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プロローグ
時々ふと思い出すことがある。
名前も、声も、顔もおぼろげなままの、誰かのこと。
それが誰だったのか、今でははっきり思い出せない。
でも、あの頃の私はその“誰か”に、たくさんのことを話していた気がする。
嬉しかったことも、悲しかったことも、誰にも言えなかった夢の話も。
言葉にするたび、心が軽くなった。
だから私は、その存在に甘えていた。まるで、それが当たり前のように。
けれど、いつの間にか言葉は届かなくなり、
声も、気配も、いつのまにか消えてしまった。
あれからたくさんの季節が過ぎて、私はすっかり大人のふりをして歩いている。
でも時々、街の喧騒の中でふと立ち止まってしまう瞬間がある。
たとえば今日。
駅の構内で落としたイヤホンを探していた私は、
人波に押されて、ふと、見慣れない通路へ迷い込んだ。
そこには「忘れ物預かり所」と書かれた、古びた木のドアが静かに立っていた――




