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日常が戻って

「……でまぁ私が魔力暴走で全員吹っ飛ばしてオリバーを健康体に戻して終結。アイちゃんの魔術もそのとき解けました-。はー、これ説明すんのもう飽きたよ……」

 後日、南部行政監督庁舎のイースレイの書斎。ヘンリエッタはイースレイとレオナルドから事情聴取を受けていた。

 第二王子誘拐事件をほぼ単独で解決に導いた功労者として数日あちこちで証言させられて、ヘンリエッタの喉は少し嗄れている。

 魔力暴走で敵を軒並みノックダウンしたあと、おびただしい魔力の柱が噴き上がったのを見た近隣住民が近くの街道騎士団支部に通報してくれたおかげで帰省中だったレオナルドたちにもいち早く連絡がいったらしい。行政監督庁に大急ぎで戻ったふたりはマリオネットたちを修繕し、庁舎の防備を固めてアイオンとヘンリエッタの帰りを待ってくれていた。

 ただし、まずはゆっくり休んでくれと気遣われたのはアイオンだけで、ヘンリエッタは戻るや否やこうして事情聴取に引っ張り込まれる羽目になった。今回はあろうことかトップが誘拐されてしまったわけなので、行政監督庁としても早くちゃんとした報告書を上げなくちゃいけないことを思うとしょうがないか。


 やさぐれるヘンリエッタに、テーブルを挟んだ向かいでレオナルドが眉を下げる。

「疲れて帰ってきたとこ聴取を優先してごめんなぁヘンリエッタ。でも我慢してくれよ、ギャレイ宮廷伯からも報告書をせっつかれてるんだ」

「ずっと冷遇され続けてきて日の目を見始めたと思ったら人生初の誘拐被害に遭ったアイオンには、無理させるのは躊躇われるからな」

 事務官らしくヘンリエッタの証言を書き留めながらイースレイもしれっと言う。

 かと思うと難しげに眉間に皺を寄せ、

「レオナルドと俺が留守にするのはまぁ前もって決めてあった予定だったが、宮廷魔術師団からヘンリエッタへ協力要請が来たことは全くの想定外だった。敵は計画的だ。ある程度長期にわたってウチを監視しながら好機をうかがっていたんだろう。しかし、不眠不休での警護を可能とするマリオネットがあれだけ揃っていて警戒網に引っかからなかったとは……」

「黒幕は相当な大物、ってヘンリエッタの考えがいよいよ真実味を帯びてくるよなぁ」

 レオナルドはこの場の空気が暗くならないように気を遣い、わざと軽い調子で首をひねる。

「宮廷魔術師団主導で捕縛した実行犯たちの聴取をしようとしてるけど、例のオリバーくん以外は全員、なんつーか、脳がイカレちまってるみたいで会話にもならないらしいし。ウチからも当主……父や叔父が参加してるけど治療は難航してるってさ。身内の実力のほどをよく知ってる俺としちゃ、ちょっと信じがたい展開だぜ」

「……もしかして君がやりすぎたんじゃないのか?」

「はー!? 冤罪なんですけど!」

 あり得そうな話だと疑いの目で見てくるイースレイにヘンリエッタは憤慨した。

「やるとなったらポンコツにするに留めるなんて陰湿はやんないよ私は!」

「それはそれでどうなんだ」

 またいがみ合いを始めかけたヘンリエッタとイースレイをレオナルドが「まぁまぁ」と笑って宥める。

「ふたりが監禁されていた場所はグリュナー家領内の辺鄙な森の元民家だったけど、こんなことをやらかす力のある家じゃないんだよな。魔術にも特別長けてないし家の人間はみんな素直に聴取に応じて『なにも知らない』と証言してる。必要ならしばらく街道騎士団の監視をつけてもらってもいいとまで言ってるから、そのうち嫌疑は晴れるだろうな。俺もグリュナーは違うと思ってる」

 イースレイがうなずき、

「同意見だ。今のところは有力な容疑者があがっていないというのが事実だな。あのオリバーという少年だけは正気だが、そもそも下っ端でろくに情報を持たされていなかった。……黒幕の企みはむしろこれからが本命だという君の推測が仮に正しくても、こちらがその機先を制するのは難しい。王都と王家周辺に万全の守りを固めることを次善策とするしかないだろう。今度の冬期軍事調練も例年より力を入れたものになるはずだ」

「……」

 先手を打って企みを潰せないなら結局は出たとこ勝負になる。残念だけど、そのときになってからそれぞれが手を尽くすしかない。

 ヘンリエッタは口を開き、一度閉じて、迷った末に訊く。

「……オリバーは今どうしてるの?」

 レオナルドとイースレイが同時に困った顔になって、少し顔を見合わせる。

 溜め息交じりに答えたのはイースレイだった。

「心身ともに完全に健康だよ。ただ、今は街道騎士団支部の牢に拘置されている。アイオン誘拐事件とは別件だが、あのごろつきたちと一緒に複数の強盗事件に関与したとして手配されていたんだ。今それらの事件について証言可能なのは彼だけになったから、落ち着く暇なんかいつ出来るか分かったものじゃない。その代わり証言すべきことが尽きないうちは、王族に危害を加えた罪で死刑台に追い立てられるのを先延ばしにできるだろう。……限度はあるにしても」

「……そうね」

 ヘンリエッタが彼に言った「一緒に逃げよう」も「君だけは助けてあげる」も、王族に手出しした時点でどだい無理な話だった。罪の重さを鑑みれば子どもだからといって放免されるレベルのものじゃないし、恩赦を与えられるとすればそれができるのは女王陛下ひとりだけだ。だけど王家に仇なした者に陛下がわざわざそんな慈悲をかける理由なんかどこにもない。


 ヘンリエッタも、この件について大魔女の威力を使って横紙破りをしようとは思わない。

 黒幕がこの先になにを企んでいるのか分からない以上、その企みの一端に関与したオリバーを救い出せばいずれ足をすくわれることにならないとも限らないから。

 残念ながらオリバーの命は、そのリスクを抱えてでもハイラントやアイオンの安全より優先するべきものじゃない。

 なにかしらの分岐点でオリバーを見捨てるのはこれで何度目になるだろう、考えたくもない。


 あの場を生き延びさせたところで、オリバーの終着点は最初から決まっていた。

 そのうえ他の連中と違って正気なぶん、余計に辛い思いをするに違いない。

 そうと分かっていてヘンリエッタはオリバーをアイオンに代わる人質として機能するよう誘導したし、接する時間を増やし否が応にも愛着を抱くように心がけた。

 オリバーを囮にした目的のうちひとつは、自発的になるべくひどい気分になることだった。

 自分で自分の魔力暴走を誘発するために。

 罪悪感も同情心も怒りも焦りも心の動きはなにもかも、真に迫っていなくちゃ自分を追い詰めるネタにはならない。似たような経験がどんなに積み重なっていこうと、慣れたり開き直ったりしちゃいけない。ありふれた悲しみや怒りを斜めに見始めてしまったらいずれは感性が麻痺して、自分のため以外には魔力を暴走させられなくなる。そんなのは絶対に嫌だ。


 ……たとえ「絶対に失えないモノ」のためだとしても、優しい人ならこんなことしないだろうけど。


 アイオンはいまだに自分の価値を軽く見積もる癖が抜けきらないせいか、自分が無事に脱出することとオリバーの命がトレードオフの関係にあると自覚できなかったみたいだけど、ヘンリエッタには都合が良かった。気づかれて「どのみちオリバーは助からないのにあんな風に期待させるんじゃない」とかなんとか反発されていたら決着の前倒しは不可能だっただろう。

「まぁ実のところ、オリバー以外の連中がおかしくなったのはヘンリエッタの魔力暴走のせいじゃなくて、黒幕の魔術攻撃だ」

 レオナルドが場の空気を塗り替えるように話題を元に戻す。

 するとイースレイが真っ先に片方の眉を撥ね上げ、

「それだって魔術だろう? ヘンリエッタの魔力暴走を受けてもアイオンにかけられた魔術のように即時無効化されなかったのはどうしてだ?」

 平時でもヘンリエッタのそばでは半端な魔術は持続しないんだから、ましてや魔力暴走をモロに受けて打ち消されないはずがない。どんなに優秀な魔術師でも。イースレイの疑問はもっともだが、ヘンリエッタはその答えをもう考えついている。

「だからそのとき、術者はまだ近くにいたんだよ」

 ヘンリエッタが答える前に、レオナルドが全く同じ考えを口にする。

「ヘンリエッタは魔力暴走を起こした直後、調子を崩すことがあるだろ? 魔力暴走が収まってヘンリエッタがほんのいっとき脱力した隙に、ぶっ倒れてるごろつきたちに充分離れた場所から攻撃を仕掛けたんだ。これなら即時無効化はされない。で、脳みそを壊すだけ壊して全力で逃げたのさ。まだくらくらしてるヘンリエッタと、ヘンリエッタのことを介抱するのに必死なアイオンにバレないように」

 猶予はごくわずかだったはずだ。でも実際に相手にはやり遂げる力量があり、なにもかも入念に計画されたことだった。

「……それは……宮廷魔術師レベルの神業じゃないのか? 野良にそんな実力者がいるとすれば由々しい事態だ」

 多少の魔術は使えても腕はあくまで凡庸なイースレイは、理屈ではそれしかないと理解できても納得したくはないと言うように戸惑いがちに訊く。

 ヘンリエッタは乾いた笑いとともに手のひらをひらひらさせる。

「ホントだよ、野良の取り締まりが上手くいかないはずよね」

「捕まった中に魔術師はいなかったからな、今頃は黒幕にご褒美をもらって国外に逃げちまってるだろ。そっちを追うより総掛かりで治療するほうがまだ建設的だ。つまり、南部行政監督庁としては連中の奇跡的な治癒を待つ他にこの件に出来ることはないし、このまま通常営業に戻るしかないんだ。……悔しーよなぁ、ウチのトップが被害に遭ったってのになにも出来ないなんてさ」

 レオナルドは自嘲を滲ませた笑いをこぼし、隣のイースレイを肘で小突く。

「だからもー今回はマジでヘンリエッタさまさまだよ! アイオンの正規の部下なのに俺ら役立たずすぎた! 給料分の働きどころかクビになっても文句いえねーもん!」

 うははと虚しく空笑いするレオナルドに押されて、イースレイもこれにはぐっと言葉に詰まる。気まずげに視線を逸らしつつ、

「……そうだな、まぁ……確かに、これで無職無給というのは忍びないな……」

「言い方~」

 半目になって抗議するヘンリエッタだが、レオナルドとイースレイはそれをスルーして労いの目を向けてくる。

「聴取はこんなもんで充分だろ。もうヘンリエッタもゆっくりしてきな」

「また今度留守を守ってくれた礼くらいはしよう。前は服だったから酒でいいか?」

「はーい。良いヤツにしてよね~」

 レオナルドはまだしもイースレイがこんな風にいたわってくるなんて滅多にない。せっかくだしお言葉に甘えとこう。


 冗談めかして手を振って、部屋を出る。

 警備のマリオネットにしても庭の景色にしてもすっかり元通りになった庁舎は、見慣れているはずなのになんだかすごく久しぶりに戻ってきたような気分だ。

 木枯らしを受けて揺れる庭の木々を眺めながら、陽の当たる廊下をのろのろ歩く。

 そういえばシャペロン、他のマリオネットと一緒にちゃんと直してもらったかな。イースレイたちは今回のことでギャレイ宮廷伯と連絡を密に取り合ってたみたいだったし、今も忙しく手紙を運んでるのかも。

 戻ってからまだ姿を見ていない、自分が名付け親になったあの「鳥」のことをぼんやり考えていると、廊下の先に人影が見えた。

「…………」

 なんとなく立ち止まる。

 明らかにヘンリエッタが通りかかるのを待ち構えていたアイオンは、なのに何の気負いもなさそうなつるりとした顔でこっちへ歩いてきた。

「あれ、寝てなかったの?」

 すぐそこで足を止めた彼にとぼけた調子で首を傾げてみせる。


 うーん……あの場を制圧するまではどうにかはぐらかしきったけど、もう私がオリバーをどう利用したかもオリバーがこの先どうなるかも全部知っちゃっただろうしねぇ。

 そりゃなんかしら言ってやりたいと思うよね。

 大多数の人々がそうするように、ドン引きするか怖がるかしてあからさまに避けられる未来だってあり得たところ、こうやって真っ向から堂々向き合ってくるあたりアイちゃんらしいや。


 さてなにを言われるんだろう。もちろん何だって受け止めるしかないけど。

 内心身構えるヘンリエッタに、アイオンはなぜか「仕方ねぇヤツだな」とでも言いたげだった。ズボンのポケットに手を突っ込んだまま肩をすくめて首をもたげ、斜め下に視線を送るようにしてヘンリエッタを見下ろした。

「今すぐ気絶できそうなほど眠いが、寝る前に言うこと言っとかねぇと寝覚めに響くだろ」

「……なんか私に言っとかないと寝覚めが悪くなるようなことがあるんだ。やだなー」

 いやホントにやだなぁぁあ。にこにこと笑顔を作りつつ、ちょいちょいガス抜きに本音を混ぜる。

 聞きたくない、でも聞かなくちゃ。

「じゃぁはい、どーぞ?」

 観念して促すと、アイオンは何食わぬ顔で口を開いた。

「俺からオリバーの助命を願い出ることにした」


「……え?」


 予想していたどれとも違う思いもよらない言葉に、ヘンリエッタは目を丸くして聞き返した。

 アイオンは投げやりなような、自分の向こう見ずを恥じるような笑いまじりの息をついて続ける。

「さっき女王とギャレイのところへシャペロンを飛ばした。っつっても俺がやることだ、また無視されて終わりかもしれねぇがな。もしオリバーの末路を変えられないとしても俺は、本人の自業自得でもあるし運が悪かった、仕方なかったなと思うだけだ。けどまぁ、やるだけはやる。……被害に遭った張本人の第二王子が助命を乞うとなれば、これ以上お前の手を借りなくたって望みはありそうだろ?」

「……」

 道理でシャペロンがいない。

 アイオンの言葉がだんだんとかみ砕けてくると、今回ずっと張り詰めていた気持ちが急に緩んで解けていくのが分かった。こんなサプライズかましてくるなんて、想像できるわけないじゃない。

 ……ずるいな、知らないうちに色んなことを考えて、いつの間にか一皮むけちゃうんだね。

「……寝覚めは良くなりそうか?」

 唖然としていたヘンリエッタがようやく作りものでない笑みを浮かべたのを見て、アイオンが少し不安げにダメ押しするように訊いてくる。いくら探してみてもその紫色の中に恐怖や拒絶の色は見当たらなくて、あるのはただ温かな気遣いだけだった。本当に彼は優しい。


 だけどそれを良かった、って思っちゃっていいものか。

 私の場合、こんな風に的確に気遣われるほど思考を把握されたんじゃ動きづらい。

 だいたい普段あれだけ大魔女の看板を振りかざしてトラブルに首を突っ込んでる私が、実は基本的に魔力暴走抜きで解決したがってるって悟られたっぽいこと自体、だいぶイメージ戦略の危機だ。

 ……だけど。

 でも。


「うん……うん。ありがとう、アイちゃん」

 でも、どうしてだか嬉しいんだよ。ヘンだよね。

 するとアイオンは瞬きをひとつして「なんでお前のほうが礼を言うんだよ」と頭の上に疑問符を浮かべ、「つーか今日くらいはしっかり寝ろよな」ときかん気の強い子どもに言うように注意してきた。


 私の睡眠事情とか、きっと殿下だって知らないことなのに。


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