第二十七話 それぞれの朝
新進気鋭の政治団体の党首にして、国家規模強盗団の首領アドルフヒトラー氏の朝は早い。
同居人と共に爽やかな目覚めを迎えた彼は、甲斐甲斐しい同居人の手を借りて身支度を済ませると食卓に着く。
低血圧で寝起きの悪い彼の目覚めはコーヒーの一杯。
近頃始まった日本との貿易によりコーヒーの備蓄は有り余るほど、少なくとも向こう2年はドイツがコーヒー不足に悩むことは無いだろう。
朝食は愛すべき同居人が調理から配膳までこなしてくれる。
日本の親善艦隊来訪より彼女はえらい張り切りようだ。歓迎晩餐会の席上で出会った日本海軍の女性士官が良い影響を与えてくれたのだろう。
今の彼女は日陰に咲く花のような暮らしぶりから一変して、精力的に活動している。彼女曰く自分がドイツの新しい母、その見本になるのだと言う。
彼女が会長を務める「ドイツ職業婦人会」は良い結果をだしている。これから足りなくなるであろう男の穴埋めに期待できるほどだ。
和やかな朝食の中、朝刊に目を通す。ドイツと党への過剰な賛美に彩られている記事の中で、彼が気にしているのは貿易だ。
チェコ、オーストリア、ポーランドと連続押し込み強盗に成功したが、その経済状況は依然厳い、
ドイツは止まると死ぬ、略奪経済それがドイツ経済を表す言葉として適当だろう。
そんなマグロの親戚にも明るいニュースがある。
日独貿易だ。ヒトラー氏が気にしているのはその事なのだ。中国を支配する大日本帝国は格安で資源を提供してくれている。
鉄、石油、ゴム、レアメタルまで。日独伊三国同盟締結の祝い金として、日本が独伊両国に提供した100トンの金塊は、飛び上がるほどの贈り物だった。
ポーランド併合により、英仏と絶賛戦争中のドイツに取って日独貿易は死活問題。
この貿易の前には、日本が対英仏宣戦を拒否したことなど小さい事だ。あの国はソ連しか見えていない、ならばそれを利用させてもらう。
素早く新聞に目を通したヒトラー氏は食事に戻った、口には出さないが食事中に新聞を読んでいる自分を同居人は良く思っていない事を知っている。
(彼女は本当に強くなった)
主治医だったモレルを叩き出した時など横で見ていてビックリしてしまったほどだ。
いまや同居人は自分の衣食住を支配している。まあ、そのおかげで随分と調子が良くなったのは事実だから文句は言えないが。
「さて、そろそろ仕事に行くとするか、今日の朝食も美味しかったよお嬢さん」
食後の一杯を楽しんでいたヒトラー氏はチラリと時計に目をやり、憩の時間の終わりを告げる。さあ、良き家庭人からドイツの総統に変わる時間だ。
「行ってらっしゃいませ、狼さん、お早いお帰りをお待ちしております」
「なあ、エーファ、いい加減、その狼さんは止めてくれないかなぁ、さすがに恥ずかしいのだが」
「あなた様がお嬢さんとお呼びにならないのでしたら、そうさせて頂きます」
「分かった、分かった。私の負けだ、言ってくるよ。おまえ」
「はい、いってらっしゃいませ、あなた」
新婚二か月目のドイツ第三帝国総統婦人エーファ・アナ・パオラ・ブラオンは花咲くような笑みを浮かべた。
サー・ウィンストン・チャーチルの朝はやや遅くそして煙い。
朝の身支度と簡単な食事を済ませた彼、酒と葉巻をこよなく愛する男は食後の一服を楽しみながら、大英帝国を取り巻く状況について思考をめぐらしていた。
彼の頭を近頃占有しているのは、愛して良いのか憎んで良いのか判断に困る、極東の帝国についてである。
少し前まで愛と憎しみのバランスは1:9の辺りを低空飛行していたが、近頃は5:5程度まで持ち直している。
中国を絞め殺した上に帝冠を奪い取った大日本帝国と下僕たちは現在「大東亜連合」を名乗っている。
中華民国、朝鮮帝国、満州国、新モンゴル帝国、そして盟主の大日本帝国で構成される、生まれる時代を20年は間違えた連合だ。
援助と言う名の阿片に溺れる継ぎ接ぎだらけの国、独立したくないと泣きわめく小帝国、五族協和どころか人種のゴミ捨て場の様な国、戸棚の奥から引っ張り出した看板の埃でむせ返る帝国、ろくでもない輩ばかりだが盟主は異質だ。
大日本帝国は不況と政情不安にのたうち回る列強とは名ばかりの田舎帝国のだったはずだ。
だが1936年から向こう、かの国の発展は異常としか言いようがない。
(信じられない建艦能力、精強極まりない大陸を制した陸軍、中華全体を援助漬けにしてなお余る経済力。何なんだあれは?)
特に経済力だ。
常識外れの親善艦隊訪問より、世界経済での日本の重要性は上がり通しなのだ。
特に金だ。マンサ・ムサでもあるまいにあの親善艦隊は訪問各国に金を撒いて歩いた。
おかげで金相場は一時急落したほどだ。なおかつ買うわ買うわ、各国から技術やらマザーマシンやらをかき集めている。
試算ではこのままの日本の金輸出が続けば金本位制は今世紀末まで維持可能だと言うのだ。
こいつのせいで各国は迷っている、完全に死んだはずの恋人が成金野郎と大きなお腹で現れた様なものだ。金本位制復帰論者チャーチル卿は、脳を破壊され一時寝込んでしまうほどだった。
(あいつ何であんな田舎帝国と、、、)
新しい経済の中心が生まれつつあるのだ・
ロンドン、ニューヨークに変わるトーキョーと言う経済圏が。
日本が独伊と組んだ事は衝撃だったが、幸いかの国はあくまで対ソ連と明言している。
アメリカは良い顔をしないが何としてもあの国をドイツから引き離す必要が有る。
日本からあふれ出る格安の資源は世界を席巻しつつあるのだ。アメリカとて無下には出来ないはずだ。
思考の海に沈んでいたチャーチル卿の鼻に、ふと良い香りがする。
引退した執事の後任と言う事で、新しく雇い入れたメイドが紅茶を淹れてきた香りだ。
(ん?、、、バトラーの後任でメイド?何かおかしい様な?)
そう思った所で紅茶が出てきた。
(この娘本当によく気が付く)
それに、このメイドが来てから屋敷の使用人たちの働きぶりは目を見張る物がある。
(ボーナスは多めにしてやるか)
そう思いながら紅茶に手を付ける。
(うむ美味い)
「今日の予定は?」
「はい、11時より、チェンバレン首相と会議が入っております、その後は、、、、」
今日の予定を告げるメイドの声を聴きながらチャーチルは再び思考の海に入っていく。
(何はともあれ、まずドイツか、ヒトラーの野郎、早く死んでくれんものかな)
腹黒紳士の首魁に内定している海軍卿は、紳士らしくババリアの伍長を脳内で射殺した。




