第二十四話 ようこそ墨俣ホテルへ
早い早すぎる。イルクーツクで指揮を執るジューコフは焦燥に駆られていた。
満州に逼塞していたはずの日本軍は、ハルハ河陣地を蹂躙し、なんとチタに迫りつつあるというのだ。
(奴らの狙いはわかる。ここイルクーツクだ。奴らは赤軍本隊が到着する前にシベリア物流の中心である、この都市を落とすつもりなのだろう。包囲される可能性を犯してまで速攻を掛けてきた)
(まだ勝機はあるはずだ)
湧き上がる焦りを押し込めてジューコフは決断をくだした。
日本軍が速攻を掛けるならその後方を絶つ。
相手は戦車中心の機械化師団だ。湯水のごとくガソリンを消費する事は、ソ連軍機械化の第一人者を自負している自分が一番分かっている
。幸いウランバートルに集結していた部隊はまだ健在。日本軍は戦争の際限ない拡大を警戒したと見えて、越境攻撃には消極的だった。
(ならば、いたずらに大兵力で野戦を挑むよりも戦車を囮に奴らをイルクーツクに引き付ける。そして都市を金床にハンマーであるウランバートルの兵力で後方を遮断、叩き潰す)
補給が切れれば戦車も自動車も置物でしかない。
市民には申し訳ないが。何としても本隊が到着するまでシベリア鉄道を死守せねばならない。
作戦はきまった。
(さあこい日本軍!後ろから思い切り殴り付けてやる!安易に突出した事後悔しろ)
「そんなところだろうなぁ、奴さんが考えているのは。順当なとこだな。俺でもそうする。」
イルクーツク攻略作戦司令官、荻洲立兵中将は図上の敵部隊配置を睨ながら、凡その、敵将の考えを、集まった部隊指揮官たちに説明している。
ここはノモンハンよりおよそ500キロのチタ。シベリア要衝の一つである。ハルハ河を渡河した日本軍は驚異的なスピードでチタを陥落させた。この速攻作戦を可能としたのはやはりメイド軍団。
「ご主人様を粗末な施設にお泊めするなどできません!」
と大反対するメイドさんを、司令部一同で宥めたり、すかしたり拝み倒したりして。決行された作戦。
作戦名は「墨俣」
日本軍は遅まきながら気づいたのだ。
「常識に囚われてはいけない!常識を投げ捨てろ!」
そうだ、考えてはいけない。
「この補給物資、何処から来たの?」
「何で一週間で歓楽街付の要塞ができるの?」
「メイドさん5トンぐらいのコンテナ持ち上げなかった?」
とか考えていたら頭がおかしくなる。
これまで何とか自分をごまかし納得させてきたが凄く疲れた。
あるがままを受け入れよう。メイドさんカワイイヤッター、メイドさんスゴーイで思考を停止しよう。
「それがいい、うん、そうだ!メイドさんもそう言ってた!今日の新聞にも書いてた!」
可哀そうだが仕方がない、飲料水や毎日の食事に特殊なお薬を混ぜたり、添い寝しながらブレインをハックしてくるメイドさんがいるのだから。
話を元に戻すそう。
作戦概要は皆で行けば怖くない。
どうせ敵は後方を遮断しようとしてくるのだ。ならば遮断する後方を無くせばいい。
持てるだけの物資を持って全力前進、先行したメイド部隊が作った野戦基地になだれ込み補給を完了。補給が終われば基地を捨てて再度全力前進。後は繰り返しだ。
損耗した人員は輸送機で運べば良い、武器も物資もその場で生産した物を使うからOK、、、、
武器を生産?その場で?あれれ何かおかしいような?
「「良いんだこれで良いんだ!何もおかしなことは無い我々軍人皆兄弟、メイドさんは家族、メイドさんは可愛くて何でもできる。メイドさんバンザーイ」」
「以上だ。何か質問は?ないなら各自、部下に休息を取らせろ。我々は一週間でウラウンデに到達しなけりゃならん。先は長いぞ。良し、解散」
指揮官たちが去った後、何やらどっと疲れた荻洲中将は、備え付けの椅子に座り込んだ。
そろそろ夕飯時かな。壁に掛けてある年代物の時計をチラリと見やる。
メイドが作ったこの野戦基地は快適その物。この司令部も簡素な物だが、冷房まで付いている。
これで文句を言ったら、乃木大将を筆頭に、明治の先達が靖国から突撃してくるだろう。
「しかし、慣れとは怖い。兵の中には温泉付きの基地が当たり前だと思っとる馬鹿垂れがいるそうだ。どう思うねメイドさん」
「私たちは、そうは思いません。むしろ今回の作戦で皆様に快適な環境をご用意できない事を恥ずかしく思っております」
ふと荻洲中将が話題を振ると、影の様に控えていたメイドが答えた。帝国陸軍に従兵の制度はもう存在しない。全てメイドの専属業務になっている。
「そんなもんかなぁ、確かに便利で良いが。こう快適だと兵が堕落してしまうよ。時に今日の夕飯は何かな?」
「はい、強行軍続きですので、精を付けて貰おうと思いまして、ウナギ料理をご用意しております。ウナギの焼き方は関西、関東どちらでも出来ますのでお好みでお申し付け下さい。名古屋料理のひつまぶしもございますよ」
「ほう、名古屋料理。まだまだ、世の中食ったことのない美味そうなものがあるな、じゃあ、そのひつまぶしとやらを貰おうか」
畏まりましたとメイドが注文を伝えに去っていく。
それを見送った荻洲中将は思わず自嘲した。
(堕落しているのは自分も同じか、戦場のど真ん中でウナギ料理を食おうとしている。まあ良い、気にしてもしょうがない事は確かだ。それにしてもひつまぶし、どんな料理だろうか?)




