規則は規則なんです
「おー、こんにちはお役人さん。俺の申請、よろしく頼むよ」
カウンターの向こうに現れたのは、飄々とした笑みを浮かべた男だった。
肩まで伸びた無造作な金髪、どこか余裕のある態度。
全身に装備こそしているが、どことなく力の抜けた雰囲気を持っている。
(また、厄介そうな人が……)
アリスは心の中でため息をつきながら、彼が提出した申請書に目を通す。
氏名:バルド・グレイス
年齢:27
職業:剣士
過去の迷宮探索経験:あり(タイア国内の別町で登録)
「バルド・グレイスさんですね。確認しますので少々お待ちください」
「はーい、お役人さんのお仕事、ゆっくり見学させてもらうよ」
バルドはカウンターにもたれかかり、軽い調子で答える。
しかし、次のページを見た瞬間、アリスの手が止まった。
迷宮犯罪歴:迷宮道具税の脱税(3年前・タイア王国リヴェント町)
「……バルドさん、あなたは3年前、リヴェント町 で『迷宮道具税の脱税』の罪を犯していますね?」
「あぁ、そんなこともあったっけなー。いや、懐かしいねぇ」
(……この人、全然反省してないですね)
「規則では、迷宮関連の犯罪歴を持つ者は5年間、新規登録ができません」
「おっと、5年? 俺の計算じゃ、もう3年くらい経ってるはずなんだけど?」
「規則では、3年ではなく5年 です」
アリスは淡々と答えた。
バルドは、わざとらしく頭を抱えてみせる。
「お役人さんさぁ、3年も経ってるんだから、もういいじゃん? ほら、税金も払うよ? 追加で払えばいいってことでしょ?」
「規則では、過去の犯罪歴が一定期間を経なければ再登録はできません。追加の納税は関係ありません」
「うわ、めっちゃキッパリ。冷たいねぇ、お役人さん」
「……冷たいのではなく、規則では そう決まっています」
「はいはい、規則では ね。いやぁ、便利な言葉だ」
バルドは肩をすくめ、諦めたような笑みを浮かべた。
「しゃーない、俺はルール守る人だからさ、お役人さんの言うことに従うよ」
(……本当にルールを守る人なら、最初から脱税なんてしませんよね)
そう思いつつも、アリスは書類を整理し、正式に**「未登録」** の判定を下した。
「申請は却下となります。今後、再登録を希望される場合はあと2年間、迷宮管理部の規則に則った行動をお願いいたします」
「了解了解。また2年後に遊びに来るよ、お役人さん」
バルドは飄々と笑いながら、カウンターを離れていった。
……が、この時アリスは知らなかった。
この男が、この後すぐに闇ギルドの違法許可証を使って迷宮に潜る ことを――。
事件発生
「アリスさん、ちょっと!」
突然、隣のデスクで仕事をしていた同僚のクレアが慌てた様子で声をかけてきた。
「どうしました?」
「さっき未登録にしたバルド・グレイス、迷宮に入ったらしいです!」
アリスの手が止まる。
「……どういうことですか?」
「本来、未登録者は迷宮に入れないはずなのに、どうやら違法許可証を使った みたいで……しかも、それを発行したのが闇ギルド らしくて……!」
アリスは無意識に眼鏡を押し上げた。
「……規則では、違法許可証の使用は重罪 です」
これはもう、ただの迷宮登録の問題ではない。
違法な手段で迷宮に潜る者がいる ということは、迷宮の管理体制自体が脅かされる可能性がある。
(……やはり、私の判断は間違っていなかった。でも……)
なぜか、胸の奥がざわつく。
「……今すぐ報告書をまとめます」
アリスは机に向かい、ペンを手に取った。
そう、迷宮管理部としてできることは、規則に則った対応をすること。
それだけのはずだった――この時までは。