再起動
目覚めてから四日、計一週間学園を休みカロッティーニ本邸の自室で休養した。
学園では基本寮生活、王妃教育もあり休日も実家の屋敷より王宮で過ごす時間が多かったため、こんなのんびりと実家で過ごしたのは学園に入る前ぶりだったようだ。
ヴィクトリアとの記憶も随分と混ざり合い、今は自然にヴィクトリアとして生活ができる。
公爵令嬢としての素地の上、10歳から施された上に立つものとしての英才教育、多数の言語、歴史、経済、と知識だけでなくそれを自由に活用できる能力。はたから見ても天才というべき少女だった。
私が付け加えられる能力なんて小指の先ほどしかないが長年政治の中枢で働いていた官僚としての知識や立ち回りも余すことなく提供しよう。目指せ内政チートだ。
そして何度見てもため息が出てしまうほど、おとぎ話から抜け出したのかと思うほどの見事な容貌。
背中の中ほどまで流れるように波打つ豪奢な蜂蜜色の金髪、けぶる様な淡い色彩の長いまつ毛に縁どられた大きな琥珀色の神秘的な瞳、つんと高く通ったきれいな鼻筋、紅を引かなくても艶やかな赤で彩られた小さな唇にミルクのような白い肌。
表情を動かさなければ整いすぎて人形めいた顔立ちだが、笑みを浮かべれば誰もが魅了される愛らしい妖精。
現状自分のことになってしまうので手前みそなのだが、こんな完璧なヴィクトリアちゃんの何が不満だったのだ、第二王子よ。優秀過ぎるからか?ああん。
記憶を辿ると成績順でのクラス割りで常にAクラスにいる私とクラスメイトになっていたこともない。生徒会も本来高位貴族と優秀な平民の構成で作られるため、常にCクラス以下な王子は同学年で一番高位の存在なのに在籍したことがない。私の兄は二人とも生徒会長だったし、私も本来は会長になる予定だったが王妃教育もあり社交の予行練習に位置づけられる淑女会の会長も兼任していたので負担の少ない書記をしている。
生まれつき優秀だっただけなのにそれをひけらかす高慢だとかヴィクトリアにグチグチ言っていた馬鹿王子。そんなわけあるか。
高位貴族だからこそ受けられる純度の高い最高の環境で教育を受ける意味はなんだ。
国民の糧になるためだろう。
上に立つ者はその立場に応じて果たさねばならない社会的な責任と義務があるのだ。贅沢をするのが仕事だと勘違いしてるのか。
「お嬢様、まだ体調がすぐれませんか…?」
鏡を眺めながらうっかり脳内で罵倒を繰り広げていたら、侍女のアリーが髪を整えながら心配げに声をかけてくれた。
おっと眉間にしわが……口角を引き上げて優美な弓の形に唇を笑みの形へ戻し…
「大丈夫よ、問題ないわ」
…と、鏡越しに笑みで答えた。
体調も回復し食欲もある、こんな状態で何日も休み続けるのは申し訳ない。ようやく医師から許可も下りたので今日から学園に復帰するのだ。
学園の制服を身にまとい身支度を完了させ馬車が待っている正門前へ向かうと玄関の手前に兄のギルベルトが居て会釈をすればそのまま隣に並び歩き出した。
「お兄様もお仕事ですか?」
「ああ、王宮にね。……もう母から聞いていると思うが暫くは学園寮ではなく、学園のそばにある我が家の別邸から通いなさい」
「皆様、私のこと甘やかしすぎですわ。もう子供ではないのですよ」
「そんな悲しいことを言わないでおくれ、トリア。お前はいつまでだって私たちの大事な宝だよ」
正門の前で待っていた馬車に乗り込むために兄が差し出してくれた手を取りステップに足をかける。とった手の指先に軽くキスを落としながら甘やかす言葉とともに送り出された。
学生寮より別邸のほうが警備が厳重であり、学園寮へ向かう道よりも学園正門までの道のほうが開けていて常に門番や警備の人間の人目もある。そうしなければならぬ事情が出来たのだろうと察しつつも、それを匂わせない軽い対応をしてくれる兄の気遣いに甘えつつ、常に周りに気を配り続けないといけない寮よりも警護の騎士達も身の回りの世話をしてくれる侍女や侍従たちも幼い頃から知っている者たちばかりなので気楽に過ごせる別邸のほうがありがたい。
暫くは家族の気遣いに甘えようと感じながら馬車に揺られ、久しぶりの学園へ向かって行った。
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