表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10


「──これはたいへん昔の話ですから、あったのか無かったのか定かではありませんけれども、本当のこととして、聞かねばなりません」


                         ──古の語り部の言



「──甘い桃は私のところへ来て下さい。苦い桃はあっちに行って下さい──」


                         ──とある老婆の言

 猿山えんざんの麓の村人たちは皆、猿のような顔をしており、また酷く毛深かった。特に、通りかかったはたけくわを振るう男──


 ふんどしからはみ出した尻は熟れたピーチのように赤く、まるで皮膚病か何かと勘違いするほどである。


「猿山への参拝路はこっちか?」


 桃次郎ももじろうは真っ直ぐに伸びる農道から、はたけの中の百姓に向かってそう言った。

 七尺(約2.1m)ある桃次郎ももじろうの躰──

 胸板は地侍じざむらいの甲冑のように厚く、腕は脚のように太い。


 その迫力に驚いたのか、百姓は上から下まで舐めるようにこちらを見、


「巡礼の方ですか? しかし、ずいぶんと軽装に見えますが──」とくわを下げる。


「参拝路はこっちか?」

 道の先を指しながら、桃次郎ももじろうは再度同じことを問うた。


「いけません、いけません!」慌てたように、百姓が続ける。

「そんな草鞋わらじじゃ絶対に危険だ。最近も滑落して亡くなった人がいたんです。よかったら我が家へいらっしゃい。丈夫な麻の綱(ロープ)や、藁の長靴(ブーツ)もありますから」


「──お前、登山用品アウトドア・グッズを売ってるのか? ずいぶんと用意が良いな?」


「ええ、もちろんです。なにせ色々やらないと、食えませんから──」


 農道の先、わらぶきの平屋へと歩み出す百姓。

 こちらに見せたその毛深い背中──桃次郎ももじろうは腰の日本刀を滑らせると、縦一文字に斬りつけた。


「キッキィィー!」


 甲高い獣の吼え声。

 ふり向いた猿顔の百姓は、本当の猿へと変じている。

 かつ刀身の先端も、しっかりくわに受け止められていた。


「──キサマ ドウシテ 解ッタ?」


 猿の口から漏れる、モゴモゴとした雑音。


「お前のような人間がいるものか。──ちったあ変化術へんげじゅつを磨きやがれッ!」


 体重を武器に相手を押しやり、木でできた華奢きゃしゃくわの柄を、返す刀で斬り捨てる。


「ゥキイイイイイイイ!!」


 猿の右腕が宙を舞い、左手がポトリと地面に落ちた。

 ほとばしる鮮血の中に崩れる猿の脳天を、ずぶりと一突きして黙らせる。


 けれども騒ぎを聞きつけた村人が、正体を現わして駆け寄ってきた。

 雄、雌、あるいはわらべ──

 猿共の手に手に握られたナタカマ

 なかには巨大なきねを握った猿もある。


「──言っとくがなあ、俺は相手がガキだろうと容赦しねえぞ?」


 周囲を睨むも、警告は虚しかった。

 口々に奇声をあげ、得物を振り回し、猿共が一斉に飛びかかる。

 体毛に覆われた彼らの腕は酷くか細い。が、伸ばせばリーチは長く、首や脚めがけて打ち下ろされる斬撃はまるでしなるむちのよう。


 手首のひねりで日本刀を繰り、一つ一つ受け流すがとても間に合うものではない。閃く白刃を目で追いつつ、桃次郎ももじろう呪言じゅごんを口にした。


「──人世じんせいにありて、人身にんじんの生き血をすすり──」


 果たして猿共の中に、それを理解できたものが一頭でもあっただろうか。


「ただ悪行の限りを尽くし──」


 その言葉は人間のものでもなければ、まして猿のものでもない。

 おぬに由来し、本来は姿見えぬ者──

 あるいは地獄の刑務官たる獄卒ごくそつ──


「──やがてまことの鬼とならん!!」


 ──()()()()()()()()()()()()()()()


 桃次郎ももじろうの躰がメキメキと音を立てて変化する。

 脚のように太い腕は倍の大きさに──脚は胴の太さへと膨れ、今にもはち切れそうに血管が浮かぶ。巨木のごとき首の上、桃次郎ももじろうの額には二つの角があった。まるで肉食獣の牙のように、緩やかなカーブを描いた皮角ひかくであった。


「キッキイイ!!」


 ナタカマが肉にめり込み、続いて後頭部をキネが襲った。


 ペキン、パキン──


 よく砥がれ、波紋の浮いた刃先が、まるで板切れのように折れ飛んだ。

 キネは一度、どすんと桃次郎ももじろうを揺らしたが、その拍子に柄の部分が割れ、地面へと転がり落ちる。


 猿共は一瞬、動きを止めた。

 皆、次にどうすべきか判断がつかなかったのであろう。

 しかし桃次郎ももじろうには、それで充分だった──



  *



 変化を解いた桃次郎ももじろうは一人、全裸ではたけの中に立っていた。

 辺りには折り重なるような原形を留めぬ死骸──


「──キサマ 鬼ノ 仲間 ナノカ──?」


 まだ息のある一頭が震える声でそうつぶやく。

 桃次郎ももじろうは転がっていた日本刀を拾うと、そいつに向かって歩み寄り、


「まさか。()()()()()()()()()()()()。──全員、肝を喰ってやったさ」刀の先で黙らせた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ