第1章 クローン病
現在では看護師、師長と呼ばれていますが、時代の都合でセリフの時には看護婦や婦長と書きました。
1997年……
パン工場に勤め始めてから、すぐに嘔吐、腹痛、高熱などの症状が現れた。
地元の病院では原因が分からないため、祖父が通っていた大学病院に検査入院をし、そして医者から悪夢のような事実を聞かされるのだ。
「あなたの病名はクローン病です。残念ながら今の医学では完治しない難病です」
「クローン病?治らない病気……」
さすがにショックだったのだろう。
だがそれでも彼は生きなければいけない。いや、生きていたいと思ったはずだ。
クローン病……消化器の病気で、主に小腸や大腸に潰瘍ができたりし、狭窄つまり、腸が細くなったり、ろう孔と言って腸に穴が開いたりする。
主な治療は点滴による絶食や薬物治療、そして外科的治療である。
入院して2ヶ月が過ぎた頃……
彼の腹痛はひどくなり、結局手術をすることとなった。
術後はまさに地獄だ。
次の日から腸を動かすために、激痛と戦いながら歩かねばならない。
痛み止めも使用したが、その前から使っていたため、効きが悪くなっていた。
2週間近く地獄の毎日を過していたが、痛みは時の流れと共にだんだん弱くなっていった。
3週間目には内科に戻れるほど回復した。
そして、これからは点滴の代わりにエレンタールというまずい栄養剤を6パックも飲まなければならなかった。
だが病室に見舞いに来る悪友たちの前では「うまい!」といいながら、皆に無理やり飲ませていた。
「どこがうまいんだよ秀二!吐くところだっぞ」
「でもこれが俺の飯だから!」
と、馬鹿騒ぎをしていたため、看護師から注意を受けてしまった。
「秀二くん、病室は静かにね」
「スイマセン」
「でも良かったわ。元気になって」
そう言って看護師は部屋を出て行った。
「おい、今の看護婦メチャ綺麗じゃん」
「だろう!早乙女さんて言う人なんだ。本当の担当じゃないけど美人で優しいまさに白衣の天使だ。でも今日は非番だが、僕の本当の担当看護師はおばちゃんだよ。力士みたいな体系して、きっと職場を間違えたんだな。あれじゃ~白衣の力士だよ」
「なんだそれ~でも、婦長とかそんなイメージがあるな」
「でも、ここさ、結構マブイ女いるじゃんか。いいな~俺も入院して~仕事しなくていいし」
その言葉を聞いて秀二の顔から笑顔が消えた。
「おい、俺たちの仕事は病気と戦うのが仕事だ。そういうことはあまり言うなよ」
「ああ~わり~」
数日後……
秀二の様態はかなりよくなり、喫煙所に行けるほどになっていた。
他の患者や付き添いの人たちと喫煙所で馬鹿話をすることが、いつの間にか秀二の楽しみとなっていた。
もはや彼の病室は喫煙所だ。
それに対して厳しく注意する看護師もいる。
逆に居場所もわかって秀二が脱走しないと信じあまり何も言わない看護師もいる。
この前の美人の看護師なら「ほどほどにね」と優しく注意するだけで済むのだが、今日は担当の看護師が勤務していた。
そして鬼のような鋭い顔をして喫煙所に現れた。
「河村くん!検温の時間くらいちゃんと病室にいなさい!それにタバコはダメじゃないの。しかもアンタは未成年でしょう」
「はいはい……」
と素直に返事をし、病室に戻るが、数分後にはまた喫煙所に入っていった。
「暇で、しかも飯が栄養剤なんだから、タバコくらいいいじゃん。まったくあの力士は……」
そういいながらタバコに火を点けた。
「フ~うまい!あっ、そういえば最近、元太くんのお母さんもお父さんも見ないけど、元太くんは退院したんですかね~」
「あの子、ちょっと前にICUに入ったのよ」
「ええ~!大丈夫なんですかね」
その時だった。
元太のご両親が喫煙所に現れた。
元太の母が「お世話になりました」と涙をこらえながら挨拶をした。
誰もが元太の身に何が起きたか察しがついた。
元太の母は秀二の近くに来て涙をこらえながらお礼を言ってきた。
「秀二くんありがとうね。いつもアニメのビデオや漫画を貸してくれて……あの子を遊んでくれて……ありがとうね」
秀二は下を向きながら言葉を探した。
「ぼ、僕のほうこそ、あの子に勇気をもらいました。自分よりも小さい子が自分よりも難病と闘う姿に……」
秀二はこのとき、はじめて人の命がどれだけ大切なのか、そして生きたくても生きられない人がいるということを知ったのだ。