第2章 告白
元太の死を知り、生きたくても生きられない人がいると知った秀二は、このことを早乙女さんに話した。
「まだ小学生の低学年だよ。なのになんで……」
「秀二くん……」
早乙女は秀二の手を優しく握った。
「早乙女さん、ありがとう。忙しいのに僕の話を聞いてくれて」
「辛い事があったら遠慮なく言って」
「はい」
「じゃ、ナースステーションに戻るわね」
「うん。ありがとう」
今までアニメのキャラにしかときめいた事がない秀二だったが、早乙女の優しさにいつの間にか恋心を抱いていた。
点滴から栄養剤に変わって5日目……
少しだけだが、消化の良い食事がようやく食べれるようになった。
約4ヶ月ぶりのご飯だ。
「うまい!お粥がこんなにうまいなんて」
4ヶ月間口にしたのは飴やガム、飲み物と栄養剤くらいだ。
だからまずい病院食もうまく感じるのだろう。
彼の退院も間近だ。
そして栄養士から今後どのような食事を食べたらよいかを聞かされた。
「肉より魚のほうがいいですね」
「栄養士さんよ。魚も肉じゃん。魚肉って言うし」
調理師の免許を仮にも持っているくせに秀二はサボっていたため、一般の常識すら分からなかった。
さらに説明が続く。
「ファーストフードは良くないです」
「ファーストフード?なんだろう最初の飯……あっ、朝食のことか!」
とことん世間知らずな男だ。
頭の悪い秀二にいろんなことを説明していたため、予定以上の時間がかかってしまった。
「やっと終わった。早い話が栄養剤を中心に消化のいい飯を食えという事だろう。しかし魚も肉だよな」
そういいながら病室へ戻っていった。
そして主治医から退院の日を言い渡された。
「今日が月曜だから、明後日の水曜くらいに退院というのはどうかね」
「あっ、いいですよ。親にもそう伝えときます」
「じゃ、そう婦長さんに伝えておくから」
担当医が去って、しばらくすると看護師の早乙女が入室してきた。
「水曜日退院だってね。おめでとう」
「ありがとう。退院は嬉しいが、でもなんか寂しい感じもする」
「長いこと病院に居たからね。でもすぐもとの生活に戻れるわよ」
「うん……、そ、そうだ!早乙女さんに言いたいことがあったんだ」
彼は早乙女に、自分の気持ちを伝えようとした。
だがその時、別の部屋からナースコールがなってしまった。
「ごめん。後でまた来るわ」
「はい」
彼は今まで告白などしたことがない。
頭の中でどう告白しようか考え始めた。
だが結局考えがまとまらないまま、早乙女が戻ってきてしまった。
「私に伝えたい事って何?」
「えっ?あっ、ぼ、僕好きな人がいるんだけど」
「えっ!そうなの頑張れ応援するわよ」
「あ、ありがとう……でもどう告白したらいいか分からないんですよ」
「そうね~好きなら自分の気持ちを伝えるだけでいいんじゃないかな」
「はあ」
「頑張ってね」
「は、はい」
彼女が立ち去ろうとした時、
「早乙女さん、好きです」
と言ってしまった。
早乙女は立ち止まり、振り返ってこう答えた。
「こ、告白の練習かな……今の」
秀二は彼女の顔を見つめて真顔で答えた。
「練習じゃない本気です」
「……ごめんね。秀二くん。私、婚約者がいるの」
「えっ!?」
「すごく嬉しかったよ。でもごめんなさい」
「そうですか……」
「秀二くん、あなたならいい女性が見付るわ」
「ふられる事もまたいい経験かな……今までありがとう。あとお幸せになってください」
「うん……」
「喫煙所に行ってきますわ」
その時だった。
早乙女が秀二にキスをしたのだ。
彼女の柔らかい唇が秀二の唇と重ねあう。
「キスしちゃったね」
「さ、早乙女さん」
「退院のお祝い……でも誰にも内緒だからね」
「はい、ふられたけど、初めてのキスの相手が、はじめて好きになった人だなんて、嬉しいです。これで思い残す事はないです。僕も新たな恋を探します。だから早乙女さんもお幸せになってください」
「うん」
そして水曜日に彼は退院した。
だが、クローン病との闘いは終わったのではなく始まったばかりだということをこの後秀二は嫌というほど知る事になる。