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結婚・夫婦関係短編

とある女の独白〜不倫略奪愛成功後の末路〜

作者: 地野千塩

「鏡よ、鏡。鏡さん、今の私は幸せですか?」


 洗面所の鏡に向かって聞く。当然、一般的な住宅の鏡は、何の返答もなく、黙りこくっていた。


 歯磨き粉や水飛沫で汚れている鏡は、生活感も映し出す。そして、私の顔もそう。アラフォーらしく、白髪がポツポツと生えはじめ、ほうれい線もうっすらとあり、首筋やおでこにも皺が出てきているような……。


「はぁ」


 ため息も出た。


 結婚して五年。子供はいない。夫と話し合い、そうする事に決めた。夫には元奥さんとの間に男の子もいたし。


 いわゆる略奪婚だった。当時、ブラック企業で疲弊していた私は、何とか結婚して一発逆転に大ホームランを狙い、婚活に打ち込んでいた。そうすれば、この惨めな生活から抜け出し、幸せになれる。きっと当時の自分は、シンデレラか何かと思い込んでいたのだろう。女性は基本的にお姫様願望が強い。実際、結婚相談所によると、女は自分より年収の高い男を狙う上昇婚が一般的らしい。


 しかし婚活アプリで知り合った男は、既婚の子持ちだった。それでも顔の良さ、年収七百万、既婚男らしいスマートさに抗えず、ズルズルと関係を続けていた。


「アヤコ先生、彼とゴールインする為にはどうしたら良いですか?」


 シンデレラには魔法使いがいた。ガラスの靴を贈った張本人でもある。だったら、自分にもそんな存在が必要だと思い、とある霊媒師の所へ出向き、何度も何度も相談を繰り返していた。


 時には奥さんに呪いをかけて貰う事もあったが、基本的には「都合の良い女」になる事で、略奪を成功させるというスタンスだった。


「いい? 決して相手の前で泣いたり、素の自分を見せたらダメよ。心を落ちつかせ、常に笑顔でいきましょう!」


 こんな霊媒師のアドバイスは魔法のようによく効いた。確かに「都合の良い女」だったが、所詮、不倫など美味しい所をつまみ食いするような行為だ。不倫と「都合の良い女」の相性はとても高く、あっという間に略奪が成功。こうして結婚して五年がたったが。


 私は洗面所の鏡から視線をずらし、夫の洗濯物をチェックした。シャツ類からはシャンプーや香水の匂いがする。


「匂うわね?」


 シャンプーも香水も、夫や私が使っているブランドとは全く違う。そんな香料の匂いに鼻をつまみながらも、夫にカマをかけたり、探偵事務所の世話になりがら、証拠をかき集めた。結果、夫は会社の部下と不倫中である事が発覚した。


「まあ、でも奥さん。こういう男である事は、一番知っていたでしょ?」


 世話になった探偵は、うっすらと笑っていたが、私は何の反論もできない。


「しかも奥さん、この不倫女、相当のスピリチュアルマニアだね。神社で奥さんへの呪いの言葉を書いた絵馬も掲げていましたよ。ほら、これが写真です」


 絵馬の写真には、その通り、私への呪詛の言葉が刻まれ、思わず目を逸らしてしまったが、かつての自分も似たような事をしていた。これほどのブーメラン、因果応報はないだろう。


「ははは……」


 探偵事務所の応接室に、私の乾いた笑い声が響くだけ。


「俺さぁ。こういう派手なネイルしている女が嫌いなんだよね」


 何も知らない夫は、テレビの派手な女性芸能人を見ながら笑っていた。確かにゴテゴテのネイルをしていた。


「そうね。派手だね」

「なあ、そうだよな。お前の地味な爪はいいわ。ははは」

「ええ」


 夫に同意しながら、不倫中の癖が全く抜けない事に気づく。こうして略奪婚した後も、「都合に良い女」をしているのは、なぜだろう?


 本心では夫を責める言葉がいくつも浮かんでいたが、全く口から出てこない。まるで声を奪われた人魚姫か?


 毎日鏡を見ながら不満を溜めていた。夫の不倫は社内でも漏れはじめているらしかったが、当然のように私への同情はなく、むしろ、不倫女の方が調子に乗っている事も伝わってくるぐらい。


 そんなある日に事。


 偶然、道端で夫の前の奥さんに会ってしまった。あれほど憎み、嫉妬し、略奪成功した時は「勝った!」と思っていたが、いざ、彼女を目の前にすると、私は何の声も出てこない。


「あら、偶然ね。こんにちは?」


 元奥さんは、派手なネイルをしていた。ゴデゴテのネイル。元奥さんの年齢から考えると、かなり痛いネイルだ。


「今、私はこんなネイルができてとても幸せ」


 そう微笑む元奥さんを見てたら、なぜか「負けた」と思ってしまった。


「私、独身時代、どうしても結婚したくて、モテテクニックとかいっぱい使って『都合の良い女』を演じてたわ。ファッションも地味で清楚な女子アナ風で」


 元奥さんはそう言い残すと、また微笑んで去っていく。


 一人残された私は、自分の地味な指先を見つめた。夫好みの地味な爪。家事のせいで指先が乾燥し、荒れている。


「やっぱり負けた?」


 今はそうとしか思えなかった。ハリボテの「都合の良い女」は、何の意味もなかったらしい。特に結婚後、幸せになる事に関しては、何の因果関係もなかったか?


「ははは……」


 私はその足でネイルサロンに向かい、いかにも夫が嫌いそうな派手なネイルをしてもらった。ネイリストは内心引いていた。「うわ、このアラフォーおばさん、痛いな」と言いたげだったが、可愛いネイルを見ながら満足。


「いい歳して辞めろよ、恥ずかしい」


 夫も当然のように私の爪を嫌っていた。


「超痛いって。っていうか、お前ってそんな女だっけか?」


 夫の困惑した声を聞きながら、初めてこの結婚に幸福を感じていた。

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