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チャリティーウィークに参加しよう

 潮の香りを含んだそよ風が白で統一された市街を爽やかに踊る。

 その色彩的な対比として青い空はぴったりだ。真夏に来ればきっと今より空は高く、青色も深くて、沖にもくもくと立ち上がる雲を気持ちよく眺められただろう。

 フェザーストーン公爵は、代々領主館をこの美しい南部の港町シーウッドに構えている。


 メレアスタ女王の即位記念日は先王の命日でもあるため公式な祝日とはされていないが、先王の徳を偲ぶ意味でも、この日の前後に自領に帰って各種チャリティーイベントを主催する貴族が多い。

 地元人気が急上昇中の南部行政監督庁にも、今年はイベントのお誘いが届いた。

 なんと公爵家から。

 女王の即位記念日後、じめじめめそめそだらだらと、書斎の巨大カウチに寝転がって休業を決め込んでいたヘンリエッタとアイオンに、最初は仕方ないなと理解を示していたイースレイもほどなく堪忍袋の緒が切れ、フェザーストーン公爵家主催のチャリティーウィークへの招待状が届いたと同時に発奮した。

「ふたりともいつまでも凹んでないでしっかりしろ! 公爵からイベント事に招待されるなんて快挙だ! 全てのスケジュールをこのチャリティーウィークに合わせて調整するぞ!」

 とかなんとか、完全に問答無用だった。横暴だ。ギラギラと輝くイースレイの両眼には出世の二文字が輝いていた。まぁ公爵家と縁が出来る願ってもない機会だもんなー。


 普段ならああしようこうしようと焚きつける側のヘンリエッタは反りの合わないイースレイにお株を奪われて不満だったが、シーウッドの街に来たとたんけろっと機嫌を直した。

「わあぁきれーい! いいねこの街、気分転換にぴったり! ここでなら慈善活動にいそしむのも悪くないね~!」

「ちょろいヤツだな」

 と隣のアイオンが茶々を入れてくる。

「ちょっと景観が良い程度でやる気が出るなんて大魔女様のくせに根性ねーぞ。俺はまだまだだらけていられるぜ」

「な、斜め下の自慢だなー……私だってイースレイに無理矢理お尻叩かれたから渋々起動しただけだし」

 とはいえ、皮肉るもののアイオンもこの眺めを気に入ったみたいだ。良かった良かった。


 アイちゃん本人はあくまで平気そうに振る舞ってるけど、即位記念日に母親と兄と嫌な対面を果たしてしまったせいで、あれからずっとどこか気分が晴れない様子だ。このチャリティーウィークが気分転換になればいいんだけど……。


 ここは商港に当たる領域で、堅固な城壁と門を備えた要塞に繋がっている向こう側は軍港だ。

 数十隻の船が停泊している港には今この瞬間も次々と船が入ってきている。誘導係が小舟を巧みに操ってその隙間を縫い、事故を防いでいる。船着き場は荷下ろし人夫でごった返していて、海鳥の鳴き声と人々の大声が混ざり合っていた。

 ヘンリエッタたちは堤防から港を見下ろしているが、その堤防もまた美しかった。あちこちに野花が咲いていて、等間隔で風車が建ち並び、潮風を受けて羽を回している。これで小麦粉をひいたり、織機を動かしたりするんだろう。

 潮風に髪をなぶられながら首を巡らせると、新たに港へ入ってきた船の甲板に黒い布を腕に巻いた大勢の人々が見えて、ヘンリエッタは眼を瞬いた。

「ん? あの船……」

 この呟きを聞きつけたのはイースレイだった。ヘンリエッタの視線の先を追いかけて、

「みんな黒い布を身につけているな。自殺者の遺族だろう」

 この国では宗教の別を問わず共通のタブーとされることがある。神さまやそれに類する存在から与えられた命を自分の勝手で手放す行為――つまり自殺だ。

 自殺者の魂の安息を祈ることも同様に原則タブーで、普通の人が亡くなったときのような祭礼を執り行うなんてもってのほか。自殺した人を偲ぶときはまるで神さまの目を憚るみたいに、あんな風に黒い布を身につけるくらいしかできない。人それぞれ状況は違うだろうに、なんだかなぁ~。

「……」

 アイオンが船のほうへ目をやり、怪訝そうに訊く。

「なんでこの街に大挙してやってきてんだ?」

 イースレイはすらすらと答える。

「フェザーストーン公爵の厚意で、この近くにある『追慕の森』がチャリティーウィーク中は一般開放されるからな。それが目当てだろう。自然の魔力が非常に濃い土地なので体調を崩す参詣者も少なくないが、国内で唯一自殺者の遺骨を受け入れている霊場だ。古くは南部の貴族エクロス家が管理していたそうだが」

 と、アイオンが紫色の目を瞠って、

「エクロス……そうだその名前、アグリッサに聞いた。父の実家だよな? 古くは、ってことはやっぱり家系自体もう途絶えてんのか?」

「あぁ、そういえばアルフレド王配殿下はエクロス家の生き残りだったか」

 さも周知の事実のように元王宮書庫番は言う。

「エクロス一族は四十年ほど前に王配殿下を除く全員が領主館で遺体で見つかった。検死は行われたものの死因は今なお解明されていない。だが彼らの死は一夜にして起こったようで、当然自然死ではあり得ない。後日生き残った殿下を先王のツィドス陛下が見つけ出し、後見人となった縁で娘のメレアスタ女王と親しくなっていったとか」

「「一夜で滅んだ?」」

 アイオンとヘンリエッタが一言一句違わぬ呟きをこぼしたので、イースレイとレオナルドの不思議そうな視線が一斉に向く。

「え、ヘンリエッタも知らなかったのか? ぶっちゃけ巷で大魔女の余罪のひとつってことになってる事件だぞ? 到底人間業とは思えない、こんなことができるのはあの大魔女しかいないだろうって」

「はぁ!?」

 ヘンリエッタは目を剥いて素っ頓狂な声をあげた。

 名前が売れれば売れるだけ身に覚えのない功績や罪状が増えていくものとはいえ、よりにもよって王配殿下のご実家を滅ぼしたことになってるとか、とんでもない濡れ衣なんですけど!?

 血相を変えてアイオンを振り返り、必死に訴える。

「ち、違うから! 私じゃないからねアイちゃん! 魔力暴走の範囲でそういうことができるかできないかで言えば極論できちゃうんだろうけどっ、こんなの冤罪だよ! ほんと世間の連中ときたら好き勝手に捏造して……そもそも四十年も前の事件なんて年代が合わないし……!」

「なに焦ってんだよ。誰もそんな与太話信じねぇから」

 よ、良かったぁあ。このしらーっとした感じを見る限り彼は通常運転。確かに本気にされてないみたい。

 けれど直後アイオンは意外そうに片方の眉を持ち上げ、

「つーか王配殿下絡みの大事件なんだから、普通どっかのタイミングで多少兄貴から聞かされるもんじゃねーの? お前ホントに聞いたことなかったのか?」

「う、うん……」

 私だって少しくらい耳にしてて当然だと思うけど、でも実際知らなかったんだよね。

 ヘンリエッタはハイラントと共通の友人であるレオナルドに視線を投げかけ、そろって首をひねる。


 アルフレド王配殿下は事故で亡くなったそうだけど、エクロス家のこととかメレアスタ陛下と王配殿下がバリバリ恋愛結婚だったとかいう情報は聞いたことがない。

 ハイラントが弟と離宮関連の情報をわざとヘンリエッタから遠ざけていたんじゃないかと疑ってはいたが、まさか父親やその実家のことも……?

 でもどうして?


 ヘンリエッタの頭の中にもやもやと疑念がふくらみかけたところで、いっとき険しい表情で考え込んでいたアイオンが口を開いた。

「……死因は不明、ねぇ……。父自身、一族の死の原因を知らなかったのか?」

「そのようだ。だがもし他殺なら一晩で一族全員を殺すなんて、レオナルドの言う通り人間業じゃあり得ない。なにか途方もない事件があったんじゃないか? ショックのためか、ツィドス陛下に保護された時点でアルフレド殿下は記憶が曖昧になっていたと記録にもあった」

「元王宮の書庫番が言うなら確かなんだろうな」

 そう納得して、アイオンは思い悩んでいる自分自身が面倒くさくなったかのようにふっと気だるげな目つきに戻った。

「……別に今考えることでもねーか、四十年も前の難事件より目先の厄介事だ。そろそろ行くか。面倒だが、わざわざ俺たちを招待してくださった公爵閣下がお待ちかねだ」



 領主館の応接室で、ヘンリエッタたちはフェザーストーン公爵と対面した。

 アイオンとイースレイはともかく、ヘンリエッタとレオナルドは何度か仕事で公爵と一緒になったことがある。目尻と頬の肉が弛んだ中年らしいぽっちゃり体型だが、金髪をきちんと撫でつけ、地に足の着いた知性と温和さ、寛容さをうかがわせる風采の慈善家だ。生まれてこの方怒ったことがないという噂に信憑性が出て来るくらいには雰囲気からしておっとりしている。

「この度はご参加いただきありがとうございます、行政監督庁のみなさま。改めまして、当主のクリス・フェザーストーンと申します。以後お見知りおきを」

 そう挨拶する調子にも嫌味なところはちっともなく、下級貴族の出のイースレイや平民のヘンリエッタを見下したりもしない。服装は品位を保ちながらも奢侈と見なされない程度の高貴さにまとまっていて、親しみやすい雰囲気だけでなく、公爵という地位にふさわしい人格を宿していることが分かる。

 ザクスビー家のクレアだのヘレネー司教だのチーブル伯爵だの、癖のある貴族ばっかりに連続して遭遇してきたアイオンにしてみたら、やっと出会えたまともな貴族だ。私にとってもこんな出来た人との遭遇は貴重で、内心感動してしまう。

 初対面で見下さない、嫌味を言わない、偏見を出さない、嫌がらせしない、遠巻きにして陰口を吹聴しない、そのうえ慈善事業に熱心なんて。

 もはや存在に感謝だ……。

「チャリティーウィークは明日から一週間。期間中は寄付金を募る場としてパーティーやアマチュア演劇会、チャリティーバザーなどのイベントを予定しております。お好きなものにご参加ください」

 ほうほう。

 フェザーストーン公爵の説明によると、例年通り公爵直々に招待を受けた貴族やお偉いさんは各種イベントに参加して来場者から寄付金を募る。集めた寄付金はフェザーストーン家が取りまとめ、国内の慈善団体に分配するそうだ。

 うーんでも、ウチはチャリティバザーに参加するにはちょっと先立つものがなぁ~。たった四人の組織だし。

「……それと、大変恐縮なのですが……」

 考え込んでいたところに、公爵が困ったように続ける。

「ヘ……ヘンリエッタ殿とレオナルド殿に少々お願いがありまして。チャリティーイベント自体とは無関係の案件なんですが」

「はぁ、私とレオに?」

 ヘンリエッタとレオナルドは顔を見合わせる。ここふたりをご指名ってことは魔術絡みのトラブルかな。

 公爵は頷き、

「チャリティーウィーク中に一般開放する『追慕の森』で正体不明の強力な魔力反応が観測されたんです。当家の魔術師団に調べさせたのですが原因の特定には至らず……。浮かばれない自殺者たちの行き着く場所だからかあの森はもともと土地の魔力が濃いですし、もしかしたら自然現象による魔力の噴出なのかもしれませんが、このままでは明日からの一般開放を取りやめざるを得ません」

「なるほど。最悪森まるごと魔力を鎮めるとなると確かに俺たち向きですね」

 アルトベリ家のエリート魔術師くんは気負った様子もなく顎に手を当てる。それからヘンリエッタの肩をぽんぽん叩きながら、

「ご安心を、公爵! ヘンリエッタとは友人で宮廷魔術師時代には何度も組んで仕事した仲なんで、似たような案件をこなしたこともありますし! まぁ王太子殿下をアレしかけちまったのは事実ですけど、南部に来てからの活躍の数々もまた事実です! なっ!」

「ええ! 今なら無料でやらせてもらってますよ~!」

 ちょっとしたお願い事くらい聞いてあげますよーとにこにこ愛想を振りまくと、公爵は眉を下げて「ははは……」とだいぶ気を遣った笑いをこぼす。無理してノリを合わせようとしてくれたのは明らかだった。うぅ、まれに見る善玉貴族さんの頼みならもちろん応えてあげましょうと張り切ったはいいけど、おっとりした公爵には若者ノリすぎたか……なんかすみません。

 すると黙って聞いていたアイオンが、

「……チャリティーウィークは明日からだぞ。間に合うのかよ?」

 言外に「俺とイースレイでイベントこなせとか無茶言うんじゃねーぞ人選ミス過ぎるだろ絶対寄付金集まらねーからな」という圧をかけてくる彼に、ヘンリエッタはご機嫌に笑ってみせる。

「やってみたら意外とアイちゃん向いてるかもよ? こういう企画!」

 もちろんアイオンは言いくるめられたりせず、「ねーよ」とうざったそうに眉をひそめた。だけどよく観察すれば、紫色の目の中にはひねくれた心配もかすかに滲んでいる。も~優しいのに素直じゃないんだから~。

「俺とイースレイの組み合わせでどこに活路があんだよ。いいから早く戻ってこい」

「本気で嫌そうに言わないでよ。大丈夫、今日中に済ませるよ! レオと組むならお互い勝手は分かってるし、魔力の沈静化なんてサクサクやれるから。ね!」

「おう! ふたりはイベント関係の打ち合わせでもしててくれよ。どのイベントに出るにしても、出し物が盛り上がらないことには誰も寄付してくんないぜっ」

「…………このふたりで?」

「……なにをどう打ち合わせろと?」

 そこはなんとかがんばってもらって、こう、ね?

 どう考えてもイベント事を盛り上げる適性に乏しいアイオンとイースレイの渋面を置き去りにして、ヘンリエッタとレオナルドはさっそく追慕の森へ出発した。

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