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打ち上げ(裏)

「「かんぱーい」」


 アマチュア演劇本番を終えたその晩、貸し切り状態の娯楽室でイースレイとレオナルドはグラスを打ち合わせた。

 ごくごくと中身のワインを味わい、ほぼ同時に大きく息をつく。

「いやぁお疲れ~」

「そっちもな。とにかく寄付金が集まって本当に良かった……」

 やらかすとしたらまぁヘンリエッタだろうと思っていたら、アイオンが土壇場でアドリブし始めたときは正直血の気が引いた。

 今回フェザーストーン公爵からの招待を受けることをゴリ押ししたのは自分だ。

 出世のためでもあるが、即位記念日に凹まされてからというものどこか元気のないアイオンとヘンリエッタの気分転換になればと思ったのだ。一応。

 だから同じく彼らを心配していたレオナルドと色々示し合わせて、チャリティーウィーク中はなるべくアイオンとヘンリエッタをふたりにさせるよう動いた。

 舞踏会では自分のコネ作りも兼ねて、足元を見られることも承知で真っ先に令嬢たちのもとへ行ったし、劇の内容を詰める会議の際は主役のアイオンのイメージ向上に寄与するような演目を台本の山の中から血眼で見つけ出した。結果としてヘンリエッタは魔王というやられ役におさまることになったが、イースレイのこの努力は彼女の意向にも適うものだったろう。

 ヘンリエッタは常にアイオンの自信を育てるために心を砕いている。いかに恐ろしい魔女であっても、凹んでいるアイオンを預けるぶんには彼女ほどの適任はそういないということは即位記念日の件でイースレイも痛感したところだ。

 あのとき、ようやく庁舎に戻ってきたアイオンと彼を一番に出迎えたらしいヘンリエッタは、ふたりして不貞寝宣言なんてふざけたものを発出してきたが、それがヘンリエッタの主導でありアイオンの気を楽にするための行動だろうことは明らかだった。良くも悪くも、彼女がやることはイースレイでは代行し得ないことばかりだ。

「もし来年呼ばれるときには、南部行政監督庁としてバザーに出店できるくらいビッグになっていたいものだな……」

 心からの祈りをこぼすと、レオナルドもうんうんと同意する。

「俺もアマチュア演劇は初挑戦だったけど、準備期間が短かったのもあってさすがに疲れたわ。公爵の助けがなかったら、いくらキャストと高度なアクションに集客力があっても頭数が足りないんじゃ厳しかったよな。次やるならやっぱバザーか~」

 ふたりとも当たり前のように来年も招待してもらえると決め込んでいるが、実際公爵のハートは今回のことでがっつり掴めたみたいだし、皮算用にはならないだろう。

 レオナルドはビリヤード台に頬杖をつき、

「そういやさ、あの演目を勧めてきたのってわざと?」

「? なにが?」

 何の話だ。首をひねるイースレイに、レオナルドが目を丸くする。

「あ、違ったのか。いやあの話、アイオンとはちょっとした縁があるんだよ。元王宮の書庫番だったお前ならやりかねねぇと思ってたんだけど、確かにおとぎ話や神話に興味持つタイプでもなさそうだよな」

「それはその通りだが、縁って?」

 レオナルドは頷き、

「最後、平和になった世界でその力を恐れられて追放された神官な、一説ではエクロス姓なんじゃねーかって話らしいんだ。アルフレド王配殿下のご実家がその『エクロス』だって言い切れるわけじゃねーけど、巡り合わせって不思議だなーと思って。俺がやった、魔王殺しの剣を造った鍛冶屋と魔王も元は友達だし」

「さすがに教養深いな……。そうだったのか。まるで現代でいう大魔女みたいな『魔王』も出て来るし、確かに巡り合わせだな。もしかしたら先祖と末裔の関係だったのかもと思うと、あの哀しいエピローグがアイオンのアドリブでカットされたのは良かったのかもしれないが……しかし、それにしたってあれには肝を冷やしたぞ」

 イースレイは舞台袖で仰天したときの気持ちを思いだして眉間の皺を揉む。

 するとレオナルドが「あーそれな……」とおかしな半笑いを浮かべ、

「ま、アイオンはこの流れ内心気に食わねーだろうなとは思ってたよ。まさかあの何事にも消極的で他人事のアイオンが、あんな大胆な我の通し方するようになるとはねぇ」

「外野がうるさかったからな」

 貴族には嫌がらせされ、観客にはやっちまえとがなり立てられ、ひねくれ者のアイオンがフラストレーションを溜める原因は両手の指じゃ足りないほどには思い当たる。

 ところがレオナルドは訳知り顔で首を横に振り、

「いやいや~。あの爆発っぷりはそんだけじゃねーだろ?」

「他に何がある?」

「え! 気づいてねーのか!?」

 嘘だろと言わんばかりに切り返され、イースレイはとっさに知ったかぶりしたほうがいいかと迷ったが、酒が入っている今は小細工するのもめんどくさい。

 素直に白旗をあげておく。

「考えてみても心当たりがない。さっさとご教示いただけないか?」

「いや見てたら分かるだろ!? あいつ明らかにヘンリエッタのこと好きになっちゃってんじゃん!」

「……は?」

 レオナルドが高らかに発表した内容に、イースレイは一瞬虚を衝かれてから思い切りげんなりした。


 なんだそれ? 誰が誰を好きだって?


「つっても不幸中の幸いっつーか九死に一生っつーか、本人は自覚なさそうだけどさ」

「……あり得ないだろう。好きってアレのどこが? 見目と面倒見はちょっと良くても我も押しも強いわ恋愛脳だわ、だいいち兄の婚約者で危険な大魔女だぞ? 常識的に考えて恋愛対象にしないし、ならないだろう」

「好きになるならないを理屈で決められないから恋なんだろ?」

 イースレイとレオナルドの意見は真っ向から食い違った。

 自他ともに認める恋愛嫌いのイースレイは不機嫌そうに顔をしかめる。

「本気でやめてくれ、すぐ物事を色恋に繋げる輩はヘンリエッタだけで手一杯なんだ! これ以上周りに頭お花畑が増えたら俺は人間不信になる!」

「人が誰彼構わず深読みして冷やかしてるみてーに言うなよ!」

 レオナルドはなおも反論し、眦を決して続ける。こっちは聞きたくないと言ってるのに。

「いいからマジで、一回あらゆる先入観を排して観察してみろって。出世したい出世したいって言うけどよ、本当に上り詰めて社交界でやっていこうと思うなら誰が誰に気があるか察せなきゃ上手く渡っていけないぜ? これアルトベリ侯爵家子息としてのマジアドバイスだから」

「う……」

 痛いところを突かれ、さすがにイースレイも口ごもった。確かに、それは今回公爵家の舞踏会なんてものに出てみて実際に感じたことでもあった。

 まぁ耳に痛いアドバイスも時には聞き入れる必要があるとして、ただ言いくるめられるのも癪なのでイースレイはこほんと咳払いで切り替える。

「……だとしても、むしろ君の想像通りだった場合のほうが俺たちは困るんだぞ。どう考えても応援できやしないんだから、やるとしたら諦めさせるか他に目を向けさせるか……。恨まれるようなことしかできないぞ。というか俺は他人の恋路なんか応援する気はさらさらないが」

 それに、百歩譲って、あれこれ世話を焼かれながら苦楽をともにしたせいで今まで孤独だったアイオンの冷めた脳みそが誤作動を起こしたとしても、ヘンリエッタ側は完全に(将来の)身内扱いで、「弟くん」とか「あの子」「男の子」とか呼んで憚らないのだ。彼女は察しこそ良いが、あの調子ではアイオンのそういう機微まではお見通しというわけにはいかないだろう。

 そもそもキュンメルの酒場でイースレイに「ハイラントとヘンリエッタはそのうちほっといても収まるとこに収まる」とか「ハイラントは聡明でヘンリエッタの人格を誤解などしていないし、本気で彼女に追いかけられたら逃げ切れないだろう」とか断言したのはレオナルドだ。現状ではハイラントとの接触が許されず、まだ彼の怒りが冷めていないとしても、レオナルドの分析が正しければ未来は確定している。

 アイオンの周りは三六〇度、見渡す限り逆風しか吹いていない。

「う、それはまぁ……そうなんだよな~……」

 と、レオナルドもうなだれている。

 彼はどうだか知らないが、イースレイは身近で好きだの嫌いだのという話が出たのはこれが初めてだ。その上それを酒の肴に同年代の人間と語り合うことなんてなおのことレアケース。適切な対処の仕方など分からないし、悪いことに周囲で一番世慣れていると思われるヘンリエッタは当事者のうちのひとりだから相談もできない。

 人間社会はどうしてこう、惚れた腫れたとなると厄介事ばかり膨れ上がるのだろう。やはり自分は一生こういう話とは無縁でいたい。

「いま話し合ったことは忘れよう。それがいい」

 イースレイはグラスにワインを注ぎ、あっさりした調子で言った。

 レオナルドは呆れたように「なかったことにすんの早っ」とぼやいたが、兄の婚約者に横恋慕しているかもしれない弟王子への上手い対処など思い浮かぶわけないんだから仕方ないだろう。

 できるのはせいぜい、もう分からん呑もう呑もうと杯を進めることだけだ。大仕事の後の打ち上げとしては正しい姿である。

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