第11章 兄弟対決
一冊の闘病記を読んでから、秀二に生きる気力が出てきた。
「俺も自伝を書こうかな……でも、たいした生き方していないし……」
彼は悩み始めた。
真奈を失い、生きる気力を失っていた彼が、新たに「生きる目標」を見つけようとしていたのだ。
「そうじゃ!俺は今まで病人には格闘技は無理だと思い始めていたが、現実で無理なら物語の中で格闘技をやり続けよう」
そんなある日、彼は道着に着がえて、久々に道場に行くことにした。
新戦会空手道場
「久々だと緊張するな~しかも、もう練習始まっているし」
そう言いながら道場の中へ入っていた。
「押忍!」
「ん!秀二!」
「館長、スイマセンでした。今まで何の連絡もしないで」
「もう体調のほうはいいのか?」
「押忍!まあまあです。それで館長、稽古の後にお話が」
「大事な話か?」
「押忍!」
「土方と北斗ちょっと来い」
「押忍!」
「あと、内気お前も来い」
「お、押忍!」
「あれ、どこかで見たと思ったら」
「お久しぶりです。秀二さん」
なんと秀二が道場に来ない間に、あの潰瘍性大腸炎という難病患者内気が入門していた。
その姿はたくましく、出会ったころの軟弱さはなかった。
「神威さん……北斗さんの奥さんに秀二さんがここに通っていると聞いて、それで入門しました」
「そうか!俺よりたくましくなって」
「内気もういいぞ。練習に戻れ」
「押忍」
そして秀二と館長と土方と北斗は道場の外に出た。
「で、話というのはなんだ?」
「じ、実は今日限りで会を脱退……」
その言葉に館長の顔が険しくなった。
「最後まではっきり言え」
「押忍!今日限りで会を脱退し、空手を辞めるつもりです」
「本気か?」
「押忍!」
「理由は?」
「押忍!自分は館長や兄弟子たちのような武道家を目指していました。でも病人には格闘技は無理だと気づかされました」
腕を組み秀二のほうを鋭い眼光で睨めつける館長。
「内気は頑張っているぞ!」
「あっ……じ、自分は自分なりに格闘技を続けるつもりです」
「どうやって」
「え~、小説を書いて、物語の中で格闘技をやり続けようと思っています。本当なら勝ってに練習を休んでいたから、とっくに破門されていてもおかしくないのに、病気という事で許してもらっていました。本当に館長や兄弟子たちには言葉では返せないくらい感謝しています。でも……えっと……だからこそ、けじめをつけようと思いまして、えっと……」
「もういい、分かった。空手を辞めることは許可する。だが、お前はこれからも新戦会の人間だ」
その言葉に秀二の目から涙が流れた。
「馬鹿やろう!泣くやつがあるか」
「お、押忍……」
「本当は今月中に何の連絡もしないなら、破門するつもりだった。なあトシ」
「押忍!」
「お前はお前のやり方で格闘技を続けろ」
「押忍!ありがとうございます」
その後4人は道場の中へ戻っていった。
「練習やめい!」
「押忍!」
「実はな今日限りで秀二は空手をやめることになった。だが、会自体には秀二の名は残しておく。秀二、皆に一言言え」
「押忍!自分はこの道場で強さとは何かというのを知りました。そして、自分にはこんなに仲間想いで、心強い兄弟弟子と出会い、苦楽を共にしたことを誇りに思い、生涯の宝にしたいと思います。練習にはこれから出てきませんが、会の行事には参加します。これからもよろしくお願いします。新戦会河村秀二」
このとき彼は空手道新戦会河村秀二と言わず、新戦会河村秀二といったのは、すでに空手を辞めたから、あえて空手道は言わなかったのであろう。
「よし。これより秀二の最後の組み手を行なう」
「押忍!」
「組み手の相手は黒帯全員」
「えっ!お、押忍……」
「といいたいところだが、病人という事もあり、相手は河村秀三」
「押忍!」
他の練習生は壁際のほうへ行き、正座した。
秀二の相手は弟の秀三だ。
だが、すでに秀三は初段を取得している。
それに対して秀二はここしばらく稽古をしていない。
「正面に礼!お互いに礼!始め!」
先に攻撃を仕掛けたのは秀二だ。
右の下段蹴り、さらに前蹴りをする。
だが、秀三にはまったく効いていない。
「秀三!お前も攻撃せんかい」
「押忍!」
今度は秀三の右下段蹴り、そしてまた右下段蹴り
秀二も負けずに秀三の首めがけて、手刀をするが紙一重で交わされた。
そして秀三の右上段回し蹴りが秀二のコメカミを直撃。
今度は秀二は正拳突きをするが、まったく効いていない。
だが、その後に渾身の力をこめた下段蹴り、一瞬だが秀三の表情が変わった。
さらにもう一発下段蹴り。
だが、秀三のかかと落としが顔面に直撃。
秀二の鼻から血が流れ出た。
「やめい」
「押忍」
「正面に礼、お互いに礼」
これで秀二の最後の組み手が終わった。
完全に秀二の負けだ。
だが、弟が予想以上に強くなったことに秀二は喜んだ。
そして秀二の近くに内気がやってきた。
「秀二さん」
「内気君、俺は俺のやり方で格闘技を続ける。だから君は君で頑張るんだ。いいね」
「押忍」
「あっ、鼻血が……」
そして練習が終わり、道場を出たときに、秀二は涙を流しながらお辞儀をし去っていった。
実際は家で弟と喧嘩試合をしてボコボコにされました。
その後世の中が嫌になって道場に行かなくなり、勝手にやめた人間です。