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貢がせてあげよう

 三年も不在にしていたのに庁舎のヘンリエッタの部屋は綺麗に掃除されていて少ない持ち物も――いちおう自死だったのに捨てられたりシーウッドの追慕の森に納められたりもせず――そのまま残されていたので、またここに住み込むとなっても生活用品に困ることはなかった。

 前はウェディングドレスに合わせるためのレースを編むのが趣味だったが、今となっては編み棒も糸も無用の長物だ。癖で持ち運ぼうとしていたヘンリエッタは、それらを思い切ってゴミ箱に捨ててから書斎に向かった。よく晴れた春の日は不要品の整理をするに限る。

「ねぇ、アイちゃんたちが私を蘇生した犯人ってことは絶対秘密だからね?」

 執務室代わりのアイオンの書斎にはすでに他の全員が揃っており、入室するなり朝一でそう釘を刺したヘンリエッタに全員の注目が向いた。

「私の死体が消滅したのを逆手にとって、実は最初から死んでなかったことにして。最低限そう口裏を合わせてくれないなら今度こそ脱走してやるから」

「いいぜ、それくらい」

 机に頬杖をついたアイオンがあっさり請け合う。

 昨夜告白してまでヘンリエッタを丸め込んだ彼はご機嫌そのものだ。あーあー楽しそうで何よりですねー、こっちはみんなの立場をどう守るか頭を悩ませてるってのに。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、それ以前に最優先で秘密にするべきはあなたの生存でしょう? そっちはバラすつもりなんですか?」

 むすっと乱暴にカウチに腰を下ろすヘンリエッタに、横のソファセットにオリバーと向かい合って座っていたセーラが慌てて噛みつく。

 するとイースレイが、

「バラすというより、秘密にし続けるのは非現実的だ。俺たちも生き返らせるだけ生き返らせて日陰者に甘んじさせるほど無責任じゃないし、ヘンリエッタが普通に暮らしていく過程でどうやったって正体はバレるぞ」

「そ……それはまぁ」

 セーラは加勢を求めるようにこっちをチラチラ見てくるが、残念ながらヘンリエッタもイースレイと同意見だ。

「しかも実は生きてたことにするにしてもレオに負けた事実は払拭できないから、もう前と同じイメージじゃやってけないだろうしねぇ。はぁ、ここから新しい方向性にいくのってしんどいなー……」

 正体を悟られたとき、少なくとも前よりも舐めてかかられることが増えるのは確実だ。

 実を言うとヘンリエッタは生き返ってからは一度も魔力暴走を起こしていない。実際ちゃんと内臓が揃っているかどうか分かったもんじゃないよとアイオンに言ったのはあながち冗談じゃなかった。今後のヘンリエッタは、魔力暴走を起こす条件が前と同じだという確証もない中で、絶対的な大魔女の看板を守っていかなくちゃいけなくなったワケだ。アイオンに自棄を起こさせないためだけに。つくづく頭が痛いよ。

 こめかみを押さえているヘンリエッタに、オリバーがいたって純朴な目で、

「そのままのヘンリエッタ様ではいけないんですか? むしろ今のイメージが実物とかけ離れていて無理があるというか、本当はお優しい方なのに誤解されてるのは損な気がしますけど……」

「あは、それはねぇ欲目ってヤツだよオリバー」

 三年経ってもまだヘンリエッタへの恩を感じているらしいオリバーの真面目さに笑うと、アイオンがすかさず「照れんなよ」と面白がって横槍を入れてくる。無視します。


「まぁそれはそれとして」

 と出し抜けにアイオンがそれまでの話の流れをぶった切る。

「三年……いや、お前が生き返ってからは一年くらいか? 経ってるんだし、服とか小物を新調してもいい頃合いだろ。まだ不満そうなお前と街に出掛けて脱走されても困るから、ここへ商人を呼ぶか」

「え、要らないよそんなの。前使ってたのがあるし」

 服のサイズもそう変わっていないから前の持ち物がまだ使えるし、所持金もないので商人を呼ばれても買う物がない。ヘンリエッタはすっぱり断る。

 しかしアイオンは難色を示されてもお構いなしでこう言った。

「前使ってた服ってそれ全部イースレイがお詫びの品としてお前にやったヤツだろ。俺からしたら微妙な気分なんだよ。金は俺が出すから全部買い換えさせろ」

 ふーんそう。

 もう知ってる情報でいつまでも動揺する私じゃないんで、そんなに言うならいつも通りもらえるものはもらっとくけど?

 ヘンリエッタはにこにこと笑みを浮かべたまま本棚で目当ての書類を探しているイースレイを振り返る。

「なぁんでアイちゃんには恋愛脳呼ばわりしないのよイースレイ!」

「自分とは相容れない思想だからといってそう馬鹿にしたものでもないと学んだからだな。あと俺を巻き込むんじゃない」

「気まずくなってイースレイに逃げたな」

「……えっ!!」

 旧メンバー三人の言い合いを呆れ混じりに聞いていたセーラが、初耳の情報にぎょっと腰を浮かせる。

「え、ヘ、ヘンリエッタが兄から弟に乗り換えたって部分は噂通りだったってことですか!? どうなってるんですかこの国の王家は!?」

「セーラ違うよ、まだ殿下の片思いだから」

 見るに堪えない泥沼を前にしたように目を剥くセーラをオリバーが宥め、アイオンが「遠慮のねぇ連中だな」とさほど嫌がってもいない口調でとぼける。……なんで私のほうがまずい流れになったとハラハラしなきゃいけないんだ。オリバーまでツッコミのつもりで一石も二石も投じてくるし実質味方がいない。まだってなによ、まだって。

 ヘンリエッタは笑みを消し、疲れた顔を隠さずにカウチの肘置きに体重をかける。

「あーもー好きにしなよぉ……こういうネタでいじられるのホントめんどくさいんだよぉ……」

「そこまで本音出すなよお前も」

 アイオンはそう恨めしそうにするけれど、ヘンリエッタがなにしてもなにを言っても空気がずっとほわほわしてるから説得力がない。どうしようなぁコレ……。



 さっそく午後には街道騎士団支部から商人が呼び寄せられて、応接室でずらりと商品を並べてみせた。この三年で王子として立派に成長したアイオンの依頼なのでどれもおしゃれで造りがしっかりしている。

 念入りなことに、呼ばれた商人はドラクマンのお墨付きかつ監督つきだ。

 三年経ってもこの南部王領地の街道騎士団支部で支部長を務めているドラクマンは、商人の隣に彼の姿を見つけて目を丸くしたヘンリエッタに「いやぁ、事情はよく分かりませんがとにかくお元気そうなら良かった! お久しぶりです!」と心から安堵した顔で笑いかけてきた。

「……ドラクマンは共犯じゃないが、お前が実は生きててここへ帰ってきたってだけ伝えてある。商人のほうはお前の面が割れてないヤツを選んで来させたし、ドラクマンの監視もあるから安心しろ」

 アイオンが言うにはそういうことらしい。周到というか、素直に信じるドラクマンの人が好いというか。

 ヘンリエッタは思えばこちらも三年ぶりの再会になるシャペロンを膝の上に抱えて商品の説明を受けながら、途中から値段を推し量るのをやめた。あまり見当を付けようとすると精神に良くない。

「お前なんかこういうのがいいとか注文することねぇのか?」

 自分も女物の服や小物の善し悪しに明るくはないだろうアイオンが、隙あらばシャペロンに構って暇を潰そうとするヘンリエッタに訊いてきた。ヘンリエッタは首を傾げ、

「んん、正直着られればいい住めればいい食べられればいい派なんだよね……どれでもいいかな~……」

「は? 雑かよ」

 おぉコレは本気でむっとしてる顔だ。

 なにしても雰囲気でほっこりされるより断然やりやすいけど、残念ながらイースレイたちは仕事があるからと――変な気を回されたような感じがしなくもないのがなんだかなぁ――この贅沢なお買い物に付き合ってくれなかったので、アイオンがようやく見せた隙を一緒につついてくれる人材がいない。セーラは割と乗せやすそうだし狙い目っぽいんだけどなー。

 すると経験豊富な壮年の商人は愛想笑いを浮かべ、

「ご本人にあまり拘りがないようでしたら、殿下がお似合いのものを選んで差し上げてはいかがですか?」

「えっ!」

 余計なことをっ。

 上客の情報を漏らしはしないだろうけど、アイオンがわざわざ服飾品を買い与えるっていうから案の定勘ぐられてるらしい。

 アイオンもそーだなとその提案に乗っかり、金に糸目を付けず片っ端から指さしていく。

「……んじゃコレとコレとー……あぁそっちのも似合うんじゃねーの。お前見た目はあの貴族連中でもケチのつけようがなかったくらいだしな。めんどくせぇな、ここからそこまで全部。あとー」

「かしこまりました」

「いやかしこまりましたじゃないよ! 全部!?」

「さすが殿下、太っ腹ですなぁ」

 慌てるヘンリエッタの気持ちも知らず、ドラクマンが呑気に笑っている。

「こうなれば受け取って差し上げるのがマナーというヤツですよ。それに、みなさんの再会を祝すにはこれでも足りないくらいでしょう」

「足りないのはクローゼットの空きですよ!」

 だいたい、王太子の婚約者でも宮廷魔術師でもないイチ平民になった今、こんなにあっても着ていく先もないからクローゼットの奥で腐らせてしまうだけだ。ていうかいくら親しくても、明確に下心がある相手にあんまり多額の借りを作るのは気が引けるし。

 ヘンリエッタが「ホラ返品返品!」アイオンが手にしている色とりどりの服をテーブルに戻すと、アイオンは空になった両手を見下ろしてからじっとりとこっちを横目で見てくる。

「お前……そんなに嫌か?」

「…………いやだって持て余すから」

「イースレイのは受け取ったのに?」

 アイオンはあーあとこれ見よがしな溜め息をついて、こんなときばかり弟然とした態度を取る。

「そういや困ったらすぐイースレイに話振るし俺に直接訊きにくいことも訊きにいくし、レオナルドとはまた違った感じであいつに気安いよなぁ……あいつは良くて俺はダメってワケか」

「……!? う、ウソでしょ……本気で言ってんの……!?」

 レオナルドならまだ分かる、でもイースレイにそんなこと言い出したらもう全人類に嫉妬しなきゃいけないわよ!?

 一度死ぬ前も今もそういう脈なんか絶無の同僚さえアイオンが引き合いに出すので、さしものヘンリエッタも愕然としてしまい、この恋愛脳~~!! と人差し指を突きつけて批難したくなってきた。

 この辺りで再会してからのアイオンとヘンリエッタの現状をなんとなく察したらしいドラクマンが、好奇心に目を輝かせながら口ひげをいじり、

「ははぁそういうことでしたか、殿下もなかなかの茨の道を……。いえでも私は応援しますよ殿下! 大丈夫、私から見てもイースレイ殿とはナイと思います!」

「参戦しなくていいです支部長!」

「なら俺がお前に好きなだけ貢いでも問題ねーよな。こっからここまでくれ」

「かしこまりました」



 なんでドラクマンまでアイオン側に味方するんだ。おかげで結局押し切られて今日一日でずいぶんな衣装持ちになってしまった。

 商人とドラクマンが帰って行ったあと買い込んだ服や小物がずらりと並ぶ応接室で、ヘンリエッタはもう嘆く気力もなくソファに座り込んでいた。

「んっとにもー、ひとりファッションショーできちゃうじゃん……」

「マジでやるならスケジュール一日空けるわ」

 やるわけないでしょうが。

 言い返そうと顔を上げたとき、ヘンリエッタの目の前にじゃらっとなにかが垂らされた。目の焦点を合わせれば、それが小鳥と花の意匠に赤いガラス玉のペンダントだと分かる。

「あっ、これ!」

 回収してくれてたのか。部屋に置かれていた自分の荷物のなかに見つからなかったので、最期まで身につけていたこれも証拠品として押収されてしまったものだと思い込んでいた。もう手元には戻ってこないかもと諦めてたのに。

 アイオンはぱっと顔を明るくしたヘンリエッタの手にペンダントを載せ、

「……安物なのにやたら大事にしてたからな、お前。けどこれだけ買ったんだから、今後は他のもつけろよ」

「だから着飾らなきゃいけない場面なんてもう……」

 来ないじゃん、と言いさして口ごもる。

 アイオンはヘンリエッタが自分で自分の言葉にダメージを受けたと思ったようで、眉間に皺を寄せる。違う違う、そんなんじゃないから。

「……じゃなくて、実際私がこれからどう行動するべきかを考えてたのっ。いつかバレるのは仕方ないんだから開き直って普通に暮らしていけばいいやーとか、本気で出来やしないでしょ? なんの対策にもなってないし思考停止と変わんないよ」

 アイオンの目が眇められる。

「ならどうする?」

 ヘンリエッタは軽快に答える。

「そりゃ、実は生きてました~って女王に顔見せに行くんだよ。もちろんどういうカラクリなのか怪しまれるだろうし、前にも増して危険視されて問答無用で排除される可能性もある。でも一応私は女王を守って死んだんだから、その上こっちから生存を明かせばこれ以上ない女王への忠誠心の証明になるでしょ。……私が生きてる不都合よりも有用性を女王が取ってくれたら、私は隠れて暮らさなくてもいいし、君たちが痛い腹を探られる危険もほぼなくなる。王権が強いこの国では、女王の信用を得ることこそが自衛だよ。私が生きていることで誰かに累が及ばないようにするにはそれしかない」

 危険な秘密はいつかバレる。それは確かに真理だからこそ、別のセンセーショナルな秘密をぶつけて目を逸らさせてでも、アイオンたちの関与だけは明るみに出すわけにはいかない。


 ――――またハイラントの前にのこのこ恥をさらしに行く羽目になるかもしれなくても。


 アイオンはヘンリエッタの提案に面食らったり反論したりすることもなく、予定通り試験の時間が来ただけだというように肩をすくめた。

「バレたらまずいことはむしろこっちから明かして信用を得ようってことか。けどお前自身が行くなんて危険を冒す必要あるか?」

「相手に信用してほしいなら、本人が直接会いに行かなきゃだいたい失敗するからねぇ」

「……。お前らしいし俺らの下手なプランよりずっと良い読みだとは思うが、女王陛下はこの三年でさらに偏屈の石頭が悪化してるぞ。王宮には兄貴もいるし」

「……べっつに? 問題ないけど?」

 いまヘンリエッタがハイラントとのことをどう思っているのか測るように気軽に名前を出され、とっさに平気な振りで笑う。どうせアイオンたちの無事に最低限の保障すら与えられない限り、こっちだっておちおち生きてもいられないのだ。嫌々でもやるしかないんだよねー。

 ヘンリエッタは腕組みをしてふんぞり返り、苛立ちのままに諸悪の根源を叱りつける。

「結局さぁ! こうやって私がめんどくさい思いして尻拭いすることになるんだよ! アイちゃんたちが後先考えないで生き返らせたりするから!」

「あー分かってます分かってます、お前の世話好きには感謝してるよ」

「なにが感謝よ、私がこう言い出すのも分かってたくせに!」

 アイオンは半笑いでそっぽを向き、聞き流していることを隠そうともしない。でもそうやってふざけながらも「王宮へ行くなら俺がお前を連れてくからな」と念を押してくる辺り抜け目がなくなった。

 ……ていうかアイちゃん、一緒に行くって言うけど女王や殿下への苦手意識は克服できてんの?


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