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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

伯爵様の幸運の犬

伯爵様の幸運の犬

作者: かや

ねえ、どうして。



毛並みを濡らす土砂降りに僕は遠吠えした。





生まれはウォルツ国ハーマン街。お母ちゃんと一緒にいたときの温かな幸せ。僕も兄弟もミルクをたっぷり飲んでお母ちゃんに舐めてもらった。


その時のご主人様も僕らの姿に目を細めてかっこいい首輪をたくさん選んでくれたんだ。


お母ちゃん曰く、貴族様らしい。散歩も塀の外を歩いたことなんてない。むしろ僕ら用の庭があって自由に遊び回ってた。




ある日、ご主人様のご友人がたくさん訪ねてきた。見たことない人たちに僕らが興奮してたら、お母ちゃんは言った。



「もうすぐお別れね。いい人にもらわれて、大切にしてもらうのよ」



お母ちゃんの言っている意味が理解したのは、籠に入れられて、初めて馬車に乗って、新しい屋敷に連れて行かれたときだ。




娘の誕生日プレゼントだって、僕を運んだ人は言っていた。僕だけのご主人はお嬢様ってことだ。


私はメアリーって名前なの、あなたはサムね。私の小さなナイトさん。


そう言って僕を大切に抱きしめて撫でてくれた。ナイトって何かわからなかった。メアリーお嬢様は毎日のようにお姫様とナイトの物語を読み聞かせてくれた。




幼くてたどたどしかったけれども、その軽やかな声を聞くのがとても大好きだった。ナイトもお姫様を守る人みたい。ご主人様を守りなさいってお母ちゃんも言ってたから、僕にぴったりだ。



僕はお嬢様を守るんだ。



そう思ってメアリーお嬢様に付き従っていたある日、僕は目の前でメアリーお嬢様の頭めがけて鉢植えが落ちる瞬間が見えた。


頭を振りかぶる。メアリーお嬢様は僕の隣にいる。にこやかに僕に話しかけながら、屋敷からお庭に出ようとした。


あれ?さっき見た気がする。


僕は思わずメアリーお嬢様を引っ張った。




メアリーお嬢様に鉢植えは当たらなかったけれども、僕が引っ張ってしまったせいでお嬢様は転倒した。大きなたんこぶを作ったことで寝込んでしまって僕は部屋の前でしょんぼりする。


じっと待っていた時だった。僕を連れてきた人が顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきたのは。



そこから何が起こったかわからなかった。



気づいたら僕は知らない街に置き去りにされていた。



匂いを辿ろうにも、鼻に甘ったるい匂いが残って、あの屋敷の匂いが辿れない。ぼんやりとする頭に浮かんだのは馬車に乗せられる前に、暴れる僕の鼻に押しつけられた布だ。アレの、あの布の匂いだ。



僕は悲しくて遠吠えした。



そしたら路地裏の痩せ細った大きな犬が襲ってきた。僕は逃げようとしたが、小さな体では無理だった。



「ヤイ、よそ者、どっから来たんた? ええ? テメェのいるとかぁ、ねぇんだよ」


「ここどこ? おいちゃん、誰? 痛い、痛い」



体を噛まれ、蹴飛ばされ、涙が溢れてくる。



その瞬間、痩せた犬が馬車に飛ばされる夢を見た。



「おいちゃん、逃げて」

「あ? 何言ってんだ」



言い終わるか終わらないかの瞬間に痩せた犬は馬車に弾き飛ばされた。僕は体が固まってた。



それからも同じことが繰り返された。拾われた先も、そのせいで捨てられる。野良になっても、優しくされても虐められても。



何故かその人や犬の不幸が起こる前に、僕は起こる出来事が見えてしまうんだ。



何なんだ。僕は、何で、見えるの。



意味がわからない。



何回目かわからない捨てられた路地裏で、土砂降りの中遠吠えした。





もう数えるのも忘れた頃。僕もとっくの昔にもう大人になった。最初に捨てられた街にいつの間にか帰ってきていて、道端で倒れた。足に力も入らない。



遠くで見えた野良たちは「噂の不幸を呼ぶ犬」だと僕を遠巻きにして近づかない。当たり前だ。僕に近づいた犬たちは皆、場所に飛ばされたり雷が落ちたり、人に追いかけられたり散々な目に遭ってきたんだ。



虐めようが、恋しようが、優しくしようが、みんな同じくそんな目に遭えば近寄りたくもないだろう。



人間もだ。



僕が他人のこの先の不幸が見えてしまうからだ。そのなことがなければメアリーお嬢様とずっといれたかな。いまではあの小さくて温かな手が懐かしい。



もう一度撫でられたいな。



目を閉じた。



「おや、一日動いてないようだから見てみたのだが、この子は生きているね」 


「伯爵様、馬車から降りないで、待って、くださいませ」


「セバスよ、この子のための医者を手配しようではないか」



僕の頭の上で聞こえる会話。もう、ほっといてよ。



もう、人間なんて、期待したくないよ。




そこからは僕は心底おびえた。大切そうに撫でてくる男は伯爵らしい。唸り声を上げて身を縮めるたびに、男は軽やかに笑う。伯爵の側にいる男は感情のない目で僕を見つめる。



「こやつ、賢いらしい。唸るだけで噛みつきはしないな」


「嫌がってませんか。唸ってますが」


「噛み付かぬぞ。ほら、こうしてもな」



急に抱きしめられて僕は尻尾を股の間にしまう。



「ほら、怯えているだけだ」



抱きしめながら撫でられる手は温かで、お嬢様みたいで僕は混乱した。耳を伏せてより低く唸るけれども男は意にも介さない。



「あなたは伯爵となったのです。少しは伯爵らしくしてください」


「うるさい。セバス。いまは屋敷だ。私の自由の時間だ。子作りしなければ市井に出て研究をしていて良い許可出したのに、兄が亡くなったから連れ戻したのだろ。少しは私の自由な時間もほしい」


「はぁ」



いつも同じ会話をする2人。僕を怒っていないみたい。感情のない男の方は仕事しているときだけみたいで、伯爵様がいなければぬいぐるみを持ってきて僕の前で振り回す。


下手くそすぎてちょっと笑ってしまった。


他にもこの屋敷の人は優しい。でも最初はどこも同じだったんだ。分かってる。幸せはいまだけだ。



心を許しちゃダメなんだ。



ある日、伯爵様が出かけた先で馬車が襲撃される夢を見た。僕は出かける伯爵様に吠える。眉を顰めて側仕えの男が僕をなだめようとするから、振り切って伯爵様の服を思いっきり引っ張った。布が千切れて僕はハッとする。



尻尾を丸める僕へ伯爵様は僕を抱きしめてきた。



「さみしくなったのかい? 大丈夫、すぐ帰るからな」



撫でられる手が温かくて、その手がなくなるのが嫌だった。結局服を着替えた伯爵様は外へ出ていく。僕が吠えているのに。ねえ、側にいてよ。



その日の夜、伯爵様は帰らなかった。そして屋敷はとても騒がしかった。



伯爵様が帰らなくて、僕は怖くて仕方なかった。屋敷の入り口から動かない僕に屋敷の皆優しかった。


ご飯も僕は食べれなくなってしまってるのに、ミルクでふやかしたりして僕の目の前においてくれる。


僕の体に温かい伯爵様の匂いのついた布団をかけてくれる。


入れ替わり立ち代わり、みんな僕を撫でてくれる。



でも、会いたい人には会えない。




体がやせ細ってきた時だった。



伯爵様の匂いがした。歩く足音がした。笑う声が聞こえてきた。



「やあ、帰ったぞ。こんなに痩せてしまって。心配かけたね、私の幸運の犬よ」



僕はびっくりした。こううんって、なんだ?不幸の犬の間違いだよな?



プルプル震える足で立ち上がって伯爵様の足元に向かうより先に抱きしめられた。



「君が吠えるから気になってな。いつもより早く終わらせようとしていたんだ。とある峠で盗賊に襲われたが、早く終わらせようとしたためかたまたま仕事先の領地の騎士団の見回りの時間だったのだよ。君は知らせてくれたのだな、ありがとう」


「いや、犬ですよ。予知できない、たまたまじゃ」


「喧しい、セバスよ。これはきっとこの子のおかげだよ」



伯爵様は僕をひたすら撫で回した。



「あの日、ゆっくりしていたら盗賊に蹂躙されていただろうからね」



僕は頭を伯爵様に擦り寄せてクゥーンと鳴いた。



ある日、伯爵様は一人の女性を招いた。懐かしい匂いがした。



「この子が私の幸運の犬だ。この子が私を守ってくれているんだ」


「まあ、あなたのナイトですの。あら」



女性は首を傾げる。懐かしい。あったかな匂い。僕の顔を包むしとやかな手に僕は尻尾を揺らす。



「昔飼っていた子に似てますわ。あのコはお父様に捨てられてしまったのですけども」


「ああ、いつも言っている子か」


「新しい子は要らない、あの子を返してって私が叫んだ子ですわ」



そうか、と伯爵様がいう。



「あの子が生きていたらこんな感じだったかもしれないわ。ねぇ、この子の名前は」


「そういえば私は私の幸運の犬としか呼んだことがなかった」


「まあ。あなたらしいけれども。私が名付けても良いかしら」


「いいよ。婚約者殿」


「ねぇ、あなたはサム。私の小さなナイトと同じ名前でも良いかしら。エドワード様の幸運のナイト様」



いいよ。僕はワンと返事した。伯爵様と女性は顔を見合わせて笑う。



「婚約者殿、いや、メアリー殿、このこともども、よろしく頼むよ」



メアリー?メアリーって。



「あら、ハーマン子爵家の親不孝者ですがよろしくって? 」


「私には過分なお嫁さんだよ。早く私の家に来てほしいくらいだ」


「ありがとね。エドワード様。サムもよろしくね」



何ていう幸運だ。あったかな匂いはお嬢様だったからだ。僕は幸運にひれ伏すしかなかった。




僕は伯爵様とお嬢様の幸運の犬だ。



これからは幸せの香りがした。





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