最終章 「生きる時」
2009年……
秀二の自伝はほとんど完成間近であった。
「あと少しだ」
そう言って続きを書き始めた。
2007年……
秀二が27歳を迎え間もなくして、「武勇伝」という格闘小説を完成させた。
だが、その間にも彼の周りで悲劇は起きていた。
彼の誕生日の2ヶ月前にはもう一人の師匠、坂本武蔵が病死した。
そして……
真里洲病院脳外科の女性の個室に秀二は入室した。
中に入ると兄弟子北斗が付き添いをしていた。
秀二が見舞いに来た相手とは北斗の妻だった。
「早乙女さん、どうですか?」
「美奈子、秀二が来たぞ」
美奈子というのが早乙女、いや神威の下の名前だ。
彼女の美しく綺麗な髪の毛は、手術と放射線の治療で今は無くなっていた。
彼女は脳腫瘍に侵されていたのだ。
しかもすでに言語障害、記憶障害といった症状が現れた。
「早乙女さん、武勇伝が、僕の始めての小説が完成したよ」
「しゅ、秀二くん、あな、たも、寝て、いなくては、ダメよ」
「俺はよくなったよ。今度は早乙女さんが良くなる番だ」
「あ、あの子、は、今日も、来ない、の?」
「あの子って?」
「あ、なたの、恋人」
「真奈ちゃんのことかい。今は休んでいるから来れないよ」
しばらくして早乙女は眠った。
北斗は静かに毛布をかけた。
「秀二」
「押忍」
「美奈子の余命は半年も無い」
「……」
「お前が真奈ちゃんを失った後、壊れた訳が今なら分かる」
「北斗さん」
「大丈夫だよ。俺は武道家だ。肉体だけでなく、精神も鍛えている」
「そうですね。ネットで小説家になろうというサイトに、僕の小説が載せてありますから、よかったら読んでください。あっ、でも今はそれど頃じゃないんですよね。スイマセン」
「悪いな。今は美奈子のことだけを考えたいんだ」
「押忍……では自分はこれで」
「ありがとうな」
「押忍」
部屋を出てそのまま非常階段のところに行き、彼は心の底から泣いた。
それから4ヵ月後に美奈子は空へと羽ばたいた。
誰にでも優しかった彼女が、真奈と同じ世界へと旅たった。
「君の優しさ忘れたくないから、君のためにも平和を祈る。華のように散っていった。君のために僕は祈る」
葬儀が終わり、帰宅した秀二は、何度も自分で作った曲「祈り」を歌い続けた。
元太、真奈、武蔵、美奈子のために歌い続けた。
そして2009年……
秀二は30歳の時に、自伝を完成させた。
タイトルは「生きる時」だ。
最後のメッセージには自分自身のためにも、「忘れるな生きたくても生きれない人がいることを」と書いた。
ご愛読ありがとうございます。
この物語はフィクションですが、僕自身入院中に「生きたくても生きられない」人たちを見てきました。
そのために「祈り」という曲と呼べるような曲ではありませんが、CDにして配布、販売までしました。
でもこの物語の主人公のように、一時期は生きる希望を無くし、世の中が嫌になった時期もあります。
おそらくこれからもそう思うときが来ると思います。
そんな自分自身のためにも「忘れるな生きたくても生きられない人がいることを」
平成22年4月 生時