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ひどいもの見せてよ

「魔女さんよ、取り引きしようじゃねぇか」

 戸を蹴破る勢いで部下をぞろぞろ引き連れてきた熊男がぬけぬけとそう言った。

 ヘンリエッタは椅子に腰掛け、テーブルについた頬杖で小さくなったアイオンを庇うようにしながらその顔を見上げる。

「うわ調子いーい。ていうか変わり身早っ」

「こいつが吐いたんだよ」

 熊男が襟首を掴んで引きずっていたオリバーを床へうち捨てる。目が開かないほどに殴られて血まみれの彼は、すすり泣くように「言ってない」「違う」「魔女様」とか細く繰り返している。

「あぁ、うるさくてすまねぇ」

 熊男はうざったいとばかりに腹に蹴りを追加し、オリバーを黙らせた。

「ガキが泣きわめいてたんじゃ大人の話はやりづらい。まったく育て方を間違ったよ」

「そう? 暴力しか知らない野蛮人と話すほうがよっぽど難しいわよ」

 へつらうような笑顔と世間話でもするような親しげな声音を作る熊男に、ヘンリエッタは冷淡に返した。

 一触即発だ。危うい空気が狭い部屋を支配する。

「……第二王子をすでに手元に置いてたんなら、なぜこれまでおとなしく捕まってた? おかげで、見失った人質を裏で捜し回ってた俺らが赤っ恥だぜ」

 熊男が慎重に口火を切る。

 ヘンリエッタの推測通りなら、最初からこの会話は茶番だ。向こうはヘンリエッタとアイオンの動向を全て把握していながら泳がせていて、こっちはそれを察して直接対決を早めたんだから。この熊男の問いかけにしたって、「今の今までアイオンがヘンリエッタに確保されているなんて知りませんでした目下緊急対応中です」という演技の一環に過ぎない。

 もちろんヘンリエッタは一笑に付す。

「赤っ恥は現在進行形でしょ? 演技力不足だよオジサン、もうやめて。誰に雇われてこんなことしたワケ? 相当な大物よね。アイオンを人質に私のやり口を予習しようだなんて、この先どんなヤバい真似をやらかす気なの?」

「第二王子のために自重してたんじゃないのなら、まさか――コイツか?」

 ヘンリエッタの問いには答えず、熊男が独り合点したように言ってボロボロのオリバーを引き起こす。血が滴り、ぱっくり切れた唇が呻き声を漏らす。

 ヘンリエッタが柳眉を片方かすかに上げたのを見て、熊男が酷薄な笑みを浮かべた。

「このガキがあんまり哀れで捨てていけなかったのか?」

「…………」

 ヘンリエッタは真顔のままあえて沈黙したようだ。無言のうちに肯定していると熊男に思わせるためだろう。

 アイオンは目を見開いてひらめきに打たれていた。


 これだ。

 この結論に誘導するためにオリバーに構い続けたんだ、こいつは!


「……っく、くくく……! 面白ぇ! あの大魔女の性根がなんの役にも立たねぇガキを憐れむ女だったとはな!」

 熊男だけでなく、その仲間たちも腹を抱えんばかりに哄笑し始める。ヘンリエッタは向けられる無数の嘲笑を黙って受け続けた。

 アイオンの頭の中で点と点がひといきに繋がっていく。

 自分の手札を開示させようとする黒幕の企みを砕くためにアイオンを確保済みだとバラせば、確かに決着は早められるだろうが反面また別の危険が起こる。人質という取り引き材料もなく、もはや魔女をコントロールできないと悟った敵が破れかぶれになって後先考えない暴力に訴えてくる可能性。それから、小さいままのアイオンをヘンリエッタから力ずくで奪い、危害を加え、改めて人質にしてくる可能性。

 だがオリバーがヘンリエッタに対する人質として機能すると敵に思わせられたなら、ヘンリエッタもアイオンもそうした暴力の矛先から外れる。矛先が向かう先にいるのは、オリバーだ。

 だから頑なにアイオンを蚊帳の外に置こうとした。相談はおろか作戦を話そうともしなかった。

 オリバーを犠牲にすることに決めていたから。それが後ろめたかったから。アイオンにどう思われるか怖かったから。

 ヘンリエッタはそれほどまでに今後の黒幕の動向を警戒し、事が起これば対処できるよう、自分の底を見せまいとしている。


 ……間違っても子どもに辛く当たりたくなんかなかっただろうに。


 ひとしきり嘲笑って満足したらしい熊男がにやつきながら言う。

「おい、改めて取り引きだ。このガキを助けたいんだろ?」

「要らないわ」

 聞こえるか聞こえないかの声量でヘンリエッタが低く呟くが、熊男は構わず勝ち誇った様子で続ける。

「ここから連れ出してやるだのお前だけは助けてやるだのこいつに言ったんだよな? 知ってるんだぜ。一緒に逃げようって誘いをかけた可哀想な子どもを見捨てるのか? なぁおい」

 景気づけのように熊男がオリバーの頬を殴りつけた。気軽に振るわれ続ける暴力にまた血が飛び散り、オリバーがぐったりと頭を傾がせる。

「……やめて」

「第二王子をこっちに渡せ。安心しろよ殺したりしねぇ、オリバーともども丁重にもてなすさ。予定が狂っちまったが、それでお前がおとなしくしててくれるんならいくらでも修正できる……」


「やめて」


 ――これは王宮では語り草になっている話だが、殺人鬼と化した野良の魔術師の討伐を宮廷魔術師が命じられた際、被害者の死体の山を前にして彼女は、出撃をもったいぶった上でこう言ったそうだ。「もっとひどいものを見せろ」と。


 アイオンの脳裏にいつかイースレイが話していた言葉がよぎり、息を詰めてヘンリエッタを振り仰いだ瞬間、空気が瞬時に圧縮しそして爆裂した。

 目の前が真っ赤に染まってなにも見えない。

 赤と黒が嵐のように空間を染め上げ、異様な密度で編まれた莫大な魔力の渦がすべてをなぎ倒し、男たちの悲鳴を奪い去っていく。


 唖然とする頭の隅がまたひとつ自力で「どうして」の答えを見つけ出した。

 彼女が言ったというあの言葉の意味は、真意は、つまりそういうことだったんだと。

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