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第七話:じゅうごにちめ!

「森って広いんですねぇ」

「うん、足元気を付けてね」


 トゥーレちゃんに引っ張られながら、手を繋いで山道を歩く。

 若干のぬめり気はこの前雨が降ったからかな。気を付けないと、本当に転んじゃいそう。

 トゥーレちゃんはやっぱり慣れているのか、ものすごい身のこなしでどんどん先へ行こうとしてしまうけど、ちょっとでも危なそうな段差や斜面があると止まって手を差し出してくれるから安心出来る。

 いつもと変わらない優しさが大好きです、えへへ。


「ふぅー……」

「疲れた?」

「まだ大丈夫でふっ」


 木漏れ日がポカポカするようで、鳥の鳴き声が辺りに響く。もうずいぶん昔に思えちゃうけど、初日。右も左も分からない頃の印象がここまで変わるのかー!って感動しちゃうね。

 本当に、ぜんぜん違う。

 トゥーレちゃんがいてくれるからだ。

 夜はものすごく怖くて野性動物がギラギラしているって感じだったけど、明るい時間帯だと森ガール! 森エルフ! ザ・妖精!ってなってしまう。

 とにかくトゥーレちゃんが、ものすごく安心感。

 シチュエーションが変わるだけで毎回一新したかわいさとかっこよさと綺麗さと美人さとイケメンさを見せつけてくるのずるいですよね……。

 こんなに大好きになっちゃうとは思っていませんでした。


 トゥーレちゃんラブラブです。


 他のエルフさんもイケメンだし外国の俳優さんみたいで、目が合うだけでドキってしちゃうけど、でもトゥーレちゃんには本物の優しさがあって、それをわたしは知っているのでやっぱりトゥーレちゃんが一番良い! って力強く思ってしまう。

 トゥーレちゃんが男の子だったら、って考えることもないわけじゃないけど、でもトゥーレちゃんは女の子だからいいんですよね。

 遠慮しなくていいし、飾らなくていいし、ありのまま。甘えられる!

 添い寝だって出来るし、一緒に湯船に浸かれるし! まず男の子だったらわたし、誘えませんから。

 やっぱり、不満なんてないですね!


「そろそろつくよ」

「わぁーい……」


 あまり力ない歓声で、やっと休めるってラストスパートをかける。

 向かっている先はトゥーレちゃんが穴場という場所だ。

 川釣りとか楽しそうですねぇ、という雑談から始まったので――ものすごくドバドバという音が聞こえてくるようになった!

 なんとなく察します。

 めちゃくちゃワクワクしてきたよわたし。

 それでえっと、トゥーレちゃんは小さなツボ一つ腰に吊るして、わたしはバスケットを片手にして。

 そして釣り竿を一本ずつ、肩にかけて二人で向かった先は!


「……――うん、今日も綺麗だ」

「わあああ……!」


 到着。そこは滝でした! んふふ、音で気付いていましたよ。

 すごいすごい! 実物を見ると感動します!

 めちゃくちゃ水飛沫が飛んでくる。岩場をよじ登って滝の様子を見渡せる場所まで行くと、大きな虹すら掛かっていた。

 すっごい綺麗だ! 虹なんていつぶりくらいだろう、ものすごく感動する。


「ここの水は綺麗だから、飲めるし入れるし魚だっていっぱいいるよ」

「素敵ですね!」


 自分のことみたいにそう語ってくれるトゥーレちゃんに寄り添いながら、透き通って透明感しかない川の水面を見渡します。


「たまにはまったりするのもいいよね」

「はい! きっとじゅうぶん、楽しいです!」


 平らな岩場に並んで腰掛け、間にツボ一つ置いて背負ってきた釣竿の糸を垂らす。

 幼虫には触れなかったのでトゥーレちゃんにやってもらいつつ……。針に刺すのがすごい苦手なんです……これだけは昔っから。

 そしてそして、二人並んでぽーいと滝のふもと、泡立ったそこに投げ入れました。


「どっちが早く釣れるか勝負しましょう!」

「いいね。負けないよ」


 これは競争だ! 絶対に負けませんよ!

 足をバタバタとさせてはしゃぎながら、釣竿をしっかりと握った。

 こういうスローライフ、憧れていたのでとっても嬉しいんですよね。

 肩を並べて、太陽に熱せられて心地よい暖かみのある岩に座りながら川の音を聴いて。川の流れを見て、魚が釣れるまで雑談して。

 すごいなぁ……あっちじゃ考えられなかった、縁もなかったような暮らしだ。

 幸せがどちらにあると聞かれると、わたしはいまのほうがすごく幸せに思う。


 緩やかな日常。開放的な空間。

 わたしは別にそこまで酷い環境にいたわけじゃないですけど、でもわたし自身が要領悪くてポンコツなのもあって、それなりに。

 社会に二年もいて、ぜんぜんダメだなぁって毎日落ち込んでいて、惰性的な毎日ばかりだったから、いまは本当に一日が長く感じます。

 楽しいんです、ほんと。

 ふふふ、わたしは幸せものですね。


「うーん、影は見えるけどなかなか……」


 ほっ、やっ、って何度も投げ入れたりして良いポイントを探ってみていると、そんな間にトゥーレちゃんが一匹。

 うわあああ、アユだ! とっても美味しそうな!

 ……釣った直後に食のことを考えてしまった。


「いいないいな、負けません!」


 くぅ、負けませんよ。というかトゥーレちゃん、さすがですね!

 まだ十分くらいですよ? 早すぎ。


「んー……」

「もっとあそこらへんに、ちょっと動かしながらやるんだよ」


 と、相変わらず魚の群れがある場所に投げ込めないわたしを見かねて後ろから。

 良い匂いがする!……とか、やっぱり急接近するときは毎回感じちゃいます。

 トゥーレちゃんの匂い、大好きだなぁ……。

 抱きつくみたいに後ろから、わたしの手をとってトゥーレちゃんが教えてくれます。


「聞いてる?」

「ひゃい!」

「もう……」


 頭がぽわぽわする感覚は、いつまで経っても拭えない。

 そんなわたしとは違って、トゥーレちゃんは最近すごく近付いてくれるようになりました。嬉しいんだけど、おかしくなっちゃいそうです。

 どこか呆れる様子でまた自分の位置に戻ってしまうトゥーレちゃんを名残惜しく思いつつ、わたしのヘタレ感が否めなく……。


 なんてしたりした本日の釣果は、トゥーレちゃんが五匹でわたしが二匹。

 午前中までなので、これでも良い成績なのではないでしょうか?

 釣りって飽きやすいイメージがあったけど、トゥーレちゃんとお喋りしていると本当にあっという間でした。

 とっても楽しかった。


「さてさてお昼ごはんのお時間です、じゃん!」


 本日はピクニックも兼ねてだ。

 場所は移らず、川で手を洗ってから持ち出すのはバスケット。

 ふふふ、ちゃんと用意しておきました! ピクニックの定番。

 そう、サンドイッチを!


「ありがとう。ユズ」


 褒められちゃいました。

 それとは別に、釣ったばかりのお魚も串焼きにすることにする。


「ユズは、魔法のこともぜんぜん知らないんだよね」

「あ、はい! もしかして見せてくれるんですか?」

「うん。見てて」


 わたしがこの世界の人間ではないということを伝えてから、トゥーレちゃんはいままで以上に親切に色々なものを教えようとしてくれていて、とても、嬉しく思います。

 改めて、トゥーレちゃんがわたしの彼女で良かったなって思いました。本当に優しい。

 と、何をするのかと見守っていたら、どうやら事前に拾った木の枝を日の当たるところに並べて乾燥させていたみたいで。

 それを集め、岩の上で焚き火のように重ねると、ついでに拾った小さな石ころをトゥーレちゃんは握りしめる。

 トゥーレ先生による授業が始まります。


「この石は触媒。魔法を使うには魔力が必要なんだけど、人が産み出せる魔力は極めて少なくて、だからこうやって、触媒を肩代わりに魔力を捻出するんだ」

「触媒! 魔力ってどういうものなんですか……?」

「うん。なんでも触媒にすることは出来るよ。魔力はそこに存在するもの、つまりは万物に宿る熱のことで、例えば魔法を使うのが生業の人は年代物の樹から作られた杖や指輪を身につけるよね」

「なるほど……!」

「この前見かけた大道芸の子も、道具を触媒にして魔法を使っていたんだ。だから、触媒さえあればきっとユズでも扱える」


 火を付けてみるから離れてみて、とそう声を掛けてくれるトゥーレちゃんに、わたしは興味津々にしながら応えます。

 と、トゥーレちゃんは手のひらの石をぎゅっと強く握り締める。視線を焚き火のほうへ移動させる。


 ――ボウっと、急に燃え上がった!


「わあ!」


 すごいすごい! 目をパチクリとして感動する。トゥーレちゃんが握りしめた手のひらを広げると、手元にあったはずの石は細かな粒子のようになっていて、風に流れてなくなります。


「こうやって、魔力を使い切ると消えてしまうし、触媒によっては魔法を再現することは出来ない。焚き火ぐらいなら小石でことは足りるんだけど、やっぱりコツは必要だから、覚えたいなら火以外で魔法の練習をしたいね」

「そうですね……! わあああ……」


 シエル様はいつも杖を持ち歩いていますが、ひょっとしたらあれも触媒なのかもしれないですね! こうやって話を聞いてみると、皆さんが身に付けているものもまた変わって見えてくる感覚が楽しい。

 そして何より嬉しいこと。

 わたしにも出来る可能性があるってことだ!


「注意しなきゃいけないことはいくつもあるよ。例えば、自分自身の魔力を使ってはいけない。さっきも言った通り人の魔力量は少ないから、簡単にさっきの石みたいになってしまう」

「こわ………」

「うん。だからちゃんと、触媒とするものは用意してから使うこと」


 パッパッと手を払いながらトゥーレちゃんがそう教えてくれた。

 大変タメになる授業でございました……。


「それじゃあごはんにしようか」

「そうですね!」


 魚が焼き上がるのを待つ間、サンドイッチを頂いて過ごします。おいしい、カリカリですね。

 サンドイッチといっても食パンではなく、焼いたバゲットにレタスとハムとマヨネーズを乗せたものなんです。おしゃれ。

 トゥーレちゃんがそんなもぼを食べていると、だんだん、あの大きな滝がエッフェル塔に見えてくるような妄想を走らせてしまいます。


「――頃合いかな」

「頂きます!」


 気付いたらお魚も良い感じになっていました。んふふ、背びれを取って大きくはむっといけば、ものすごくふっくらとした白身が出てきます。

 お祭りの塩焼きを思い出す味。幸せ。


「うん。美味しい。たまにはこういうのもいいね」

「ですです、ほんとに!


 のんびりとしたひと時を過ごした。



     ☆



 食後のティータイムはミントのような爽やかさのある紅茶でした。

 水筒で持ってきていて、抜かりのないトゥーレちゃんです。めちゃくちゃさっぱりするし、なんか空気の味がより感じやすくなったような。

 大自然のなかでリラックスした状態で、さっぱりしたものでリフレッシュもしちゃうとなると、生まれ変わったような元気がとっても清々しいですね!

 運動したい気分になっちゃいます。


「さて、そろそろ帰ろうか」

「はぁーい。このお魚はどうしますか?」

「私たちの分だけ分けたら、後はシエル様へのお土産にしよう。最近行けてないし、久しぶりにお話しを聞きに」

「いいですね!」


 シエル様。とっても美人な村長さん。

 確かに最近行くことがなかったし、シエル様の雰囲気はわたしとっても好きなので、ぜひまたお話ししてみたいです。

 とっても楽しみな気分になったところで撤収の準備を始め、来た道を戻ることにします。


「またここも来たいなぁ」

「うん。また来よう」


 えへへ。はにかんでくれた時の破壊力は本当にもう半端ないです、トゥーレちゃん。

 特にそれプラスで振り向き姿と森のなかであることが足されると、いやもうほんと尊い。

 心臓が足りない。


「大丈夫?」

「大丈夫です大丈夫です」


 うーん。この優しさが本当にずるい……。

 これ以上行くと相手がわたしというもったいなさに自責してしまうので気を付けます。

 トゥーレちゃんの華々しい未来をウバッテシマッテイル……。

 いやいや。わたしが彼女に相応しい彼女になればいいんです。そしたら誰にも文句は言わせませんから。


 帰り道は、早かった。

 下り坂なのもあってか、来た当初ほどの疲れもなくて、いつの間にかもう村のなか!? ってなっちゃうような感じ。

 それはちょっと言い過ぎでも、でもでもそれくらいほんと、あっという間に感じられた。

 と、なにやら入り口辺りがざわついているのに気付く。

 いつかの大道芸の時のような楽しそうな雰囲気ではなく、何やら不穏な感じがします。思わず顔を見合わせたあとで、向かうトゥーレちゃんに付き添って見に行く。

 そこにいたのは――。


「やめて、やめてくださいよ、客人でしょ!? なんもしないっつーの!」


 どうやら誰か、知らない人が、村の表から来ているみたい?

 姿はよく見えないけれど。来訪者がいて、それを村人さんたちが囲んで詰問しているように見えた。

 そのなかで、人混みを割るように前に出たトゥーレちゃんが声を張る。


「何者だ!」

「ん? 偉い人かな? 助けてくれよ、こいつら虐めてくるんですよね。俺はちょっと村長さんに用があるだけなんスけど」


 ヘラヘラとした態度のその男性は、何故だろう。すごく胸がざわざわとする。

 目があった。ニヤリと笑った。

 ――黒い髪だ。黒い目だ。黒いスーツ姿だ。銀色の腕時計。青いフレームの四角い眼鏡も掛けていて、その姿はどきか懐かしくも思える遠い世界のもののソレで。

 なんか嫌だ。すごい嫌だ、思わずトゥーレちゃんの後ろに隠れてしまいます。


「通してください。この村にはなにもしないと、えっとー……森の精霊サマだったか。誓うからさ、ほんと」


 軽率そうに誓うと言えば、トゥーレちゃんを含めてエルフの皆さんが一斉に不快そうに顔を顰める。

 それでも誓うと言われた以上、村の掟は大事だから。

 トゥーレちゃんは、苦い顔をして道を開ける。


「お、ありがてえ。危うく強行突破しちゃうところだったんだよね」

「勝手なことは許さない」

「へいへい。……いい加減構えるのをやめろよ。うぜえ態度だな」


 ……なんて。

 唐突に立ち込める不穏な空気に、わたしの胸はざわついていた。



     ☆



「さてと、率直に聞こうか。君はいったい何者だい?」


 村一番の高地にある村長宅にて、左からわたし、シエル様、トゥーレちゃんの並び。その対面に男性が一人で座って、その後方。いつの間にかぞろぞろと、続いてきたボディガードのような男性二人が、椅子にはつかずに仁王立ちしていた。

 なんでわたしここにいるんですかね……。


 すごい居心地が悪くて、トゥーレちゃんも別室で待っていていいよと言ってくれたけどシエル様に促されてここにいます。

 何かあるんだろうか。なんとなく予想はつくけど、よく分からない部分は多い。

 なのでちょこんと座っている事にしました。

 後ろの二人の威圧感がとても怖いです。

 トゥーレちゃんが隣じゃないのは心細いなあ……。

 男性は、来た当初のようなトゲトゲとした雰囲気とは違い、朗らかにハキハキと答える。


「ワタシは、世界本流調停委員会の高崎、と申します」

「初耳な組織だね」

「ええ。普通であれば誰にも認知出来ない、世界の外にいるモノですから」


 ニコッとうさんくさいような笑みをシエル様に投げ掛ける高崎さん。服装や営業口調なのもあって、どこか懐かしい気持ちにさせられるけど、それだけに強い違和感がある。


「そんな方々がなぜここにまで?」

「簡単なお話です。約二週間前。二つの世界間で歪みが発生し、その狭間からこちらまで迷い込んだ一般人がいるようでして」


 もしかしなくてもわたしのことですよねそれ。

 シエル様はこういう話になるって分かっていたのかな……。


「ほら、我々って組織名で分かる通り、一世界が自然な流れで運命を歩めるようサポートするための組織ですので、はい。分かりますデショ」

「ふむ。いままで永い時を生きているけれど、その説明を聞くのは二度目のような気がするね」

「………。……へえ」

「うん。経験がある気がする。その結末も知っている気がする。さてタカサキくん、君は保証するだろうか。一個人の運命を」


 剣呑にも思えるやり取りだ。だけれどシエル様はどっしりと構えていて、羽衣のような衣装が存在感を際立たせて、強くて頼もしくて恐れ高いような、そんな空気を纏っていた。

 ……むむぅ、惚れてしまいます。


「それはまさしく彼女次第ではないでしょうか。世界はまだ赤子のように一人ではまっすぐヨチヨチと歩くことも出来ませんが、ほら。彼女は立ってる。すごいなぁ大人だなあ!」

「何を言っているのかな?」

「褒めてます」

「あっはっは! 面白いね君」


 すごいこの空気感やだ……。

 胸がいっぱいいっぱいになっちゃうけど、でもシエル様はきっとわたしを守ろうとしてくれているから、わたしだって我慢しないと。


「じゃあ、今回の目的はなにかな?」

「本題ですね。望月ゆず様」

「……は、はい」


 座り直すようにわたしへと向き直った高崎さんが、改まるようにそう言った。


「ワタシはあちらの世界の人間です」


 ――信じられないことは、あり得るんだと言葉になって突き付けられるようだった。

 彼は続ける。


「約二週間もの間参れず、そのままにさせてしまったこと、まずは謝罪させてください」

「………」

「色々と苦労があったでしょう。慣れない異世界、慣れない人種、読めない言語、合わない食事、不自由な文明。異国文化に戦争貧困魔物被害と」


 なんだかカチンときちゃいますね。ここにはここにしかない素晴らしさがあるっていうのに、表面的な部分だけ貶されてしまっているようで、どこかムカムカとしてしまいます。

 魔法は楽しいよ。エルフはみんな優しい。ご飯だって美味しいし、わたしはこれでも満足だ。確かに問題もいくつもあるかもしれないけど、だからといってそんな否定するほどじゃない。

 わたしは大丈夫。胸を張って、この生活に満足している。


「でもご安心してください。ワタシは連れ戻しに来ました」


 飛びっきりな笑顔を向けられて、付け足すように「帰りましょう!」と祝うように言う彼を前にして、ちらりとシエル様を見る。

 なにも言ってくれないし目だって合わせてはくれなかったけれど、でも自然と綻んだような不敵な口許を見て、その温かさを信じて、わたしは言う。


「帰りたく、ありません」

「――あっははっ、いいぞぉユズぅ! よく言った!」


 背中をバシバシと叩いたあとに手が回されて引き寄せられる。そのちょっと乱暴で心強いシエル様にどこか嬉しく思ってしまいつつ。

 目を細めて分かりやすくイラついた様子の高崎さんが、とても怖かった。


「んー。そうなると困りましたねー」

「何が困るんだい?」

「申し上げた通り、世界が正しくなくなってしまいます」

「ふむ」


 と、そこでシエル様が前に出るように膝上に片手をついて、あのかっこいい顔をする。

 初めて会ったときも感じた、その偉大さを強く見せるような、自分の空気感に全てを飲み込んでいくような、そんな圧倒的な雰囲気で。


「君は先ほどこの世界のことをまるで赤子だと言ったけれど。世界はそんな単純なものではないよ。そして、君たちが思う遥か以上に生きていて、意思を持つ」

「………」

「ねぇ、君たちは世界の運命を修正していると思っているみたいだけど。その超自然的に発生した歪みこそが運命じゃないのか? 世界の流れなんじゃないのか? いいかい、君たちはそれを否定しているんだ」

「……適当なことを言いますね」

「いや、分かる。分かるよ。だてに生きているわけじゃないし。君のような世界の理の外の者を前にしても、自分のほうが賢いって思えてしまうくらいに」


 ――息を吸い込む音がした。

 そして。


「帰りなさい。これは運命なのだから」


「……覚えておけよ、クソエルフ」


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