第十四話 戦場のハッピーニューイヤー1
日常回です。
1938年一月一日 中国
「それでは皆さん、ご一緒に、明けまして!」
「「アロハオエ!」」
新年早々、意味不明な事だが、此処はお国を何百里。
中国の片田舎巣県と言う小さな町である。
素っ頓狂な声を上げているのは支那派遣総軍 第一師団 第二大隊 第2歩兵中隊の面々である。
それにしても此処は中国ではなかったか、燦燦と降る光、南国の空気、白い砂浜に波打つビーチ。
ハワイと間違えたかな?
騒いでる面々の姿も凄い。
頭に軍帽、首にはレイ、アロハシャツまで身に着けて。
あそこで腰蓑つけて踊っているのは、中隊長ではないか。
どいつもこいつも赤ら顔、酒臭い事この上ない。
トロピカルドリンク片手に水着のメイドさんに囲まれてまあ。こいつ等、何しに来たか忘れているんでないかしら。
日本軍は、後方業務の全てをメイドさん軍団に丸投げする形で日中戦争に突入した。
我儘な奉仕対象を支える為、メイドさんは後方拠点を彼方此方に設けている。正式には占領地全てに設けている。
日本軍が占領地を広げれば、飛んできたメイドさんがデカいお家を建てて回る。
全てが揃うスウィートホーム、駐屯、整備、補給、慰安の全てが揃う夢の基地。
他国の軍隊が之を見れば血涙を流して悔しがるだろう。
「チートだ!チート!」と。
そんな施設だから、馬鹿みたいにデカいと言えばそうでもない、地上の部分はであるが。地下に広いのだ。
真面な後方基地としての機能は元より、健全な娯楽から不健全なアレコレまで、これぞ正に娯楽の殿堂。
「辛い戦争の日々の中でも快楽に耽溺する心を忘れ無いでもらいたい」
そんなリリスの心憎い配慮である。
飲食店街にショッピングモール、温泉ランド、ナイトクラブに娼館街、スポーツクラブに温水プール、映画館にカジノ、寄席まである。
この世の快楽を詰め込んだ様なラインナップである。これを味わった人間はそう簡単に軍を止めようなどとは言えなくなる。
第2歩兵中隊が乱痴気騒ぎを演じているのは、中でも人気のハワイアンなランド。矢張り日本人、過去だろうと未来だろうとハワイには弱いのだろうか。
「ちきしょう、皆お楽しみ何だろうな、何でこんな日に分哨なんだよ、メイドは居ないし、糞寒いし、嫌んなるね、あーちきしょう」
ボヤいているのは不幸にも巣県城西門で歩哨に付く山口上等兵。
いくら快楽の殿堂に引きこもれる日本軍であっても治安維持までおろそかには出来ない。
中国の町は殆どが壁に囲まれた都城と言う奴であるから門衛に付かねば、何時、便衣兵が入り込むか分からない。
メイドさんはメンテナンスとやらで珍しく一緒ではない。
「まあ、そうボヤくな、明日には交代だ。貴様なんでも、メイドさんに水着をおねだりされたんだろ、その水着を着たメイドさんと。明日には俺もお前も、ビーチサイドで日光浴を決められるんだ」
ブーブーと文句ばかりの山口を宥めるのは相方の志方上等兵。
彼だってこんな寒々とした所で動哨なんぞしたくない。それでもやらない訳にはいかない。
欲に血走った眼をした地元民に、共産匪共は狩りの獲物にされていると言っても、何時仕掛けてくるか分からないのだ。
「そうだけどもさ、ホントなら今頃、水着を着たメイドと熱ーいあばんちゅーるって奴だったのによ。あの水着、ビキニとか言うの、良いもんだよ、目の正月だねあれは、俺にだけ着て見せてくれたんだよ、もー可愛くってな」
「ハイハイ、ご馳走様、惚気ばかり言ってないで真面目に仕事しろよ」
無駄話を続ける二人の所に一人の少年が駆け寄って来た。手には小さな鍋を持っている。
「おっ来たか、ほいご苦労、それと老酒もってきたか」
鍋を受け取る山口、鍋の中身はアヒルの水炊き、後で老酒と一緒に食うつもりなのだ。何しろ此処は寒い酒でも飲んでないとやってられない。
「はい、先生、お酒」
懐に隠し持っていた老酒の徳利を渡す少年。何かを待つようにウズウズしている。
「おお有難い、代金とお駄賃だ、また頼むぞ」
少年は代金として渡された軍票をもぎ取るように掴むと去っていく。
「現金なもんだと」
見送る山口上等兵。
「まあいい其れよりも今は酒と水炊きだ」。
この後、差し入れを持って戻って来たメイドさんに
「私の料理より、地元の物の方が良いのですか?」
と山口上等兵が泣かれるのは別の話である。




