第九話 蛇の巣その三
226事件の顛末は、政府の記者会見で発表された。
内外の新聞記者を集めて行われたこの会見は、陸海軍代表者は元より、岡田啓介首相ら内閣首脳に各政党の代表者、最後の元老である西園寺公望までもが出席した異例中の異例の記者会見であった。
会見は、代表である岡田啓介首相の、226事件への謝罪ではじまり。
陸海軍の大幅な軍制改革と、徴兵制度の取り止め、大幅減税の確約と次期内閣での普通選挙の実施と言うビックニュースまで飛び出す物となった。
特に注目を引いたのは軍が女性へ門戸を広げる発表をしたことだ。
あの父権主義国家が女性軍人を導入する!海外メディアは食いついた。
BBCの質問に答えた岡田首相の答弁はこうだ。
「これまでの日本社会の問題は男性原理で社会を動かして来たからに他ならない。
そこで我々は決断しました。
社会の女性進出を!政治にも女性を!特に男性社会の軍隊の半分は女性に!これからは女性が輝く時代なのです!女性よ今こそ太陽となれ!」
如何したのだ岡田啓介!平塚らいてうの生霊にでも取りつかれたのか!
そうではない、首相のお目目をよく見てごらん。お目目がグルグルしているではないか!
そもおかしいのだ。いがみ合う政友会に民政党の代表がレームダックしている内閣に素直に協力する訳がない。
そこに西園寺公望までもいる。殺し合いをしそうな程、中の悪い面々が雁首揃えて謝罪会見?絶対に無い。
あっ、全員お目目がグルグルしている!やりやがったな、あの女!
そうであるリリスは、高橋是清の手引きの元、議員たちを誘惑したのだ。
日本を救うためと快く協力を約束した高橋に対する、とんでもない裏切り行為だが裏切られた高橋は平然とした顔をしている。
彼は別アプローチからの誘惑と暗示を受けていた。
「これまで苦労し続けた貴方が少し悪戯しても良いじゃないですか?一向に言う事を聞かない癖に自分を親の仇と間違える軍部。
何度も自分を引っ張りだす無能な政治家、無茶ぶりばかりの元老、膨らむ対外債務、ストレス溜まっていらっしゃるのでしょう?
お可哀そうに。どうですちょっとした悪戯です、何も陛下に害が及ぶ訳ではありません。
女性の社会進出」引いては無限の生産能力と資源を持つ私たちが表にでる切っ掛けにもなる政策です。ささ、お手をお取りください是清様」
「そうかな?そうかも?そうだよね!日本を救う為ならば致し方ない。分かった。やるか!」
226事件の混乱の中でこの様なやり取りがあった。高橋是清、御年81歳、此処に来ての一大反抗期である。
女性選挙権と社会進出。体の言い訳である。
リリスはこれから全日本人女性をメイドさんの脳殻に閉じ込める積りなのだから。
これでリリスとメイドさんたちは大手を振って大日本帝国を歩き回れる事になったのだ。つまり社会全体にメイドさんが居て当然の空気が作られる。
何処にメイドさんが居ても「近頃は女が何処にでもいる、女が強い時代になったなあ」位にしか思われない。蛇はドッカリと大日本帝国に蜷局を巻くことに成功した。
 




