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ペンとメモが公務の武器です

真面目で平穏な生活を第一と考え、役人となったアリス。

迷宮に興味があるわけでも、熱い思いがあるわけでもない。しかし人の命が彼女の心に重くのしかかった。だからこんな、間違った選択をしたのかもしれない。



迷宮探索には、準備がすべてである。


 これは古今東西の冒険者たちが語る鉄則だ。

 迷宮には危険が潜む。

 モンスター、罠、行き止まり、資源不足、予測不能な地形変化――

 迷宮に踏み入る者は、すべての可能性を考慮し、生存のための装備を整えねばならない。


「ええと……最低限の荷物 にとどめるべき、ですよね」


 アリス・エンフィールド は、自宅の床に並べた荷物を見つめながら小さく呟いた。


 基本装備として必要なもの

✅ 武器 → 簡易ショートソード(護身用)

✅ 防具 → 軽装の防護服(動きやすさ重視)

✅ 食料 → 保存食(硬パン、乾燥肉、ナッツ類)

✅ 水分 → 浄化魔法を施した水筒


 (……ここまではいい。これが基本装備ですね)


 しかし、アリスのリュックにはすでに**「基本」ではないもの** が詰め込まれつつあった。


✅ 迷宮管理簿帳(なぜか持ち出している)

✅ 公務員用のペンセット(迷宮内で何か書くかもしれない)

✅ メモ帳5冊(迷宮探索の記録を残すため?)

✅ 予備のメモ帳3冊(足りなくなる可能性を考慮)

✅ 公務員専用申請書類(A4サイズ)(迷宮で使う予定はない)

✅ 封蝋と印鑑(……何に使うのか自分でもわからない)


 「……念のため、ですよね?」


 アリスは誰に言うでもなく、小さく呟いた。

 「公務員たるもの、想定外の事態にも対応できるようにしておくべき」

 その精神が、リュックの中身に反映されていた。


問題点:公務員は勝手に迷宮に入れない

 さて、準備は整った――と言いたいところだが、アリスには大きな問題があった。


 公務員といえども、許可なしに迷宮に入ることはできない。

 そもそも、迷宮管理部は「迷宮に入る」側ではなく、「迷宮を管理する」側である。

 役所の人間が迷宮探索をする場合、特別な調査許可が必要 になるのだ。


 そして、公務員は「冒険者」としての活動を禁じられている。

 つまり、アリスが**「個人的な判断で迷宮探索をする」ことは規則違反** なのだ。


 (……だから、有給を取りました)


 アリスは書類の束の間に挟まれた**「有給申請書」** を眺める。

 理由:個人都合

 明らかに不自然な理由ではあるが、形式上は問題ない。


 これで一応、公務員としての義務は果たした――はずだった。


 「……さて、あとはこっそり出発すれば――」


 その時だった。


 バンッ!


 アリスの部屋の扉が勢いよく開いた。


 「やっぱりアンタ、行くつもりだったのね!」


 アリスと同部署の先輩、リンコが追いかけてきた。


 「…………」

 「…………」

 「……すごく、いいタイミングで登場しましたね」

 「当たり前でしょ! アンタが怪しい動きをしてたから、仕事終わりにずっと見張ってたのよ!」

 「そ、それは監視では……?」

 「だって、有給申請書を出した直後に『迷宮関連の調査記録』を読み漁ってたら、誰だって怪しむでしょ!」


 アリスは言い返せなかった。


 「……で、何をしようとしてるの?」

 「ええと、個人的な用事で……」

 「個人的な用事で迷宮探索装備を揃えてる公務員がどこにいるのよ!?」


 リンコはアリスのリュックを覗き込み、すぐに顔をしかめた。

 「……なんでメモ帳と申請書類を持ち歩いてるの?」

 「えっ、迷宮で何かあったら記録を取らなければいけないかと……」

 「いやいや、迷宮に行かない選択肢はなかったの!?」


 リンコは大きくため息をついた。


 「まったく……アンタ、こんな装備で迷宮に行くつもり?」

 「……準備は万全です」

 「いやいや、万全って、アンタのリュックの半分が書類で埋まってるじゃない!」

 「書類は大事です」

 「それより剣とか防具とかまともなもの入れなさいよ!」


 アリスが一瞬、言葉を詰まらせる。

 「……先輩、なぜそんなに迷宮探索に詳しいんですか?」

 「……はぁ。言ってなかった?」


 「もとは冒険者だったけど、いろいろあって役所に入ったのよ」

 「……それは初耳です」

 「でも、冒険者の勘はまだ残ってるのよ」


 リンコはアリスのリュックを軽く持ち上げると、即座に中身をチェックし始めた。

 「まず、これ(メモ帳)はこんなにいらない」

 「えっ、でも……!」

 「これは非常食に置き換え。あと、書類を減らして、代わりにポーションを入れる」

 「そ、そんな……!」


 こうして、公務員的な荷物から実用的な冒険者装備へと強制変換 されていくアリスのリュック。


 「……で? 私を置いて行くつもりだったの?」

 「いえ、そんなことは……」

 「ふーん、ならいいわ。私も行くから」

 「えっ?でも先輩に迷惑をかけるわけには・・これは私の個人的な・・罪悪感というか・・」

 「アンタみたいな方向音痴が迷宮に行ったら、絶対に帰ってこられないでしょ」


 図星すぎて言い返せないアリスだった。

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