静かな夜
日をまたいでしまいました
2本目です。
午前中の忙しさに加えて昼休みのカフェテラスでの騒動で精神的にすっかり疲弊したけれど午後の授業もどうにか乗り切れました。
ダンスのレッスンとかなくて本当に良かった…。
昼の騒動は会長、副会長の二人には説明をしておいた。
生徒会のほうも急ぎの書類だけ目を通させてもらいお茶会の件を報告するため帰宅することになり。
「戻ってきた早々申し訳ありません」
皆さんより早くに執務を切り上げ生徒会室を後にするため会長たちに頭を下げると、昼の顛末を知った会長、副会長も君が悪い訳じゃないと慰めてくれた。
「どちらかというと早く公爵夫妻に伝えるべきだとも思う。昼の災難はほんと同情するよ」
「でもいつものご飯より美味しいものを頂けましたし、差し引きゼロですわ」
心配させないように、食事よりはるかに些末な出来事だと笑顔を作ってこたえた。
「ゼロには程遠いだろう?…まだ、王子たちがどう動くかわからないから俺たちもしばらくは君の周りに目を配るようにするよ」
だから明日から昼は俺たちも混ぜてくれと明るい声で返された。
ジョアンナ様も
「議事録は私が取っておきますから公爵様と公爵夫人によろしくお伝えください」
と笑って送り出してくれた。
会長たちと執務の補佐をしてくれている執行部の方々に見送られ、正門へ向かう。
門をくぐれば道のわきに公爵家の紋章が刻まれた馬車が待っていた。
私の姿に気づいて御者台から御者が降り立ち頭を下げ、扉を開けてくれる。
「行き先を変更するわ。別邸のほうでなく本邸のほうに戻ってちょうだい。お父様たちに用が出来たの」
ステップに足をかけながら御者にそう伝える。
「かしこまりました」と返した御者が音を立てずに扉をそっと閉めた。
馬車が動き始めると背もたれに体を預け目を閉じる。
会長たちはああ言ってはいたが昼の疲れが体をめぐっていく。
疲れと一緒に巡るのは失望。これは私ではなくヴィクトリアの感情なのだろう。
それらがドロドロに混ざり合いその中に落ちていくように眠りへと落ちていった……。
◇◇◇
馬車が止まる振動で意識が浮上した。どうやら公爵邸の馬車止めについたみたいだ。
まだふわふわとした寝起きの回らない頭のままぼんやりしていれば扉が開き兄のギルベルトが顔を覗かせた。
お部屋で仕事をされていたのだろうか朝にお見かけしたかっちりとしたスーツ姿ではなく首元を緩めたシャツとベストのラフな姿。
「家令がお前を乗せていた馬車がこちらに戻ってきたと知らせてきたから迎えに来たんだ。なにがあった?また体調を崩したのか?」
顔色がよくないと告げながら私を横抱きに持ち上げようとする兄をなだめるように声をかける。
「久しぶりに学園で過ごしたから少し疲れただけですわ。学園から直接こちらに来てしまいましたの、別邸へ使いを出してください」
帰宅が遅くなるとすでに別邸に移動しているだろう専属侍女のアリーが心配しますから、と言えば兄はすぐそばに控えていた家令に別邸に使いの人間を送るよう指示を入れてくれた。
「学園から直接?……またあれが騒動でも起こしたか」
「……ええ、まあ。それだけなら報告に戻るほどのことではなかったのですが。お父様達にお話ししないとならないことが出来てしまいまして。それについては着替えてからお話ししますわ」
話しながら玄関をくぐりホールへ抜ける。
「わかった、父も母も特に帰宅が遅くなるという話は聞いてはいない。私もそれまでに仕事を片付けておくから一緒に聞かせてくれ。戻り次第呼ぶからそれまで部屋で休んでいるといい」
「わかりましたわ。ではお兄様もお仕事頑張ってくださいませ」
ホールで兄と別れ、自室へ向かう。
待機していた侍女たちが私の顔色を見てまずは湯に浸かり疲れを流しましょうとテキパキと湯あみの用意をはじめてくれた。
ハーブの香りのする湯につかり、お気に入りのバスソルトで体の隅々まで丁寧にマッサージされ、髪に薔薇の香りのする香油を塗りこまれる、体をほぐされ血が廻る感覚とともに体温が上がる。
「これなら公爵様方も心配されませんね。さあ、あとは楽な服にお着換えになってください。お茶の用意もさせましょう」
湯あみを終えた私を見て侍女長がそう告げる。
そういえば私、兄に抱きかかえられて運ばれそうになるくらいひどい顔色をしてたのよね……
ウエストを絞らない楽なワンピースに着替えしっとりと濡れた髪を乾かしてもらいながらお茶を飲む。
父たちに伝えるべきことを確認していると二人が帰宅したと侍従が知らせに来たのでそのまま先導してもらい応接間へ向かった。
「お嬢様をお連れしました」
先導していた侍従が応接室の扉をたたく、中から入室の許可の声が届くと侍従が扉を開き、私を通してくれた。
「お父様、お母様、トリアです」
そう告げてから両親の座るソファーの向かいに腰を下ろすと父が
「やはりまだ学園に通いだすのは早かったか?」
と兄と似た反応を見せてくださるので思わず笑ってしまった。
「……いいえ、大丈夫ですわ。この通り顔色も良いでしょう?」
心配なさらないでと前置きしてから王子が起こした騒動のあらましを両親と兄に伝え……
「と、いうわけで不本意なのですが小規模なお茶会を開くことになりましたの。別邸を使うこと許可いただけますか?」
「別邸はトリアの療養のために使っているからな。あまり外部の者を招きたくない」
「そうですね、何か細工をされるとここよりはどうしても対応が遅れてしまうでしょう」
かなり控えめにお話ししたのに、兄も父も怖いお顔になってますわ。
「季節が変わり庭園の花も切り替え終えたばかりだからちょうどいいわね。本邸の中庭をお使いなさい。傍にあなたのお気に入りの温室もあることだし、ゲストの方の目を楽しませるには十分でしょう。招待客や茶会のテーマがまとまったら相談に乗りますよ」
「中庭なら本邸内からでも見守れるしそれがいいですね、母上。トーマもあと数日で帰ると早馬で知らせが来ていたからあれの休みも併せて取らせておこうか」
王妃よりも貴族令嬢、夫人の模範となるにふさわしい社交界の女王とよばれる母が手を貸してくださるなら一安心。
まずは第一関門クリアかな?
「……で、男爵令嬢のマナーの採点をどのような方法でとるかは学園長のロジクール大叔父様がお父様達に相談したいとのことです。先ぶれも届くと思いますがまずは私のほうから事情なり話しておいたほうが良いと思いましてこちらに参りました」
「了解した。ロジクール叔父上にはご足労願うが日取りが決まり次第知らせてほしいと伝えてくれ。私のほうもそれに合わせる」
「わたくしも叔父上様の都合に合わせますわ」
2人とも快く承諾してくださったので、心からの感謝を伝える。
家族なのよと微笑む顔に見つめられると少しだけ胸が痛んだ。
その後、遅いから別邸に戻らず泊っていきなさいと引き止められたので、明日の支度をしておこうと部屋に戻ると
「こんなことだと思いました」
と伝言を届けに行った使いと共に公爵邸に戻ってきたアリーが部屋に控えてくれていて、アリーの入れたお茶を飲んだ後すっかり使い馴染んだ大きなベッドで眠りへと落ちていくのでした。
穏やか過ぎるほどの静かな夜。
それはきっと、嵐の前触れ。
読んでくださってありがとうございます。
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