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閑話②:イケオジエルフさん

「……それで、『またきます。その時までに考え直しておけ』ってユズに吐き捨てるように言って、去っていったよ。なんなのかよく分からないね」


 ヤレヤレ、と言った様子でシエル様がことの顛末を話し終えた長老会。それを聞いた円卓の至るところから重苦しいため息が空間を支配した。

 末席にいる俺もそれとなく混ざりつつ……。


「マカロ。君はどう思う?」


 まさかのご指名だ。下手なことするんじゃなかったな。

 問われ、ごまかすようにじょりじょりと無精髭をなぞってから、しかし明確な問題点を提議する。


「なぜいまさらなのかが分かりませんね」

「確かに。でもそこは憶測でしか語れないかな」


 ……もっともだ。なんか、盛大に滑ってしまったような気がして恐れ多いように一歩引いた。

 だいたい俺よりも何百年以上歳の取っている奴等ばっかりの場所で、まだ九十年そこらの俺を指さないでほしい。

 言い訳だけど。若造なんだよこっち!


 ハーフだから誰よりも老けてんだけどな!


 とはいえ人間よりも寿命は長いので、まだ見えて姿形は人でいう中年男性くらいなんだが。

 一定の年齢で肉体的な成長が半永久的に留まるエルフのなかで、俺は浮くほどに年寄りだ。

 こんなにも若いはずなんだけどな。


「やはりあの娘を招くべきでなかったのではないか?」


 その誰かの問いに重ねるように「あれのせいでこの村が危機に晒される」別の声が上がる。

 堅物だな、前提を突いてもどうにもならないだろうと、先程滑った俺ですら分かるぞ。

 話が進まないから止してくれ。

 なんて声に出したらシメられるので言わない。俺かしこい。偉い。


「マカロがなにか言いたそうだ」

「……あの、シエル様。さすがにやめて」


 多少無礼ながらの口調で本当にやめてほしいと訴える。ニヤついておもちゃにするのは結構だが、あの爺さん連中に難癖付けられるのは本当に勘弁願いたい。

 ハーフというだけでどれだけ面倒な扱いを受け続けたんだか。もう懲り懲りだよこっちは。


「でも、そうだね。君たちの意見ももっともだ。でもいまの議題はそこじゃない」


 ピシャリと。さすがシエル様だと毎度の事ながらその線引きに感嘆とする。ある種のカリスマなんだろうな。

 トゥーレもわずかながらに持っている空気感だ。

 さすが親族なだけはある。


「シエル様、ここでお一つ」

「どうぞ」

「仮にどうやって抗うおつもりですか、あの者に」


 と、そこで雑貨屋店主のリオンが片手で発言権を求めながら、これからに建設的な議題を立ち上げる。

 さすがリオン。サムズアップを向けて褒めてあげようと思えば、ぷいと無視された。

 あいつ……。なんで俺にはいつも無愛想なんだ……。


 しかし分かる話だ。

 聞いた限り、断れば実力行使に出るのも予想出来ること。

 仮にそうなった場合、その話に聞く人智を越えた外界の者へどう立ち向かうことが出来るのか。勝算がなければただの愚行だ。心苦しくても娘を差し出した方が良いことになる。

 このエルフの長老ばかりが並ぶ会合で、この問いの答えは明確な指標になるだろう。

 問われたシエル様はずっと腕を組み、深く考えておられるようだった。

 ――もっとも、あの人のことだから、相談なんてつもりはなく、説得。どうやって爺さん連中の思想を有利な方向に持っていくか、程度の断固としたものだろうが。

 シエル様は、一度瞑目し、そして続ける。


「簡単だよ。どれだけ理を逸脱したような存在でも、一度世界に踏み込めばその世界の住民だ。後はこちらの持つ全力で迎え撃てばいい」

「というと?」

「それは、弓で。剣で。魔法で。知恵で。年月で。エルフには地の理がある。叡智がある、速度がある。力があって、時間なんて有り余るほどだ。――対処なんてどうとでもね」


 ……――思わず息を呑む。

 その言葉のどこにも嘘などない。等身大の、ありのままの我々の評価。

 謙遜しようのない事実。

 シエル様はいままでどれほどの人生を歩んできたのだろう。先日目の前にしたはずの人間は、間違いなく神と呼ばれてもおかしくない人外であるはずなのに、これほどまでに怯える様子もなければ、むしろ好戦的な態度すら取って。

 それが勇ましく、力強く、たくましい。――彼女の本質とも言えるもの。


「ということで、警戒はするように。じゃ、解散」


 その言葉を最後に、長老会は無理やり締め括られた。



     ☆



 ――俺、あの娘に恋をしたかもしれん。

 数日後。

 服飾屋を営む俺はいつも通りぼけっとカウンターで頬杖をつきながら想いを馳せる。

 聞けば聞くほどに純情なんだよなぁ……。


 ユズちゃん。


 初めてあったのは店に服を買いに着たときだったか。

 エルフの男共は気づいてないみたいだが、彼女のスペックは相当高いぞ。

 肉付きが平均的な人間っぽくていいんだよなー……これはハーフの価値観か? 

 ハツラツな笑顔。ぱぁっと咲いたひまわりのような朗らかさ。ぽわぽわとした空気。明るくなるようなオーラ。

 黒茶色のストレートボブ。耳かけなんて最高だろ、俺は大大大好きだ。

 スラッとしているエルフ体型も嫌いじゃないが、こういう小動物的な子の方が愛らしいと思えるんだよな。

 エルフは遺伝的なものでか知らないが、基本的に貧乳なんだ。彼女は大きいぞ。服飾業の傍ら、製作もする俺としては、久々に腕を鳴らしたくなるものがある。


 正直いまの服装もナンセンスでなあ。

 エルフ用に作られた服では丈が合わなくて不恰好になっちまっている。

 それでもかわいいんだけどな。

 服を作ってあげたくなってきちゃうよな。


「……なに気持ち悪い顔してんの?」

「あん?」


 と、カウンターの上に毛糸玉三つを置いて、頬杖をついてジト目をしたアンセムがいることにやっと気付く。

 俺は軽く咳払いして持ち直しながら。


「人様に気持ち悪いって言うんじゃねえ」

「事実じゃゴッ」


 俺の手刀を舐めるなよ?

 カウンターの向こう側で踞って悶絶するアンセムを「ハッ」と一笑に伏せつつ。


「~~~!」

「んで、なんの用だよ。こっちは忙しいんだが」

「買い物だよ! それ以外に無いでしょ!」

「うるせえな」


 かったるい。子供はコレだからまったく。

 買いに来たものが毛糸な辺り、お使いでも頼まれたのだろう。

 だからといってどうとするわけでもないが、お子さんであるアンセムに同情しといて小馬鹿にしつつ、手短に済ませてやる。


「毎度あり」

「……ていうかさー、ここって女性服多すぎない? 男のなんて二割もないじゃん」

「はぁ? お前分かってないな、男もんに凝ったって面白くないだろ」


 いいか、こんな僻地の村で客人なんか殆ど来ない。何十年生きても周りは俺以上に長生きだから人だって変わらない。

 つまりな、面白くないんだ。イケメンなのも美女なのも認めるけどな。飽きてくる。

 そんななかでデザイナーたる俺に残された暇潰しは、服を卸していくこと。

 でも悲しいかな、何かを作るにはモチベーションというものが必要で、ご覧の通り。

 俺は俺が作りたいものを作っているだけだ。その結果によるこの比率は、なるべくしてなったようなもの。

 それのなにが悪いというのか!

 ということを力説すると。


「そこはかとなくキモい」


 俺の作品を見渡しながら奴はそう言った。

 なんで! いいだろ! 美女らしさを再現なく押し出せるだろ! エルフはえちえちであるべきだ!

 だって美女なんだから!


「その顔もキモい」

「お前……覚えてろよ……」


 誰か俺と握手してくれる奴はいないのか。同士は。

 この村は偏屈なエルフばっかりだからなぁ、農夫のロンドは比較的話が合うが、やはりそこはエルフ。というよりもあいつ自身に美的感覚がないな。

 いずれにしても、持つものばかりの社会だとその素晴らしさを失いかけてしまうんだ。

 誠にもったいない。だから俺はそれを取り戻させるために、わざわざこの村に帰郷したと言っても過言じゃないんだが。

 純粋に、外の世界でデザイナーとして活躍し続けて、やはりエルフという美は尊いものだと学んだってのもあるけどな。

美男美女に服を着せたかったんだよ、やっぱり。


「そいやアンセム。お前最近あの娘と仲良くしているそうだな」

「ユズさん?――あ、仲良くはしてないよ!」

「そういう分かりやすいのはいい。あの娘はいいよなぁ……エルフとはまるでタイプの違う美人さんで……」


 そうそう、ユズちゃん。

 あの娘はいい。彼女を見ているとこう、創作意欲が掻き立てられる。

 しかもトゥーレの伴侶になったらしいしな。つい先日問題が起こったばかりだが、まぁこちらに永住するのは確かだろうし。

 連中は知らないが俺は大歓迎だ。彼女に色々な服を着せたくなってくる。


「ユズちゃんはあれだよな。やっぱワンピース系のおしとやかなものが似合うよな」

「知らないよ」

「下半身の線が細いから、動きやすそうなブラウス短パンとかも良いだろうが」

「どうでもいいよ」


 ほらな。こうやって連れねえんだよ男たちは。

 せっかく美しい種族に生まれたんだから美というものを意識すりゃあいいのに、ホントにガキで勿体ない。

 まだリオンのほうが話に乗ってくれそうだ。あいつかわいいものが好きだし。

 毎回、ぬいぐるみを献上しないと追い出されるけど。


「ったく、ほら帰れ帰れ。もう用はねえよ」

「言われなくても帰るけど」


 しっしっと追い出すとイヤイヤそうに不機嫌顔で店を後にしていくアンセム。俺から見れば本当に可愛くないやつだとは思うが、リオンは好きなんだよなぁ。

 そういうやつを一般的にショタコンと言うらしいんだが。

 さて、じゃあせっかくだし雑貨屋まで行くとするかね。この前のこともちょっと聞きたいし。

 暇だし。



     ☆



 ウサギのぬいぐるみを片手にカランコロンと鈴を鳴らしながら雑貨屋へ入ると、店主であるリオンと、その手前には椅子に座ってるんるん笑顔のユズちゃんがいた。

 思わずぎょっとして立ち止まり、疑問を浮かべる。

 なにをやっているんだ?

 俺を一瞥してるくせ、いらっしゃいませの一言も言わないリオンはともかく、「こんにちは!」と丸いすに座りながらじっと過ごしているユズちゃんが分からない。

 というか、ともかくっておかしいだろ。

 営業時間中ではあるんだから歓迎しろよ、俺を。客を!


「何しているんだ?」

「何しにきたのよ」


 質問に質問を返さないでほしい。相変わらず俺に対しての当たりだけは冷たい奴だと思いながら、カウンターにぬいぐるみを立て掛けて見守る。

 どうやら梳で髪の毛をとかしていたようだ。だから上機嫌だったのか。


「わあ、ぬいぐるみですか? 素敵ですね!」

「こいつ用」

「えっ、リオンさん? わあああ……かわいい……」


 そう。こいつ趣味だけはかわいいんだよ。一回家に上がらせて貰ったことがあるんだが、特に寝室がやばいんだよな。どんだけファンシーなんだっていう。

 まあ全部俺が作ってやったぬいぐるみではあるんだが……。

 適当にリオンを指差して話していたら、ユズちゃんからは見えない角度で冷たく睨まれてしまった。

 咳払いをして目を逸らす。


「いつの間に仲良くなったんだ?」

「ついこの前。宝石の話で盛り上がっちゃって」

「はい! リオンさん色々な事を知ってて、とっても憧れちゃいます」


 そんな会話を挟みながら、懐から取り出したリボンを使って……シニョンにしているのか。

 いいな。似合ってる。


「はい、完成。どう? 似合っていると思うのだけれど」

「わあっ、ありがとうございます!」


 手鏡でニマニマとしながら輪郭を確かめるように編まれた髪型に触って見ているユズちゃんは、どこか微笑ましいものがある。

 と、ふいにバシリとリオンに叩かれた。


「顔がキモい」

「お前……」


 なんで一日に何回もキモい言われなきゃいけないんだ。

 いいだろうが別に良いもの見てにやけてしまうくらい! お前だって嬉しそうにしてただろ!?

 なんで俺ばっかり言われるんだ、おっさんだからか。

見た目がおっさんだからか!

 お前のほうが年上だろ俺より!?

 ちくしょー……。


「で、何のようなの?」

「や、特になにかあるわけでもなかったんだけどな」

「じゃあカエレ」

「お前ほんとな……」


 邪険に扱いすぎだろ、泣いちゃうよ俺。



「トゥーレも髪をとかしてもらうのが好きだから、今度やってあげてほしいわ」

「!! それは楽しみすぎますね!」


 なんてして、ではお先にーと言い残したユズちゃんを見送ってしばらく。

 椅子を片付けていたりで忙しそうなリオンをよそに、ため息を一つ吐いた俺は、「そういえば」だなんて切り出してみる。


「この前の長老会での話だが。実際問題危ないと思うぞ」

「……そうね」


 タカサキとやらが来てから四日。静かなくらいになにも起きていないが、ここまで関わりないポジションの俺ですら妙な胸騒ぎを感じている。

 そろそろだ。そろそろなにかアクションがきてもおかしくない。


「何かあったらすぐ隠れろよ?」


 カウンターに置いていたウサギのぬいぐるみを投げ渡す。

 それを受け取っては訝しげな表情のリオンを横目に、一言。


「明日辺りな気がするんだ」


 ―――――俺の予想は、よく当たるんだ。


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