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商業都市を見に行こう

 三日後、ヘンリエッタはキュンメルの目抜き通りで屋台のフルーツパイを買っていた。商業都市だけあって活気溢れる街は呼び売りの声が飛び交い、誰がものを買ったり売ったりしていてもごく当たり前の光景だから、若い女の子が買い食いしていても物珍しげに見られたり絡まれたりはしない。

 気持ちいい秋晴れとパイの甘さにひと息ついた後、ヘンリエッタは隣のアイオンに目をやった。

「アイちゃんパイおいしい?」

 アイオンもヘンリエッタが買ったのと同じパイ、同じ紅茶を買ってもぐもぐしていた。隠密中なのでこんな街中でいつものように「殿下と呼べ」とは言ってこない。彼はちょっと考える間を置いてから、

「結構うまいな。そういやこういう買い食いって今までしたことなかった」

「そうなんだ? これが初めての買い食いかぁ。フルーツパイにして良かったでしょ」

「まぁ精肉場の周りを見てきた矢先にミートパイはちょっとまずかったか?」

「あ、当たり前だよ……すっごくまずいよ二重の意味で……」

「肉だろうが果物だろうが、街ぐるみでドブネズミ飼ってるとこのパイ食ってるのには変わりねーだろ。今さら気にしても遅くね?」

「やめて……ホントに……」

 ヘンリエッタたちは今日の午後キュンメルに到着するや二手に分かれ、街の地図に載っていた南北二箇所の精肉場の周辺を確認しに向かった。一通り調べて怪しまれないうちにその場を後にしたヘンリエッタとアイオンは気分転換に目抜き通りへ移動したのだが、フルーツパイを買うかミートパイを買うかで言い合いになり、最終的に口の回るヘンリエッタが議論を制したのだ。

 ていうか食肉加工現場の周りを調査してきた直後によくミートパイ食べる気分になれたね? 提案されたときはさすがに耳を疑ったよ。

 ちまちまとパイを食べながら、アイオンの「あれはなんだ」「これはなんだ」に答える。


 あれはねぇ豆スープを売ってんの。

 あっちは曲芸師と歌手のコンビかな。それにつられて寄ってきた子どもに爆竹売ってるのがオモチャ売り。

 ほうき売りと喋ってるのは道路掃除夫、あっちは油脂ゴミの回収業者、コインを投げて表裏を当てたらタダって呼び込みしてるのはサンドイッチ売り。

 古本屋さんが気になる? もうたいていの本は読めるようになったもんねぇ。色んな宗教の説教本とか詩集はアイちゃんの好みじゃないかもだけど、エッセイは面白いかもね~。……あ、でも、あのー、あんまり良くない本もあるからもし買うなら私がいないときにして。良くない本は良くない本だよ、詳しいことはイースレイかレオに訊いてみたら? うんうん、この話は終わりね~終わり終わり。


 アイオンはひとしきり質問して気が済んだらしい。ぺろりとパイを平らげ、

「で、実際街の様子も見てみた結果はどうだ? お前の考えは合ってそうか?」

 ヘンリエッタはまーねと気負うことなく頷く。

「お肉の加工工程で出る肉片が餌になるから駆除後も精肉場の周りにはネズミが細々命を繋いでるものなんだけど、その場合駆除が完遂された街中からはすっかり姿を消してるのが普通なんだよ。でもこの街はいまだにどこにでもいるみたい。やっぱここにもともといるネズミだけじゃなくて、よそから持ち込まれでもしてるとしか思えない増え方だよ」


 三日前、書斎での会議で三人に説明したヘンリエッタの見解はこうだ。

「ネズミは病気を運ぶ害獣で駆除費用をかさませる金食い虫。それに間違いはないけど、貧民には貴重なご飯の種になることもあるの。リスクを冒してでもネズミを集めてくれば買い取ってくれる小金持ちがいて、ネズミを買い取ることで儲かる業種があるからね」

 イースレイが雲を掴むような気分で首をひねる。

「意味が分からん、どうやってネズミなんかで儲ける?」

「猟犬を使った『ネズミ狩り大会』ってのが、あるところにはあるんだよね。もちろん地下だけど」

 三人の眼がぱちりと瞬いた。

「ネズミ狩り大会……? 俺は初耳だが……」

 誰か知ってるか、とイースレイは視線を巡らす。少年らしさの残る瞳をくりくりさせたレオナルドが首を横に振り、

「俺も聞いたことないな。それって猟犬に競わせんの? ってことは参加者は猟犬を飼ってるような上流階級か」

「……ネズミはその競技の的として必要だったって言いたいのか?」

 アイオンの確かめるような問いかけに、ヘンリエッタは「そういうこと」と頷きを返す。

「自分の猟犬の腕を試したいお金持ちたちが各地からふるって参加してる賭け競技場がキュンメルにあったとしたら、その興業で街はめちゃくちゃ潤ってたはず。盛況になればなるほど競技の的になるネズミを買い取ってくれるって噂も広まって、街の外からネズミを売りに来る人たちも当然現れる。管理なんかずさんだっただろうからネズミが檻から逃げ出したり、買い取ってもらえなかった人がその場で逃がしたりってこともあったでしょ。文字通りネズミ算的に数が増えていって、とうとう領主が駆除を敢行するまでの事態になっちゃった……ってところかな」

 ヘンリエッタは話しながらイースレイが説明した事の経緯を頭の中でそらんじる。

「次の放水を住民が嫌がってるっていうのも、建物が巻き添え食ったからって理由は建前なんじゃないかなぁ。ネズミが街からすっかりいなくなったら大会が立ち行かなくなるし、わざわざネズミを買い取る費用がかさむ」

「……なるほど。ほどほどに増えてはほしいから二度目の放水はむしろ商売の邪魔だったというわけだな。仮説として理屈は通ってる」

 ヘンリエッタの話をさっそくかみ砕き終えたイースレイが顎に手を添えて考え込む。

「お金に困ってる人を冒さなくていい危険に突っ込ませた上に、不特定多数の人の健康を脅かすバカな娯楽だよ。どの辺が楽しいのかぜーんぜん分かんない」

 笑いを含んだ声に腹立たしさが混じらないように気をつけながら、肩をすくめる。

 そんなくだらない遊びが載っかった天秤の向かいの皿に人の命がかかっているから余計にムカつく。ヘンリエッタが考えている通りならレオナルドの協力のもと二度目の放水駆除を行ってもネズミ問題の根本的な解決には至らず、同じ事を繰り返すだけだ。そうこうしてるうちに病気が流行って大勢の犠牲者が出る確率のほうがずっと高い。

 病が流行ったとき真っ先に脱落していくのはやっぱり平民だから、ヘンリエッタはこの場にいる誰より今回の件に対する焦りと危機感が強かった。笑みと冗談めかした口調の裏でぐるぐると思考を巡らせる。


 ハノーバー男爵とキュンメルの市参事会の対決に持っていくのはまだ待ってもらわないと。

 どうにかしていったん街の実態を密かに調べてから男爵に再度駆除を強行させるか否か決める方向に持っていけないかな。


 するとアイオンが思い出したように言う。

「お前、そんなトンチキではた迷惑な地下競技があるなんてよく知ってたな」

「ん? うん、まーこういうのはやっぱ平民の知恵ってヤツ? 宮廷魔術師になる前は色んな土地を転々としてたからね」

 アイオンはそれ以上は追及することなく「へぇ……」とつぶやき、

「ちなみにそのネズミ狩り大会って何匹くらいのネズミを使うんだ?」

「そーね、規模にもよると思うけど一晩に五百匹とか聞いたことあるよ」

「ご、五百……!?」

 想像以上の数に三人が目を剥くのも無理はない。たった一匹で五分間に百匹のネズミを猛然と狩り尽くす猟犬もいるのでそうなるらしい。

 そんな大量のネズミが夜な夜な街に集められているとなると危機感がいや増してきたんだろう、三人の気配が思案げになる。

 この機を逃さず今後の方針を決定すべく、ヘンリエッタは話を続ける。

「ね、想像以上に危ないでしょ? 私の考えが正しいかどうかはキュンメルの……そうだな、精肉場の周りと街中の様子あたりを比べてみれば分かるかな。ヘレネー司教領のときみたいに行政監督庁の視察でーす! っておおっぴらに乗り込むのはやめたほうがいいかも。地下競技だから感づかれたら逃げられちゃう」

 具体的に真偽を判断してもらう条件を出せば、みんなは「じゃあひとまずそこを確認するか」と理解してくれた。良かった、これで一安心だ。

 ヘンリエッタはよしと意気込み、いつものにこにこ顔で、

「てことでやるなら潜入捜査だね!」

「よっしゃ潜入捜査~!」

「面白がるな」

 あえての大仰な言葉選びに付き合いの長いレオナルドは無邪気に盛り上がり、イースレイがぴしゃりと突っ込む。あれだな、初対面こそあのアルトベリ家の……と腰が引けてたものの、私とレオナルドはほぼ同じような扱いでいいと分かり始めてるよねイースレイのヤツ。間違ってません。

 ――と、ここまでは順調だったのだが。


「うっかりネズミに噛まれたら大変だしアイちゃんは今回お留守番して私たちの報告を待っててねって言ったのに、『めんどくせぇけど俺も行くわ。決定』とか一体どーしたのよ? 止められると乗り気になるなんてあまのじゃくだよねぇ。あっもしかして、潜入捜査って言葉の響きでなんか面白そうだなって思ったとか!?」

 まさかアイオンが会議の終盤にそんなことを言い出すなんて思ってもみなかった。まだアイオンの性格をよく知らないレオナルドはともかく、イースレイもぽかんとしていた。

 前半は愚痴っぽく、後半は面白がって、器用にテンションを移り変わらせたヘンリエッタにアイオンは冷めた様子で鼻を鳴らす。

「……似てねぇ物真似やめろ、ただの気まぐれだ。つーかお前真っ先に折れただろうが。言うほど反対しなかったろ」

 確かに、危険だと最後まで食い下がったイースレイやレオナルドと違い、ヘンリエッタは割とすぐに仕方ないなーと反対を諦めた。けれどそれはもちろんレオナルドという治癒魔術の使い手もいるから大丈夫だろうとか、アイオンが怪我をしたり病気になってもどうでもいいなんて考えていたわけじゃない。そんな風に思われるのはいくらなんでもあんまりだ。

 ヘンリエッタは心外そうにむっとまなじりを吊り上げる。

「せっかくアイちゃんが『こうしたい』って言い出したんだから水差したくなかったの! 心配は心配だけどアイちゃん自身がまずだいぶタフだし、イースレイが戦力になるかは……ちょっと知らないけどレオと私がいれば大抵のトラブルはなんとかなると思うし、安全第一なら好きなようにさせてあげてもいいんじゃないかなって。だから途中で飽きたりしないように、芽生えたそのやる気だけは保ってこーね! すんごく素敵な進歩なんだから! ねっ!?」

「……はぁ。ハイハイ分かった、多少は努力してやるよ」

 ホントに分かってんのかな、もー。自分の身の危険まで他人事みたいに考えてたら怒るわよ。

 アイちゃんがどういうつもりで重い腰を上げたのかはまだ分かんないけど、二手に分かれて調査しようとなったときに「んじゃ行くぞー」なんてしれっと私を引っ張っていったのもアイちゃんだ。あの行動から推察するに、なにかあったときは素直にこの大魔女を頼りにする気はある……ってことだと信じたい。


 その後広場でイースレイたちと合流して報告しあったところ、「この街はネズミを集めていてそれでネズミ狩り大会を興業しているのではないか」というヘンリエッタの仮説にのっとって調査を進める方向で四人は見解の一致を見た。

 つまり次にするべきは、競技場を突き止めて証拠を押さえることだ。

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