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ヤケ酒の用意をしよう

 翌日から王宮にはご婦人がたという彩りが加えられた。

 ハイラントが到着して本格的に調練に参加することになったので、それを見るために参内する人々が増えたからだ。

 ハイラントの参加にともない模擬戦の主舞台は宮廷レセプション等の催事にも用いられる演武場に移る。ここには演舞場を見下ろせる王座室を内蔵した鐘楼があり、外周を囲む花園といい観客席といい、きちんと整備されているのでレディたちがパラソル片手に観戦しやすい環境になっている。

 市民の夜間外出禁止令も解除され、調練前半の張り詰めた雰囲気が後半の華である剣術大会に向けてお祭りっぽく盛り上がっていくようにプログラムが構成されているわけだ。


 これはヘンリエッタがうるさいだろうな……。


 訓練の合間を縫ってハイラントの試合にかぶりつくだろう魔女の姿を想像し、やれやれと客室を出たイースレイのところへ「イースレイ!」と駆け込んできたのはレオナルドだった。

「なんだ朝っぱらから。おはようが先だろう」

 その慌てっぷりに眉をひそめて注意するが、レオナルドはいっさい勢いを落とさず、

「ヤバイぞ、ヘンリエッタ謹慎だって!」

「なに?」


 それからレオナルドが語った経緯は耳を疑うものだった。

 昨夜、突然問答無用でアイオンを夕食に呼んだメレアスタ女王がその後も彼の部屋を訪れようとしたのをヘンリエッタが妨害し、のみならず一触即発というところまでいったという。

 結果的には騒ぎに気づいたアイオンが仲裁して女王と魔女の直接対決は避けられたようだが、イースレイにはじゅうぶん血が凍る思いだ。


「今日からはハイラント殿下の訓練参加も解禁されて、殿下から明日の夜会う時間を作るって言われてたのに、あいつアイオンがいいようにされてんの見過ごせなかったらしくてさ~……いつもの即断即決だよ。あ、もちろんコレ極秘情報だから」

 片手で額を押さえ、片手を腰に当てたレオナルドが大きく溜め息をつくのも無理はない。

「となるとその、殿下と彼女の面会はどうなるんだ?」

 あれだけ待ち望んでいた再会だ、これで白紙に戻りでもしたら魔力暴走沙汰まで視野に入ってくる。即刻処刑にはならずに済んだとはいえまだまだ油断はできない。

 レオナルドも戦々恐々として、

「さぁ、今朝ワイヤード宮廷魔術師団長に聞いた限りじゃまだ殿下からの沙汰はないらしいけど……」

「……首の皮一枚だな。殿下が怖じ気づいたり怒ったりして翻さないことを祈るしかないか。最悪の場合ヘンリエッタの魔力暴走でこの王宮が吹っ飛ぶぞ……」

 女王のアイオンに対する心変わりもたいがい唐突だが、薄氷の上でぐらぐら揺れているような嫁姑(予定)がバトルに突入するのも早すぎる。これだから恋愛だの結婚だのってものは厄介なんだ。

「アイオンの様子はどうだ? 究極の嫁姑バトルに割って入ったんだろう? 自己卑下しがちな割にはつくづく度胸があるな彼は……」

「処分こそなかったけど夕食には呼ばれなくなったし、部屋に籠もってるよ。実際いま一番頭ん中ぐちゃぐちゃなのはアイオンだろ」

「まぁそうだろうな……」

 連日慣れない運動をして疲れ切った頭で考えるには難易度の高い問題がもうひとつある。

 最初レオナルドが言い出したときはあり得ないと思ったが、それはもうイースレイの目から見ても分かりやすいほどで、観察すればするほどレオナルドの見解を容れるしかなくなった。アイオンは間違いなくヘンリエッタを好いているのだ。不幸中の幸いでまだ自覚してはいない様子だが。

 なのにヘンリエッタとハイラントの関係修復が見えてきたこの段階で、ヘンリエッタのほうからその貴重な芽を潰すような真似をしてまで庇いに来られたとなれば、心中はさぞ複雑だろう。しかも彼女のことだから、そこまでしといてへらへらにこにこ平気そうに笑っていたに違いない。見なくても分かる。

「やっぱりこの調練でアイオンかヘンリエッタが致命傷を負うのは避けられそうにないな」

 ヘンリエッタとハイラントがうまくいけばアイオンは失恋確定、破局すればヘンリエッタが失恋確定。しかも女王が後者を望む可能性まで出てきてしまった。

 どっちにしても気苦労をしょいこむことになるのはイースレイとレオナルドだ。

 どうでもいい相手なら喜んで放置するが……実のところ、イースレイは今の職場環境を気に入っている。自主的にこの四人の秩序を維持したいと思うくらいには。

 思いがけないトラブルに出くわすことも多いが、王宮の書庫番をしてた頃より仕事は面白いし、出世に繋がるそうなコネも作れる。ヘンリエッタも想像してたほど頻繁には魔力暴走を起こさないし、その友達のレオナルドも身分を鼻に掛けない気の良いヤツだ。 アイオンも順調に力をつけていっている。本当に、あとは女の趣味さえ真っ当でいてくれれば部下としては文句なしだったのに。

 頭を悩ませるイースレイに、レオナルドは一瞬目を丸くしてから苦笑をこぼした。

「……だな。マジでどうすりゃいいんだろうな?」

 イースレイは首を緩く横に振る。しょせんは第三者、潔く諦めるしかない。

「俺たちには成り行きに任せる以外どうしようもないよ。今のうちから行政監督庁に酒でも手配しておくか。ヤケ酒させて潰してしまえば、失恋した知人の慰め方なんか分からなくても問題はないだろう」



 その日、ハイラントは模擬戦で連戦連勝、素手でも剣でも関係なく屈強な兵士たちを打ち倒して惜しみない歓声を浴び、演武場に詰めかけたご婦人がたの熱狂に見送られて退場していったそうだ。



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