お茶会ポルカ・2
プチざまぁ回まであと少し…ッ
「大丈夫ですか?ルーミ様」
カップを落としてお茶を零してしまった子爵令嬢のルーミ様の元へ急ぐ。
ドレスに広がる染みを呆然とした表情で見つめるルーミ様のお顔は陽の下でもわかるほど蒼白だ。
「い、いえ、お騒がせしてすいません…私、そそっかしくて。ヴィクトリア様のお茶会なのにこんな失態を……ああ、おやめ下さい」
誰がどう見ても10割がた被害者なルーミ様が申し訳なさそうに頭を下げる
駆け寄った私がルーミ様の前で怪我をされていないか確認しようと身をかがめると制するように声がかかるが、それを無視して濡れたドレスに触れていく。
もう触れられる程度の温度だったので火傷の心配はなさそうだけど……。
「ほんとそうよ、そそっかしくてみっともないったらないわ、でもいい色に染めなおしたようなものよね。感謝して欲しいわ」
「お黙りになって」
このままでは王子に目を付けられかねないので矛先を私のほうに向かせるよう、子爵令嬢に茶を浴びせたのに一切悪びれることなくまくしたてる男爵令嬢へキツイ視線を向ければ、視線に気圧されたように男爵令嬢はみるみる小声になって口籠った。
「……こ、れは……お父様が……用意してくださった………」
男爵令嬢に投げつけられた言葉に耐えきれなかったのか、ルーミ様の大きな瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちていく。
人前で取り乱すことを是としない社交の世界、私たちも子供のころから躾けられている。
悔しさや恥ずかしさが混ざり合った心境に違いない。
………私もそれをよく知っているもの。
「ええ、せっかくおめかしされて来て下さったのに、申し訳ないですわ。大丈夫ですからこちらへいらして」
ルーミ様を安心させるよう笑みを向ける。
「お嬢様、こちらを」
アリーが私のそばに駆け寄る際に日が陰り気温が下がった時のために用意しておいたショールを手に持っていた。
痒い所に手が届くって言葉の通り……ぐう有能です、アリーさん。
ショールを受け取ると染みの広がった場所を隠すようにそれをドレスに巻き付けてやり
「皆様、少しの間席を外させていただきますね。お茶やお菓子を楽しみながらお待ちになって下さいませ」
空気を戻すかのようにまだ提供してないフレーバーの茶葉の小瓶を数種類載せたトレーを持った侍女たちが各テーブルへ向かう。
香りを実際に確認してそれぞれ好みのお茶を選べる趣向は効を奏し、席の近い令嬢同士で何を選ぶかと盛り上がりだす。
それに乗じるようにそっと、ルーミ様を連れて中庭から近いホールへ移動した。
念のため火傷やけがをされていないか確認させてもらった後で濡れてしまったドレスを着替えましょうと声をかける。
「紅茶の染みは当家のほうで責任をもって綺麗にしてからお返しいたしますわ。貴方のお父様のお選びになった大事なドレスですもの?」
ホールに入り奥まった場所のソファを囲むようについ立てを並べ簡易的なドレスルームを設えて汚れたドレスを脱いでもらい、着替えにと私のドレスをいくつか用意させ令嬢の前に並べてみせた。
着替えまで……と恐縮されるルーミ様を鏡の前に立たせて用意したドレスを宛がっていくと、一つのドレスを前にルーミ様の表情が変わるのを見た。
ギャザーをたっぷり寄せた艶のある滑らかな手触り生地をたっぷり使ったオフホワイトのプリンセスラインのドレス。
寝かせた大きな襟と縁飾りは職人の技巧が素晴らしいレースであしらえてあり、前開きのデザインでサイドはミモザ色のカラーに切り替えられ、腰やサイドの切り替えの境界部分にアクセントのリボンが散りばめられていた。
女の子の夢を集めたようなドレスに魅入られたように鏡を見つめるルーミ様に着てみませんこと?と囁き、戸惑うルーミ様をドレスを整えることに関しては百戦錬磨の侍女たちに預けてしまった。
「折角だから髪もメイクもお直ししましょうか」
鏡の前で変身していくルーミ様を見ているうちに楽しくなってしまった私はドレスに似合う髪飾りを選び始める。
涙で崩れてしまったメイクを直し、アリーが私と似た髪に結いあげて髪飾りを飾る。
仕度を終えたルーミ様が鏡でそれを確認すると満開の花のような笑みを見せてくださった。
ルーミ様が落ち着かれるよう付き添っている間、中庭のお茶会のほうでは―――――。
王子と男爵令嬢はほかの令嬢達からすっかり遠巻きにされていた。
同じ目にあいたくはないものね、気持ちはわかります……。
私がいない間、ジョアンナ様、アンジュ様をはじめとした高位貴族の令嬢の皆様が様々な話題を振ってお茶会を賑やかなものにしてくれていた。
高位貴族の令嬢たちは同じクラスなのもありこの茶会が開かれた事情を知っている。
なので頑張って男爵令嬢の交流を広げるために話題を振ってはいたが、どんなボールを投げても無視ならまだまし、うっかりするとライナーで打ち返される始末。
あとは下位貴族の令嬢を狙っては王子に買ってもらったというドレスを自慢していた。
私やジョアンナ様を圧倒した品位にかけるデザインのそれを自慢げに鼻を膨らませる王子が背後に控えている状態でケチをつけられるわけもなく無難な誉め言葉を頑張って返していたとか……。
◇◇◇
お茶会を終えた後ジョアンナ様がげっそりした顔でその時のことを教えてくださった。
「……あれ、きっと……お茶会らしい楽しい会話、をされてるつもりでしたのよ……」
理解するのは私には難しいです……と遠い目をされて呟いたジョアンナ様。
まだ私がさやかとして生きていたころ、仕事上で様々なえらい立場の人を知り男爵令嬢と似たメンタルのオジサン結構見てきて耐性はあるのだけど……確かに理解はしがたい。
というか、してはいけないと思う。人として。
◇◇◇
そんな空気の中を知らずに戻ってきた私とルーミ様。
ルーミ様の衣装は母の経営する店お抱えのクチュリエールの手による一点もの。
ファッションに詳しい令嬢たちはそれを見てすぐ気づいたようで席を離れて戻ってきたルーミ様を取り囲み、口々に褒めてくれる。
「とてもお似合いですわ。柔らかな色合いが光を纏うようです」
「まあ、その髪の結い方、ヴィクトリア様とお揃いなのね、まるで姉妹のようで羨ましいですわ」
「ヴィクトリア様が整えてくださいましたの…」
注目されて恥ずかしそうに頬を染めはにかむルーミ様を見て皆さんも顔が綻んでいます。
私が戻るまで男爵令嬢が散々自慢していた貴族街の高級店で買ったらしい既製服も王妃ですら手に入れることが叶わない一流のクチュリエールが手掛けるドレスには敵うわけもない。格が違いすぎるのだ。
いつか社交界の女王と呼ばれる母の目に留まる淑女となり、顧客として認められ、憧れのクチュリエールの手掛けるドレスを手に入れ夜会に出て素敵な恋に落ちたいと夢見る令嬢達の本気の賞賛に、自慢しまくって返された今までの誉め言葉が心の無いものだったと流石の男爵令嬢達も気づいたようで………
「なによなによなによ!!!」
と、大きな声を上げながら丸い体を私たちを囲む令嬢たちの輪に無理やりねじ込んできた。
読んでくださってありがとうございます。
累計アクセス25万超えました。たくさんの方が訪問してくださっているようでうれしいです。
まだまだ物語は続きますのでブクマ、評価(下にある☆)を入れてくださると執筆の励みになります
気になるキャラクターとか居たら一言で構いませんのでお気軽にコメントくださいませ