第六話:ここのかめ!
「んぅ……た……いったっ……ぇぇ」
差し込む光がちょうど目元にだけ当たって、その眩しさに身動ぎをすると途端に頭が痛くなった。
身体を硬直とさせて堪え忍びます。
痛い……痛い……朝からなに……。
「うーん、うぅー……」
締め付けられているみたいだ、なかなか止まなくて、すっごくつらい。
そういえば昨日お酒飲みましたね。そんなに酔うほど飲んだつもりはないんだけど、アルコールの強さを把握してないのはダメだ、すごく、頭が痛い。
「なんでわたし裸なんですかね……」
肌寒さに身体を丸くして悶える。あれ、下着すら着てないねこれ。
だめだ……やっぱりお酒は苦手です。
トゥーレちゃんに変なことしてないといいけど、最近のわたしは自信ない。
そろそろいっぱいいっぱいだったかも。
ダメですね、わたし。
「………」
じぃっと目の前のベッドの白地を見つめて、色々考えるけど答えが出ない。
あれ、そういえばトゥーレちゃんはどこに行ったんだろう。
そーっとそーっとあまり刺激しない動きで頭を持ち上げて、室内を見渡してみるけど彼女がいそうな感じはしない。
それがすごく不安で、なんか投げやりになっちゃって頭をぱふんと枕に打つと、痛みが激しくなって悲しくて。
つらい……。
昨日何したっけ、はしゃぎすぎちゃった。たぶんずっと楽しかったけど、気を張りすぎちゃったんですかね。
熱はない。と思うけど、調子が悪い。とは思う。
たまになるんだ。こう、ガクッてなっちゃうの。大抵どうにでもなれ! って思った瞬間になるんですけど、それが昨日、お酒飲みたいって思ってしまったタイミングだったのかもしれない。
せっかく二日間のデートだったのに、やってしまいました。
トゥーレちゃんになんて言おう。謝るしかないなぁ……。
せっかくのお休みで、お出かけで、本当にごめんなさい。
なんて思って、彼女が戻ってくるのを待とうって思っていたんだけど、眠気が来ちゃって。
珍しく、もろもろの能力が低下しちゃった気がします。
もう少しだけ、おやすみなさい。
☆
―――――ぷにぷにとほっぺたを突かれている気がしてしまって、薄目を開けるとトゥーレちゃんがいた。
「ふ……」
えっと。…………………………………………………これってどうすればいいんでしょうか。
「あの」「あっ」
呼び掛けようとしてみると、すぐ気付いてくれました。
手が引かれて、ちょっと目を右往左往させたあとに「おはよう」と微笑みかけてくれます。
うん……いったい何が起きてたんだ……。
寝ぼけているふりで気にしないようにする。
あくびをしながら起床します。
「おふぁうございます……いま何時ですか?」
「お昼。大丈夫?」
「うぇ!?」
めちゃくちゃ寝てる! やってしまった!
「とと、トゥーレちゃん! ごめんなさい!」
「こらこら」
ガバッと起き上がってすぐに謝罪してみると、わたしが二日酔いなのを知ってくれているのか安静にさせようとしてくれるトゥーレちゃんが優しくて。
勢いを止められてしまいながら。
「あー……本当にごめんなさい……ヤッテシマッタ……」
とりあえず頭は痛くなくなっている。体力も快復しました。けど、けど!
ううう、本当にだめだめじゃないか、どうしよう。
「それはいいんだけど。調子はどう?」
「あ……大丈夫です……」
「昨日、だいぶ酔っていたからね。心配してたんだよ。急に全裸になるし」
「ごめんなさいごめんなさいほんっとうにごめんなさい」
何をやっているんだわたしは! 弱いにもほどがあるというか、オープンすぎるというか、トゥーレちゃんの顔が見れなくなってしまう。
と両手で顔を隠して、その指の隙間からテーブルのほうへ目を配ると、今朝はなかった紙袋が置かれていることにも気付いた。
お見舞いかな……余計に申し訳なくなった。
「ダッ、大丈夫です大丈夫です! もう絶対にしませんから!」
やだやだやだ。ほんとに恥ずかしい。穴があったら入りたい。どころじゃないよ! そのまま地球の裏側まで逃げ去ってしまいたい。そんな気分だ!
うううああああああああ。
布団のなかで踞って、ただただ悶えているとトゥーレちゃんが布団を捲って覗いてくる。
ダメだよ! 裸なんだよこっちは! もう!
ばしっと押し退けつつ。
「………わたし他にはなにかしましたか……?」
顔だけカメさんみたいに覗かせて、震える声音でトゥーレちゃんに問い掛ける。と、すっごい言葉を選んでくれている感じがしました。
わたしなんかしたんですね。
もうやだぁ!!
☆
とりあえず落ち着きまして。
服を着ました。
それから宿を引き払って、お土産を買っていこうと思ったんですけど、そういえば昨日行きたいと思っていた場所を思い出したので行くことに。
もちろん冷静は取り戻しています。忘れよう、色々と。
うん。
……――ざざーん!!
ふふ、分かりますか。分かっちゃうよね。
日本語って本当に便利だ……!
「んー、気持ちいいですね!」
「うん」
町から繋がる道を五分ほど歩いた奥地に、一面広がる砂浜を見渡してわたしは感動する。
すごいなぁ……広いなあ……青いなああ……!
真っ青だった。空も晴れ渡る青天だからか、水平線が見えないくらい!
砂浜は綺麗な肌色。お日様の熱を吸い取って、さわさわで、じっとりとした熱がある。
以前は海に行く機会なんて、大人になってからただの一度もありませんでしたからね……。
とってもとっても、嬉しいです。
サンダルを外し、裸足で砂浜を走って向かう。波打ち際まで到達すると、ちょっとした飛沫を楽しみながらギリギリを行ったり、来たり。
潮風が気持ちいい。
んー! 楽しいなぁ。
「ほらほら、トゥーレちゃんも来てください」
手招きすると、トゥーレちゃんもわたしと同じようにサンダルを外してこちらに近づき――砂浜を走るエルフ!! 砂浜を走るエルフがここにいます!!
えっ、えっ、綺麗すぎる! 綺麗すぎる! やばいって、もう絵画の領域ですよこれ!!
うわぁぁぁ~~~!
トゥーレちゃんってほんとすごい……。
アニメのワンシーンだよ、神作画だよ、尊いがすぎるよ!!
向かってくる瞬間だけスローモーションに見えました! 嘘じゃないです!!
「トゥーレちゃんってすごい」
「……ん?」
いま、トゥーレちゃんファンクラブの会長はわたしになりました。
グッズいっぱい作っちゃいます。
あああ、この世界にカメラがあったら絶対ブロマイドにするのに! もう随分前にスマホが電池切れになっちゃったのが、いまさらながらに響いてきます……。
わあわあ。トゥーレちゃん愛を爆発させつつ。
「綺麗ですねー」 トゥーレちゃんが。
……いやいや、トゥーレちゃんももちろん綺麗だけど、これは海のお話です。
この砂浜には人が少なくて、一日中過ごせちゃいそうな心地よさがあった。
そういえば水着ってあるのかな? トゥーレちゃんのはちょっと見たいなぁ。
いやまあ、エルフの夏場の私服が既に肌面積水着みたいなものではぜんぜんあるんですけども。
「あそこの島? はなんですか?」
「島じゃなくて向かいの大陸。ユウシアっていう」
「ユウシア大陸……? ふむふむ……」
トゥーレちゃんの説明に、感嘆するように何度も頷くことしか出来なかった。
いいなあ、今度、世界地図とか見てみたいかも。文字が読めなくても地図は見れますもんね。どういう形をしているんだろう、日本に似てる場所はあるんでしょうか?
楽しみがひとつ出来ました。異国へ旅行とか、元々の世界で見る外国よりもっと分からないことばっかりで楽しいんだろうなあ。
「あそこのずっと奥のは?」
「スクウェア島。これは世界最大、かつまだ調査の進んでいない孤島なんだけど、世界地図はあれが中央に描かれる事が多いんだ」
「ふむぅ!」
これはまったく形が違いそう。そんな場所我らが地球にはありませんもの。ワクワクする。なんだその秘境行ってみたい。いやわたしに冒険者適性は全くないと分かっていますけど……。
世界はとても広いですね。世界一周、ロマンの塊だ。
トゥーレちゃんと行ってみたいな。
「えへへ……」
砂浜で、まったりとこうやって過ごす時間はとってもとっても幸せです。
どうせなら一緒に砂浜に文字を書いたりだとか、ロマンチックな乙女って感じのことをしてみたいような気持ちもあるんですけど、トゥーレちゃんをそれに誘う度胸はありませんでした……。
またいつか! ですね。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
「はぁーい」
貝殻とかは見つからなかったなぁ。でも、色とりどりのキラキラは落ちていました。わたしこれ好きなんですよ!
シーグラスっていうんですよね。波ににさらされて角の丸くなった小さなガラスの破片とかでしたっけ。
子どもの頃は海の近い地方に住んでいたので、拾っては写真の額縁に貼り付けて豪華に盛るのが好きでした。
なつかしい。
「あ、お魚買っていきませんか、新鮮な!」
「いいね、せっかくだ」
「最近焼き魚ばかりでしたから、今日はお刺身にしてみましょう!」
「……お刺身か」
「……イヤですか?」
「ううん。………いや、口にしたことがなくて」
ほほお! なんですと!
これはこれは良いことを聞いてしまった気がします。
きっと森の川魚とは違うでしょうし、新鮮でしょうし、トゥーレちゃんにお刺身好きになってもらうために、腕によりをかけて作りますよ!
わたし、実は捌くの、すごく得意なんですから。
☆
と、いうことで帰宅。
帰った頃にはすっかり日が落ちていて、夕食の支度をするのに丁度いい時間帯だったので早速取り掛かります。
丁寧に丁寧にやりますよ!
「お風呂の準備をしてくるね」
えへ、役割分担、新婚みたいだ。ちょっと照れてしまうけど、そういってお風呂場へ向かうトゥーレちゃんへふりふりと手を振って見送る。
買ってきたお魚を水で洗う。なんだろうね、このお魚さん。お店の人に名前は聞いておいたんですけど、やっぱり聞き覚えのない名前をしているもので忘れてしまいました。
光物なのは確か。アジっぽいお魚です。
今朝獲れたばかりのものらしいので鮮度はバッチリ。しかも、ずっとひんやり状態をキープするような魔法が掛けられているみたいで、ドライアイスみたいなものかな。
鮮魚を取り扱うようなお店にはこういう技術が備わっているそうです。すごく便利だ。
お魚の調理は得意です。お父さんが釣り好きで、でもお母さんは捌くのが苦手で持ち帰ってきたお魚に困ることが多くて、だからわたしがお父さんから魚捌きを教わったという過去がありまして。
お父さんほど器用じゃないけどね。調理は出来ます。
でもトゥーレちゃんが食べたことがないのは驚きだった。エルフさんって長生きらしいですし、こんなに近くに港町があるんだ。すっかり、色々食べているものなのかなーって思っていたけど……それとも生食が少ないとか?
お魚屋さんにも生で平気かを尋ねた時は、そんなに珍しい反応でもなかったですし、やっぱり知らないだけ? 苦手だったら素直に言ってくれるとも思うので、もしかしたら食わず嫌いなのかも?
好きになってくれたら、わたしとしてはとても嬉しいですけどね! もしそうだったら無理強いはしたくないので、副菜は用意しようかな……。
切って、盛り付けて、食器を用意して、ちょっと味見してみるとすっごくアジっぽかった。予想通りというか、ちょっと正解したみたいな気分で嬉しい。
「秘技! さみだれ……」
「何をやっているの?」
「………なんでもないでふ……」
大根をザクザクに切ろうとちょっとテンションあげているところ、通りかかりのトゥーレちゃんに怪訝そうに見られました。
恥ずかしい……。
良い子は真似しちゃいけません……。
気を取り直しつつ。
ご飯が出来ましたよ、ほら!
「「森の精霊の頂きに。感謝を」」
今日は海なんですけどね、フフフ。
箸を手に取りながらも怪訝そうな表情で首を左右に、立体的にお刺身を伺うトゥーレちゃんを可愛く思います。
「うぅううん……シエル様は好んでいるけれど……」
「美味しいので大丈夫ですよ!」
小皿にワサビと醤油を足らしてトゥーレちゃんのほうへ。
慎重な様子で、刺身の一枚をぺらりと箸先で摘まみながら覚悟をするみたいなトゥーレちゃんの表情を、自信満々に見つめ返す。
ふふふ、安心してください。
お刺身は何よりもウマイのですよ! というか味見して、美味しかったし!
機会があれば、今度はお寿司とかもしてみたいですね。
手巻き寿司とか楽しそう。
うわあ、やりたいやりたい! 楽しめそうです。
んん、でもすごい疑いの眼差しが強いですね。一週間目にして初めてなくらいの警戒心を持たれているような。
「じゃあ、食べるからね」
「どうぞどうぞ!」
パク、と一口。顔色を伺っていると、ちょっとワサビがツーンと来たのかなんとも言えない表情をしていて、トゥーレちゃんほんと、かわいすぎですね……。
反応に笑ってしまっていると、トゥーレちゃんは少し不満げにわたしを見つめたあと、
「……うん、美味しい。すごいねユズ」
「本当ですか! わたし、お刺身がすごく好きで……」
「うん。食わず嫌いだったみたいだ。これは、美味しいと思う」
微笑みながら、確かにそう言ってくれるトゥーレちゃんに嬉しくなる!
良かった良かった。うんうん、このアジ、美味しいですよね! もうアジって断定してしまっていますが。
「そうだ。聞いたことがなかったけど」
「なんでしょう?」
「ユズの出身とか、そういう話。私も知りたいんだ」
……えっと、えっと。
別に隠すつもりもないんですが、ちょっとだけ不意を突かれてドキッとする。
出身、出身か……。変な目で見られてしまうのが、わたしは一番嫌だったので、なるべくこういう話にはならないよう頑張っていたんですけども……でも、いまなら。もしかしたら、トゥーレちゃんなら。
受け入れてくれるような気もしますが……。
正直にいうのは、やっぱりちょっと突飛すぎると思うんです。
どうかな。大丈夫ですよね? これでなんか、えらいことになってしまうわけはないですよね。
うん。
「実は――」
―――――ふんわりと、微笑んでくれるトゥーレちゃんが印象的だった。
「なら、これは正しく運命なのかもしれないね」
なんというか、それはとても拍子抜けで。
そしてそれ以上に、とても心がじんわりとするような、笑顔になっちゃうみたいな。
心の底から嬉しくて、暖かい言葉でした。