第五話 贅沢は素敵だ!欲しがれ!物の海に溺れさせてやる!
1937年四月 新年度の大日本帝国陸軍は目の回る様な忙しさに追われていた。
前年度の大規模軍制改革による志願制度への切り替わり、続々と送られてくる新兵器に新装備。
師団数の増加は最小に、兵力の厚みを増すと言う名のスローガンに、上は大将から下は二等兵までそれこそ上へ下への大騒動だ。
なにしろ規模が違う。
「歩兵師団は一律自動車化の上で戦車連隊を配備する!騎兵は全廃!装甲車と軽戦車師団へ転換だ。砲兵火力は機械化の上、倍増する。」
「輜重?今後輸送は民間委託!メイドさんに全て任せる!輜重兵なら車が運転できるだろ!新設する戦車師団へいけ!」
「これからは機械化だよ君、精神的優越?捨てろそんなもの!あっそうだ、陸軍航空隊は三倍に増やすから、明日までに書類と資料をそろえておくように!」
何がどうなっているのやら。書類の海で軍官僚たちは溺れそうだ。これでメイドさんが居なかった過労死は免れないだろう。「有り難うメイドさん」彼らは男泣きに泣いて感謝したほどだ。
上が書類の大洪水なら下は装備の雪崩に見舞われている。
小銃こそ使い慣れた三八式から変わらない物の、十一年式軽機関銃は九六式軽機関銃を大量配備で全廃、三年式機関銃は姿を消し、九二式重機関銃への一斉転換。
下士官は指揮刀から、機関短銃へ転換、各種砲兵器に迫撃砲、火炎放射器に数えていたらキリがない。
しかも配備数を倍増すると来たものだ。
そこに戦車やら装甲車やらがドンドンくる。予算の都合でやれなかった事を一気にするつもりなのだから、尉官、下士官、兵卒も目が回り出している。
そんな彼らを支えているのはやはり我らがメイドさん軍団。
「書類はご用意できております、ハンコはここに出ております」
「機材に車両の整備点検終わっておりますご確認を」
「必要物資はそろえてあります、活力飲料ですどうぞお飲みください」
「お布団整えております」
「慰安ですか?私はお嫌い?」
一部電脳が桃色になっている物もいるが彼女らの働きがなければいざ鎌倉の前に帝国陸軍は壊滅していただろう事はたしかだ。
チートでポン、工業力MAXで一気に装備転換の裏には将兵の並々ならぬ努力があるのだ。仇やおろそかにはできない。
陸軍に何が起きたというのだ?メイドさん軍団はなぜにここまで跳梁しているのだとろうか?
理由は226事件にある。彼女らはこの事件を煽りに煽ったのだ。武器弾薬の融通さえした。
決起部隊は朝日新聞社を壊滅させたのを皮切りに首相官邸、警視庁、内務大臣官邸、陸軍省、参謀本部、陸軍大臣官邸で暴れまわり。最後は天皇陛下自らが近衛師団をもって鎮圧する大惨事をもたらした。
大日本帝国を揺るがした狂乱の一夜が明けた後。帝国中枢はメイドさんが掌握する事になっていた。
ちなみに高橋是清大蔵大臣ほか狙われた重臣たちのほとんどは生存している。
リリス率いる新参企業が帝国内で好き放題に暴れているのは、高橋是清大蔵大臣や斎藤実内大臣の近くに侍る謎の美人秘書の暗躍が大きい。
大事件が終わった後、帝国陸軍には綱紀粛正と言う名の大ナタが振るわれる。逆賊を輩出した大馬鹿もの達になった陸軍に、猫なで声で蛇が近寄るマッチポンプも甚だしいがそれがリリスと言う女だ。
「可哀そうな軍人さん、どうですか?この際、後方部門を民間委託されては?いえいえお代は結構でございます、お客様の幸せが私たちの幸せでございますので。オーホッホッホ。」
既に上層部に浸透を受けていた陸軍はこれを受け入れるほかなかった。
こうして陸軍は後方組織を全て戦闘部隊に回す暴挙をもって近代化しようとしていた。
盧溝橋まで後三か月のことである。




