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魔術師を迎えよう

 ヘレネー司教領に突如出現した、世にも稀な魔石の大橋は観光地と化しているらしい。あの活発な村の子どもたちの口コミ力のおかげもあって、アイオンの南部での評判も緩やかながら右肩上がりで、彼が新しく赴任した行政監督官だということも市井に浸透し始めている。

 浮気が原因でハイラント王太子を瀕死に追い込んだ大魔女ヘンリエッタが、そのアイオンと一緒に南部に来ているということも同様に知れ渡ってしまったが、嵐を消し去り魔力で橋を架けた功績がミーハーで現金な地元民を寛容にさせたようだ。

 イースレイは引継ぎ業務に熱心に取り組み、前任者の怠慢のせいで形骸化していた諸侯らとの定期連絡網を復活させた。

 ヘンリエッタは変わらず大魔女の名前を貸し、しょせんは女王に冷遇されている要らない子の王子、木っ端貴族出の事務官と、アイオンやイースレイを軽侮する諸侯に圧力を掛け続けた。

 ヘレネー司教領での公共物老朽化がまさに好例だが、不正を行う積極的な悪意がなくても「放っておいてもなにも言われないから」という理由であちこちに行政の不作為が発生するなんてあってはならない、とはイースレイの弁だ。彼は確かに意欲的で優秀な事務官だった。

 いきなり密になった報連相に、アイオンは手紙を書きまくらなければならなくなった。夜になればヘンリエッタによる読み書き教室――計算や外国語も追加された――が書斎のカウチで始まり、翌朝には前日学んだことを実践する。うんざりだ面倒だと、うだうだくだを巻きながらそんな一日を繰り返し、けれど彼は逃げ出しはしなかった。

 第二王子が長を務める庁舎にも関わらず使用人も警護もいないままだったが、ギャレイ宮廷伯のおかげで配備されたマリオネットがその穴を埋めてくれた。南部行政監督庁は様々な偶然の巡り合わせにも味方され、徐々に機能を取り戻し始めていた。


「ってなわけでついに魔術師さんが来てくれる日でーす!」

 ぱんぱかぱーんと明るい気分でヘンリエッタが発表すると、書斎でそれぞれ書類に目を落としていたアイオンとイースレイがひょいと顔を上げた。ふたりして怪訝そうに、

「それがそんな嬉しいか?」

「朝から君のハイテンションは頭に響く、やめてくれ」

 む、ノリの悪い男子たちがなにか言ってるけど知りません。今日はとってもおめでたい日なのでこんなことでへそを曲げちゃいられない。派遣されてくる魔術師の氏名欄にその名前を見つけてから、この日を心待ちにしてたんだから。

 ヘンリエッタはギャレイ宮廷伯からの最新の手紙をばーんと見せつけ、

「あのね、なんとこの南部行政監督庁に志願してくれたレオナルド・アルトベリくんは宮廷魔術師時代の私の同僚なの! しかも殿下と共通の友達! 人柄の良さは私が保証するから安心して大歓迎してあげてね、アイちゃん!」

「へー……」

 となおもアイオンのリアクションは薄い。ノリが悪いどころか死んでない? ヘンリエッタは躍起になって彼に書面を突きつける。

「な、なんて冷え切った『へー』を……アイちゃんの味方になってくれる人が増えるんだよ? アイちゃんとレオなら絶対お友達になれると思うし、これからもーっと楽しくなるよ!」

「今の『へー』はお前にマジで友達がいたってとこに感動してんだよ」

「でっ、殿下の浮気のせいで女友達が全員容疑者になって壊滅しちゃっただけだから! 男友達は一応残ってるわよ!」

「俺、兄貴の浮気の余波については割と本気で可哀想だと思ってるぜ」

「アルトベリ家の魔術師か……」

 方や冷めてるヒネてる、方やうるせぇ分かった分かったと言い合いを始めるヘンリエッタとアイオンに、イースレイが冷静に横槍を入れる。

「代々宮廷魔術師を輩出しているエリート侯爵家だ。華やかな宮廷を出てまでここに来るとは奇特な男だな、俺ならそんな茨道は選ばない。どういう腹か読めないな」

「万一なにかしらの思惑があったとしても、絶対アイちゃんを悪いようにはしないよ、彼は」

 猜疑心の強いイースレイの呟きをヘンリエッタは即座に否定する。

「アルトベリは国に忠節を誓った『護国卿』、私利私欲に走ったことは一度たりともない。むしろいきなり私を預からされて南部に送られたアイちゃんを案じて、一族の総意のもとアイちゃんを補佐させるためにレオを送り出したんじゃないかな? 国の未来を思ってさ」

「ま、国の未来を見据えてるエリートからしたら俺なんか頼りなくてしょうがねぇだろうな」

 まだ疑念を拭えずにいるイースレイに代わって、アイオンがへっと笑う。まぁたそういうこと言う~。

 とっくに想定済みのヘンリエッタはにっこりと唇に笑みを引き、

「っていう当初の下馬評はこの前の大活躍で今この瞬間も着々と覆ってるからねー? アイちゃんはさぁ、自己評価はどうだか知らないけど学習速度も運動能力も人並み外れてるし、日々目覚ましく進化してるってこともっと自覚しなよね」

 アイオンのこういう自嘲的な言葉は全弾打ち返すと密かに決めているヘンリエッタが例によって噛んで含めるように励ましても、彼は往生際悪く肩をすくめる。

「たった一度のまぐれをこの先一生プライド支える杖にして自慢してろって? 惨めな老後を勧めんじゃねーよ」

「なにか確かな功績を打ち立てないとがんばってないことになるわけじゃないでしょ、人間は。私が毎日毎日懲りずに開いてるお勉強会も、君を惨めにしてる?」

「……、……」

「あはは! ダメダメ、ヘンリエッタには口じゃ勝てませんって!」

「!」

 ぽんと唐突に降ってきた四人目の声に、えっと全員が目を瞠った。

 扉のほうを振り返るといつの間にか、足元にかすかな魔力の残滓を光らせながら少年が立っていた。転移魔術を使って一瞬で侵入してきたのだ。五体満足で瞬間移動を行うことは一流の魔術師でも困難とされる高度な技術なのに、彼はイタズラ半分で使って見せた。

「久しぶり、ヘンリエッタ。もうそんな仲良くなってるなんて、殿下が知ったら妬くぞ~」

 尻尾のように後ろでひとまとめにくくられた金髪に、無邪気さと闊達さを宿す緑色の瞳。レオナルド・アルトベリその人だった。



「わーレオ久しぶりー! 元気だった!?」

「うはは、それ処刑されかけてた人に訊かれたくねぇ~! 元気元気! ヘンリエッタこそ南部送りになって早々魔力暴走したって聞いたけど?」

「余裕に決まってるでしょ! 超元気だよ~!」

 レオナルドは小柄なほうでヘンリエッタと少ししか身長が変わらない。再会を喜ぶなり手を合わせてきゃいきゃいとはしゃぎ回っている様子はきょうだいのようだ。

 レオナルドは陰に籠もりがちでローテンションのアイオンやイースレイとは真逆のタイプで、才気に溢れ明るく気さくでおおらかな性格をしている。ふざけるふたりについていけずに呆気にとられていたアイオンとイースレイだが、しばらくしてはっと我に返った。

「あー……あんたがレオナルド?」

「あ、はい! 申し遅れました、元宮廷魔術師・元ヘンリエッタの同僚、レオナルド・アルトベリです!」

 レオナルドは太陽のようなあけすけな笑顔で敬礼する。ヘンリエッタはそれを見たアイオンが一瞬気を遠のかせたのを見逃さなかった。明るいと一口にいっても底抜けにからっとしていて容易には揺さぶれそうにないレオナルドのようなタイプは初めてだろうし、そりゃ生気も抜かれるかぁ。

 しかしアイオンは間もなく気を取り直し、

「こっちの事務官、イースレイにも言ったことだが、俺には敬語もなにも要らねぇから今後いっさい慇懃な態度はやめてくれ。さっきみたいな素のままで構わない。丁寧に接されるとかえって裏を勘ぐる癖がついててな、そっちのほうが疲れんだよ」

「え? な、なるほど。ご命令とあらばそうしま、……えーと、そうする!」

 護国卿アルトベリ家の一員なので、レオナルドは生来の無邪気さを持ち合わせている一方で職務には忠実な男だ。アイオンの無茶にも即対応した。不慣れながらも親しみやすい笑顔を浮かべ、

「最初の命令がそれってのは驚きだけどヘンリエッタとイースレイ……さん、を手本にすればいいってことだよな! 了解!」

「俺に『さん』をつける必要はないかと。俺の実家は男爵家ですし、侯爵家の方にそう呼ばれるのは据わりが悪いので」

 イースレイがすかさず指摘するが、レオナルドは勝手知ったるといった感じでヘンリエッタを親指で指す。

「いや俺のが据わり悪いよ! アイオン殿下がこう言ってるんだから俺と……えーとイースレイも堅苦しいのはナシにしようぜ。だいたい身分差を言い出したらヘンリエッタなんて平民なんだしさ」

「そうそう!」

「なぜ君がふんぞり返る?」

 涼しい顔で援護するヘンリエッタに渋面を作りながらも、イースレイは一応レオナルドの主張を呑み込んだようだった。「……ではレオナルドと呼ばせてもらう」と諦めたようにつぶやく。アイオンもそれを追うように、

「俺のこともアイオンでいい。あんたの言う通り、この魔女がいつまで経っても『殿下』と呼ばずにふざけたあだ名で呼び続けてくる状況じゃ『アイオン』のほうが全然マシだ」

「あ、うん。それも了解……」

 レオナルドはほとんど反射でうなずき、それから眉を下げてくるーりとヘンリエッタを見返った。

「いやヘンリエッタ、さすがに『アイちゃん』はビビるわ~。神経ふてぇ~……」

「でもかわいくない? 未来の弟くんにお姉さんとしては親しみを込めてるんだけどなぁ」

「この調子で俺の言うこと聞きゃしねぇんだよこいつ」

 分かる? と言うようにアイオンがヘンリエッタを横目で見る。え、私にはずっと素直じゃないくせになんでレオとは意気投合しようとしてんの? アイオンに友達が増えて、しかもそれがレオナルドというのはめちゃくちゃ喜ばしいことだけどちょっと納得いかないぞ。

 レオナルドはむくれるヘンリエッタに小さく笑い、居住まいを正す。

「ちなみにいま俺が力になれそうな仕事ってある? 噂によると新体制になってからの南部行政監督庁、快進撃中だって言うじゃん」

「なんだそれ、根も葉もねぇよ」と仕事を増やしたくないアイオンが白を切る。

「前任者が穀潰し過ぎて通常業務をこなしてるだけでも今は評価が上がるんだ」と歯に衣着せぬイースレイがさっそく手元の書類を繰る。数枚めくったところでお目当ての資料を見つけたようで、彼はすっと視線を上げた。


「そうだな……次に手を付けようと思っていた案件なんだが、商業都市キュンメルのネズミのことで相談が来ていてな。これは魔術師が来てからでないと手が付けられないと考えて後回しにしていたんだ」

「は? ネズミ?」

 上流階級の不正とはとても直結しない単語が飛び出して、面倒な上に話が見えないもどかしさにアイオンが苦い顔をする。

 イースレイは淡々と続ける。

「キュンメルは路上にできた市場に端を発した商人の街だが、商業都市にはよくあることでカネにならないインフラ整備……特に衛生管理がおろそかにされてしまっている。昨年にはドブネズミが大量発生し、ついに見過ごせなくなった領主のハノーバー家が魔術師を動員して排水溝を水魔術で押し流した」

「だったらとっくに解決してんじゃねぇか。領主も仕事してるし」

 アイオンが話の腰を折ろうとするが、イースレイは冷静にかぶりを振る。

「ところがネズミが姿を消したのはいっときのことで、すぐまた増えだしたらしい。なぜと訝しんでいたら市民から訴えがあり、聞いてみると『先日の放水はまるで鉄砲水のようで住宅や店舗にまで一部損壊が見られる。もうやらないでほしい』と言う」

「風の影響を受けて飛び火する炎や大量に行使するとコントロールが効かなくなりやすい水の操作は、確かにかなり高度な魔術だからなー。それこそ宮廷魔術師が出張るでもしなきゃ完璧な仕事とはいかねーかもな」

 想定外の住民被害があってもおかしくはないと魔術師の立場からレオナルドが補足する。

「ハノーバーは男爵家であまり力の強い領主でもない。それは商人や手工業者の組合にキュンメルの市政を独占されていることからも明らかだ。住民は放水によるネズミ駆除に否定的だし、お抱えの魔術師では他に良い手も浮かばず、かといって病気を蔓延させるネズミを放置してはおけない。弱り果てていたところにアイオンとヘンリエッタの活躍を聞き、うちに相談してきた、というわけだ」

 ふむふむ、ネズミは増えると本当に怖いからなぁ。下手をすれば国中に病気を広げる危険をはらんでいる以上、ことはその街だけの問題に留まらない。大きな国難にまで発展してしまう前になんとかしなきゃいけないけど、問題が起きたのが商業都市で住民も非協力的という点がハノーバー男爵の不幸だったよね。これはことによると呑気してられないかもだ。

 アイオンが当惑げに、

「活躍って、どんだけ尾ひれがついたのを聞きゃ俺たちにネズミの駆除を頼もうと思うんだ。放水以外のネズミ駆除法の発明は行政監督庁の仕事じゃねぇだろ。ネズミ対策が大事なのは分かったが、なにも思いつく気がしねーな」

「それはまぁ……正直俺のアイデアの泉も枯れている。レオナルド、君の技量なら水を操作しきれるか?」

 イースレイに話を振られたレオナルドはしかし思案投げ首の様子だ。

「できるだろうけど住民は放水自体に反対なんだろ? やるとなったら強行するしかないよ。そうなったらハノーバーはキュンメルの市参事会と対立することになるよな。それに過去の放水ではまたすぐにネズミが復活してきたっていうし、なんかの理由で放水がネズミ駆除にあんま効果的じゃない可能性だってあるじゃん」

「……一般的には放水は非常に効果的なはずなんだが、確かに奇妙だな……」

「てかこういう俗な問題はさぁ!」

 議論が暗礁に乗り上げたのを潮に、レオナルドが声を励まして両手でヘンリエッタを示す。

「同僚としての経験上、ヘンリエッタの意見聞いたほうが早いんだよなー! なっ、このネズミ問題どうすりゃいいと思う?」

 来た来た待ってました! アイオンとイースレイの怪訝そうな視線が突き刺さるが、ふふふ、と構わずヘンリエッタは含みのある笑いをもらす。宮廷魔術師時代もレオナルドは会議の席でヘンリエッタの意見を頻繁に求めた。さすがアルトベリ家のエリート魔術師、ホント人を見る目があるよねー。

 さっきまで黙って話を聞くことに専念していたので自分の見解はもう固まっている。ヘンリエッタはぴんと人差し指を立てて言った。

「それねぇ、多分ネズミでお金儲けしてるから減らないんだよ。何度駆除しようが住民がネズミを集めてちゃ意味ないでしょ? かなり危ないことになってるかもだから、早いとこ視察して証拠を押さえるしかないね~」

 にっこりと微笑んだヘンリエッタに、三人は「は?」と目を丸くした。

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