対の脇腹に、ドシン! と足の甲がめり込んだ。


「──騙されて飲んでくれたら、最強サイキョーに笑えたのになぁ」


 太ももに衝撃。


「今からでも遅くねえから、ちょっと飲んでみてくんない?」


 背中に痺れるような痛み。

 桃次郎ももじろうは口を結び、微かな物音──そこから生ずる空気の流れに意識を集中する。鬼の力は使うまでもない。ボス猿の打撃力は激しいが、けっして激し過ぎはせぬ。


 聞こえてきたのは──地面を踏む音。

 シルクのようなふわりとした一歩で、相当の距離を跳び進むらしい。

 左──右、また左。

 エキセントリックに居所を変え、しかし刀の間合いにはやすやすと飛び込まぬ。


 ──なるほど。

 ならば、飛び込ませてやろう。


 盲目のまま、慣れた手付きで刀を収め、両の腕を自由にした。

 すかさず、空気の塊が獰猛に動く。

 致命を与えようと脚を高く伸ばし、側頭部への蹴りを狙いにくる!


 ──かかった!


 腰を落として角度を調整──進んで来るものを右腕で巻き取り、左腕もからめて挟み込む。

 り足で姿勢を変え、そこへググッと力を加えれば──


 ──グチャリ。


 足首が九十度、反り返った。


「ウギャァあああああああああぁ!!」


 視力が回復してきた。

 やや霞む視界の先には、地面に伏してもだえる、妙に手足の長い大猿の姿。

 足元には例の徳利とっくりが転がり、幾らか中身がこぼれ、煙を生じている。


 桃次郎はそれを拾うと大猿をドカリと踏みつけ、頭めがけて残りを垂らす。


「ウキャキャ、キャアアアァァー!」

 笑っているのかと勘違いするような絶叫。

 しゅうしゅうという猛烈な熱気と共に、鼻を突く異臭が広がった。


「ヤ、止メデグれ! 頼む! お願イだ!!」

「──うん? どうした? さっきの威勢は?」

「──本当にすいません! 嘘です、ただのジョークです!」

「そう言われてもなあ。なにせ、俺は()()()()()()()()()()だからな──」


 中身の無くなった徳利とっくりで、何度も殴りつける。

 残念なことに、たった四回で割れてしまった。どうやらたいした呪力じゅりょくは持たない呪具じゅぐであったらしい。


「──解ッた! け、家来になる! あんたの仲間になるよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 大猿がこちらを見上げてそう叫んだ。

 桃次郎ももじろうは踏みつけていた足を離すと、相手に屈みこみ、


「──残念だが、俺が欲しいのは強い力。つまり──()()()()()()()()()()()()()()()()


 鍵爪のごとく右手の先で胸を突き、皮と肉を貫いて、ググウッと心の臓をつかみ出す。

 どくん、どくん。未だ脈動を続ける大猿の肝。

 その逆に、相手のまなこからはたちまちに光が消え、口から漏れる長い吐息を最後に、赤ら顔は虚しく色を失ってゆく。


 ──ころり。


 命の輝きが完全に失われるその刹那せつな、猿の躰からてのひらサイズの玉が一つ、転がり出た。

 まるで宝珠ほうじゅかと思われるような、眩い光を放つ真球。

 桃次郎ももじろうは激しく睨みつけると、思いっ切り足の裏で踏みつけ、粉々に砕いた。


 そして鮮血滴る生肝いきぎもをただもっちゃり、もっちゃりと食べ、

 

 「──クソ不味い──」と言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ