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第十話:さんじゅうにちめ!

 パチリと目を開けると、すぐ隣にトゥーレちゃんの顔があったので彼女が起きるまでじぃっと見つめることにした。


 かわいいなぁ……。ずっとかわいい。これからも、何年経ってもトゥーレちゃんはこのまんま、かわいいがすぎる状態なんでしょうか。

 わたしだけどんどんお婆ちゃん化していって……うう、それはちょっとこわい。


 皺がなくて、ハリツヤのある白肌。目鼻立ちのしっかりしたハリウッド女優さんみたいに整った顔。キリっとしたおめめ、ぷっくりとした唇は、はい。柔らかかったです。


 ~~~!(足をバタバタとさせて恥ずかしくなる)


 ふぅ……。わたし、トゥーレちゃんの首筋が大好きです。顎のラインから、鎖骨に掛けてがものすごく綺麗で……フェチですね。すっごいかぷかぷしたくなっちゃうけど、トゥーレちゃんが傷つくのは嫌なので我慢する。

 一緒にお布団、二人とも下着姿なので、うぇへへ、まさぐり放題です。トゥーレちゃんのお肌はすっごいさわさわしていて。お腹とか背筋とか触るのが大好きになってしまった……。

 あんまり触るとくすぐったいらしくて、怒られてしまうけども。


「ん……んう」


 私たちが一緒に寝ている理由はいくつかあって。

 あの日から、この家の寝室にわたしがトラウマを覚えてしまったこと。そして、トゥーレちゃんと離れられないくらいに安心出来なくなってしまったせいだ。

 わたし、弱いなって思う。トゥーレちゃんに甘えっぱなしだった。


「………おはよ……」

「おはようトゥーレちゃんっ」


 寝起きで向かい合ってお互いの顔を見ていると、なんだかとても恥ずかしいものを感じてしまう。

 その感覚がたまらなく嬉しいんだけど、やっぱり恥ずかしくて、ぜんぜん慣れそうにありません。

 トゥーレちゃんが頭をガシガシとしながら身体を起こした。

 メッて髪の毛が痛んでしまうので、その手を抑えながらわたしも一緒に起きる。

 今日も綺麗に仕立ててあげますよ、トゥーレちゃん!



     ☆



 朝ごはんは一緒に作る。

 これはトゥーレちゃんから提案してくれたことで、お料理の勉強と会話の時間が増えたことがなんともうーん、同居!って感じで嬉しくなった。

 たしかに料理下手なトゥーレちゃんは不器用で、でもそんなところにギャップを感じちゃって、ほんとにかわいいなぁって思えます。

 なんでこんな……なんでこんな最強なんだろう……!


「「森の精霊の頂きに。感謝を。いただきます」」


 お祈りもとても長くなってしまった。意味的にはどちらも同じニュアンスなので、二つを合わせているとキメラ感が際立ってしまう。

 なんとなく、尊重というか、歩み寄り過ぎた結果のフュージョンですね。

 でもこれでいいんです、二人の間だけの挨拶なんですから。

 外へ出ると、復興作業中で人の数が多かった。建物への被害はあまりなかったけれど、地表が捲れていたり木々が倒れたり。

 わたしが知らない場所で起きていたその激戦を思うと、怖いし、ついつい思い詰めてしまう。

 それとは別に、飾り付けなども同時進行で行われている。松明かな? 大型設置型のトーチが広場に設営されていて、提灯の類いなんかが店先なんかにぶら下がっていた。

 これも全部、今日の夜のお楽しみだ。

 そんなおり、飾りつけをいそいそと行うマカロさんが伺えて、わたしは挨拶にいかせてもらいます。


「こんにちは!」

「うおう、びくったぁ」


 後ろからそーっと近づいてそう言うと、面白いくらいに身体を跳ねさせて驚くマカロさんに楽しく思ってしまいながら。


「祭りの準備は万端だぞ。楽しみだな」

「はいっ!……あと、あの」


 マカロさんが営む服飾屋のお洋服は全て彼が作ってくれているものらしくて、だからかどれも一点もの。どれも違ってどれも良いものばっかりで、わたしが燃やしてしまった服も、唯一無二のそれだった。


「マカロさん、その、謝りたいことがあって……」

「どうした?」

「服を一つ、燃やしてしまっていて。いままで言えなくて、ごめんなさい!」

「お、おお……」


 これはずっと言っておきたいと思っていて、いままで勇気が出なかったことだ。

 復興に忙しいとかちょっと言い訳し続けて、でもやっと対面したいま、言わなきゃいけないって自覚して。

 それに対するマカロさんの反応は、とても優しいものだった。


「客が買った服は客のもんだ。そんな気にしなくて問題ねえよ」


 なんていって、ポンと頭の上に手が乗せられた。そのトゥーレちゃんより大きくて、重たくて、ごつごつとした手に、少しドキドキしてしまうけどわたしにはトゥーレちゃんという心の決めた人が!


「でもちょうどいいか……時間あるか?」

「はい、?」

「じゃあちょっと着いてきてくれ」


 と言われ、途中作業のまま飾りつけを後にしたマカロさんを先頭に服飾屋へ入ると、すぐに試着室に押し込められる。

 えぇ~……なんか前来たときもこんな感じだったなぁ。

 なつかしいけど、不安でドキドキする。


「ほい。これを着てみてくれ」

「あ、ありがとうございます……」


 あっ、あんまりごちゃごちゃしてない服だ。

 白いなぁ、ちょっと広げて見る。

 ワンピース? あ、すごいかわいい……けど、着れる気がしないんですが……。

 でもすごいぴったりだ。エルフのお洋服はみんなサイズも大きくて、わたしだとちょっと裾を引きずりがちだったのもあったので、ものすごく嬉しい。

 わたしのために、作ってくれたんでしょうか。

 えへへ……これはもう、早速着てみます!

 っとと、お披露目する前に立ち鏡で似合っているかどうかを確認していく。

 うーん……? いや、すごく似合っているけれど、似合いすぎていて恥ずかしいというか、着られてる感は拭えないというか……。

 いやでもやっぱり、いままでほど不格好じゃないのはぴったりだからですね。採寸させてないのに、これはこれで怖いけども……。


「ど、どうですか?」


 ゴス……ではないので純粋なロリータファッション? ちょっと派手目な仕上がりがエルフっぽくなくて浮きそうだけど、でも着心地は良かった。

 ただし恥ずかしい。こんなの着たことない!

 幼すぎるわけではないけどね?

 マカロさんがニヤニヤしているのはおいといて、トゥーレちゃんをじっと待つ。

 ど、どうだろう……かわいいって言ってくれたらすごく嬉しいな……。


「かわいいよユズ。すごい」


 言ってくれました。

 えへへへ……でも恥ずかしい。

 ううう、やっぱりこの世界のお洋服は慣れないです、毎回新しいのを着る度に視線が気になってしまう。

 けど、うん。それでもとっても、嬉しいですね。


「わぁあ、ありがとうトゥーレちゃん!」

「その服は貰っていっていいぞ。というかむしろそれを着ていてくれ」

「あ、ありがとうございます! マカロさん!」


 しゃ、謝罪にいくつもりが、下ろし立ての洋服を貰ってしまった。

 予想外で、ドギマギとしてしまう。


「それ、着ていけよ?」


 そして、これもなつかしい流れだった。



     ☆



 マカロさんと別れたあと、久々にトゥーレちゃんにしがみついて隠れてしまいつつ。

 向かった先は、村長宅でした。


「やぁ、お久しぶり。二人とも」

「お久しぶりです。あれからなかなか来れていなくて申し訳ありません」

「いいよいいよ。小さな村なんだから、用があったらこっちから行くさ」


 シエル様の様子は普段とあまり変わっていないように見えたけど、でもやっぱりどこか疲れているようにも感じた。


「ところでユズは?……いたいた、どう? 元気かい?」

「はい……」


 そう、これもずっと言いたかったことがあって。

 少しおっかなびっくりと尻込んでしまいつつ、でもちゃんとシエル様の目を見て言う。


「この前はありがとうございました! 助かりました! 巻き込んでしまって本当にごめんなさい!」


 誠心誠意。慣れていないことをするときは声が震えてしまって、それが情けなく思えたのでしっかりと抑えながら謝罪する。

 今回の件は、全部わたしが発端で起きてしまったことだ。

 村はそれに巻き込まれてしまっただけで、それどころか更なるわたしの独断のせいで、余計つらい道へと進ませてしまった。本来はなかったはずの、一種の戦争状態に。

 もっと良かった道があったかもしれない。賢い選択があって、誰も傷つかなくて、そんなわけはないだろうけど、もしかしたら高崎さんとだって穏便な取引が出来たかもしれない、そんな選択が……もしかしたらって。

 ずっと考えてしまって、止まなかった。

 思い詰めるわたしに、対してシエル様はきょとんとしたような顔をしていた。

 その反応をちゃんと見るのが難しくて、どうしようもないままそうやってずっといると、ふいに両手をパンとシエル様が叩く。


「あっははは! さすがユズ。えらいよ、かわいいなぁ。うりうりしたくなってしまう」

「ふぇ?……え!?」

「まさかそこまで純朴で気にしいとはね。大丈夫だよ、君が思っている以上にみんな、この選択に誇りを持っていて、武勇伝のひとつに数えている子なんているし」


 盛大に笑われてしまった。ちょっと恥ずかしくなってしまいつつ。


「うん、それでこそトゥーレのお嫁さんに相応しいよ。やったねトゥーレ」

「っ!?」

「〜〜〜っシエル様!」


 ど、ドキドキする! それはドキドキする!

 お嫁さん。お嫁さんか……わたしがトゥーレちゃんのお嫁さん……。

 そういえばこの世界には結婚式とかあるのかな。純白のドレスと、ピシッと決めたスーツの新郎新婦とか。

 ああああ! トゥーレちゃんとだったら憧れるなぁ……! 着てみたいなぁ……!

 でもドレスをわたしが着るには持ったいなさすぎるので、そっちはぜひトゥーレちゃんに着てほしい。

 めちゃくちゃかわいいんだろうなぁ……!


「あっはっは!」


 楽しい空間だった。

 そして、しばらくすると議題は高崎さんについて。と言うよりも、謎の組織。

 世界本流調停委員会に関して。


「彼らはやはり人間ではないんだろうね。それとも、人間だったもの、か。少なくとも触媒を自分に設定して、あそこまでの芸当をこなせるものはいるわけがない。ユズは知ってる?」

「なんですか?」

「ここには三体のゴーレムと火の鳥を産み出す魔法陣が五個設置されていたんだ。全部タカサキ一人の手によってね」


 ご、ごーれむ? そ、そんなことになっていたんですか!?

 全然知らなかった、村はそんな大変なことになっていたんですね。ナビゲートしてくれるシエル様の声はとても落ち着いていたから、安心はしていたけれど、これは……。

 思った以上にことの大きさを再確認して、なんとも言えない気分になる。


「部下……も全部擬態した彼だったってね。そりゃあ止める人いないよ、バカバカしい」


 それでも功を焦っている節があったのは、シエル様が言うには一枚岩じゃないからでは、と言う、仮説を打ち立てているみたいだった。

 憶測だけれど、例えば序列制でノルマを満たさないとペナルティがあるんじゃないかといまは考えているみたいです。


「さて、ここからが本題」

「はい」

「委員会の決定は覆されないだろう。他の世界では既に進行済みだろうし、この世界のタカサキくんを退けただけで、委員会が潰れるわけでも世界が救われたわけでもない。ただ現状維持をしただけだ」

「………」

「タカサキの席が空いた。今度はそこに、彼よりも優秀な誰かが就任して、任務を引き継いで来るはずだ、この世界に」


 ――重たい現実を思い知らされた。

 妙な胸騒ぎを確かに、シエル様の決定はどれであるかを訪ねる。


「はっきりいってこれ以上は村を巻き込めない。事前に準備する段階があって、その時の人員に。であればいくらでも協力するけれど、いままでのような生活はきっと無理だ。敵わなくなる」

「……はい」

「だから、トゥーレ。ユズ。君たちはよく話し合って、これからどうするかを決めなさい」


 そうだ。わたしがこの世界にいる以上、また高崎さんのような委員会の人に狙われる。

 もう逃げ続けるしかないんだ。

 逃げて、逃げて、逃げて、ずっとその先にあるかもしれない安住の地を。

 ……………わたしたちに探せるのかな。

 トゥーレちゃんはこんなわたしに、どこまでついてきて……どこまで一緒に、いてくれるのだろうか。



     ☆



 その日の夜に、お祭りは始まった。


「わあああ……! すごい賑やかですね!」


 いつもは動物の鳴き声くらいしか届かないほどの静かな夜が、今日ばかりは楽しく賑やかに浮きだっている。

 並ぶ提灯が道を照らす。広場はトーチで暖かい色に染まっていて、揺らめく炎が火の粉を踊らせていた。

 中心に設置された大きなテーブルには、溢れんばかりの料理がいくつも。


「はいはーいみんな注目ー!」


 美味しそう……!

 特にすごいのが、こんがりと焼けた大きな猪丸々がどーんとあることだ。兵団の方々が朝獲ってきたばかり新鮮な猪だそうで、その迫力にしばらく声が出せなかった。

 朝の狩りにはアンセムくんも参加していたらしく、昨晩から今日までずっと一日忙しそうにしていたのを覚えています。

 かっこいいよ、アンセムくん。


「みんな本当におつかれさま! よく頑張ってくれたね! 今日は無礼講だ、どんどん騒ぎまくるぞーぅ!」


 シエル様が珍しくはしゃいだ笑顔でその手にあるジョッキを掲げる。

 エルフのみんなの歓声が上がった。


「すごい……!」


 祝勝会。お祭り騒ぎのそれはまさしくどんちゃんとしていて、この空気のなかにいるだけで楽しくなってしまうような心地よさが暖かい。

 みんなに余裕が戻り、あの日の戦いを良き思い出にしようとしていた。

 ――死者はゼロ人だと聞いた。

 それでも負傷者は複数。トゥーレちゃんも含めて、多くの人がわたしなんかを守るために傷を負ってくれている。

 本当に、たまらない。絶対に恩返ししたいと決意する。


「はぁぁぁ、疲れたよユズさぁあん。絶対明日筋肉痛になる、全身が」


 と、なんて愚痴を吐きながらアンセムくんがわたしの元に飛び込んできてくれたのでなでなでをしてあげます。

 こうするとかわいいですねぇ。

 最近はアンセムくんも素直になってきてくれて、癒されてしまいます。


「アンセムくんもあの時、すぐ助けてくれてありがとうございました。かっこよかったです」

「――ん、んんっ。まぁね?」


 少し照れ臭そうにわたしから離れて頬を搔いた彼に、本当にあそこで助けに来てくれて、庇ってくれて、守ってくれて、ドキドキしたのを思い出す。本当に、かっこよくて。

 もちろん、わたしは変わらずトゥーレちゃん一筋ですけども!

 そしてアンセムくんも、トゥーレちゃん一筋ですね。


「さ、私達も行こうか」

「はい!」


 トゥーレちゃんの呼びかけに、二人並んで続いていく。

 テーブルは立食形式で、様々な料理が並んでいた。特に今日は大きな猪肉があるからか、ちょっとワイルド的な盛り付け、味の品が多くなる。

 最近はずっと健康志向な和食ばかりだったから、こういうのは久々かも。

 たまにはいいですね、かぶりつきたくなるような!

 肉食ゆずちゃんです、がおー!


「こんにちは。楽しそうですね」

「リオンさん!」


 わたしとトゥーレちゃんとアンセムくんで固まって談笑していると、マカロさんを連れてリオンさんがこちらまで。

 いつも変わらずの大人っぽさ。丸眼鏡が似合っていて、書斎で一人本を読んでいればそれで絵になるような美人さんは、お皿の上にお肉をたーんと盛っているしマカロさんの作ったぬいぐるみが大好きだそうで、そういうギャップにメロメロになっちゃいます。

 こんなお姉ちゃんがほしいなぁって思っちゃう。


「ねぇ、近づかないでって」


 おもむろにアンセムくんの後ろに周り、手を回そうとしたリオンさんをひょいと躱しながら冷たくそういうアンセムくんが、ちょっと微笑ましくてかわいい。

 というか、本当にリオンさんはアンセムくんがお気に入りなんですね!

 これはおねショタな匂いがします。わたし好物ですよ、ふふふ!

 なんて楽しく見守っていたら。


「その服、似合っていますね」


 ふっと微笑まれてすごい嬉しくなった。

 リオンさんは本当に大人な魅力があるというか、かわいいよりもクールで美人って感じで、だからそんな人に褒められるとなんか、すごくニヤけてしまいそうになります。

 んへへ、リオンさんみたいな女性になりたい。

 機会があったら師匠って呼ばせてください。


「なーほら言ったろ? なかなかに会心な出来なんだ、ソレ」


 わたしの話でもしてくれていたのか、遅れてこちらにやってきていたマカロさんがそう言って得意気にリオンさんに語る。

 この二人の関係性も気になるんですよねー。むむむ!


「お、なんか音楽が聴こえるな」


 誘われるように見てみれば、設置された舞台の上で複数人のエルフが弦楽器を持って綺麗な音色を奏でていた。

 エルフ楽団だ! すごいすごい! なんかもうビジュアルだけでイケイケすぎる集団だ!

 なにこれヤバイですね!


「わあああ……」

「もっと近づいてみる?」

「ぜひ!」


 舞台の前にはいくつもの観覧席が並んでいた。

 そこに腰かけて、近くで見ながら食べ物を頂く。

 わぁ……この曲はどういう歌詞なんだろう? 歌っているエルフさんもいて、そのソプラノがめちゃくちゃ綺麗で、ずっと見ていられる。

 優雅でデリシャス、もうかっこよすぎだよ!

 綺麗な音だ。この一ヶ月――ってもう一ヶ月!? なんて驚きはとりあえずおいといて、この一ヶ月エルフの村にいて、本当にみんな多才なんだと知った。

 純粋な時間から、とかもあるんだろうけど、やっぱりみんな丁寧で器用で、芸術方面の美しさは元々のポテンシャル合わせてわたしなんかが見るとただただ感動してしまう。

 美が凝縮している感じ! 分からないかなー。

 でもやっぱりこうやって見ていると、シエル様とトゥーレちゃんの存在感は異常で、際立っていて、惚れ惚れとしてしまうようだった。

 改めてそういうところを知って、今では初日のわたしグッジョブ! なんて思ってしまうよ。

 じゃなかったらいまこうやってトゥーレちゃんの隣にいられる奇跡なんてなかった。

 本当に、これはわたし達の運命なんだって。


「んふふ……」


 音楽を聴きながら、トゥーレちゃんの肩に頭を乗せる。

 ずっとこうしていたい。これからもこうやって、惰性的に見えるようで、でも掛け代えのないこの時間を、いつまでも。いつまでも。


「やっほー、賑やかにしてる?」


 シエル様がわたし達を見かけてそう言いながら近づいてきてくれた。

 わーいと手を振って出迎えます。

 ビールの減りを見るに、結構飲んでいるみたい?

 いつもはキリッとしていて優しいシエル様がぽわぽわとして可愛らしく見えてしまう。

 こんなに頼りがいがあるのに、トゥーレちゃんもリオンさんもみんなみんな、わたしよりちょっと下くらいなんですよ。見た目。二十歳くらいで時が止まっている。

 そういうのを考えると、やっぱりちょっと将来が怖くなるね。わたしだけどんどん老けていってしまう恐怖……。


「んーっ、お肉はやっぱり美味しいね! もっと食べたいよ」

「分かります! このお肉、本当に食べやすくて」

「森の精霊が祝ってくれているんだよ、良かったねユズ」

「えへへ……」


 楽しい時間だ。前よりコミュニケーションが得意になった。感情表現だって上手になれた気がするし、高崎さんのおかげで、自分を通すことの大事さも、その責任も。正直知れて。

 わたしは成長しているんです。本当に、この世界にきて、トゥーレちゃんに会えて良かった。

 だから、そうですね。

 最後に、みんなに感謝したいと思ったんです。


「シエル様、ちょっと――」



 一ヶ月。もう一ヶ月、それともまだ一ヶ月?

 短いようで、長いようで、そんな日数では明かせないほどの感情が、思い出が毎日にあった。

 楽しかったなぁ。

 もっとずっとこの村に居たかったと思ってしまう。

 でも、良いでしょう。住みはしないけど、たまには遊びに来る、くらいなら、許してくれるかもしれません。

 アンセムくんも、リオンさんも、マカロさんも、シエル様にも、そしてトゥーレちゃんにも、みんなにも。

 言葉を伝えたいと思った。


「あー、あー。さてさてみんな、宴もたけなわなわけだけど、ここで一人、みんなに言いたいことがある子がいる。ちょっとだけ静かにして、聞いてね」


 音楽が止んだ。みんなの視線が集まる。

 壇上へ前に出て、胸に手を当てながら、エルフと三回書いて呑み込んでみたり。

 胸がドキドキする。頭がちょっと真っ白になり掛けた。

 こういうシチュエーションにたった経験がないからか、実は結構しんどかったりするけれど。

 でも、わたしに視線を向けるその中からトゥーレちゃんを見つけて、笑って、深呼吸した。

 そして、声を張る。


「皆さん! まず、この村を巻き込んでしまって、本当にごめんなさい!」


 これを言わないと、わたしはこの村に恩返しが出来るようにすらなれないと思ったから。


「わたしのたった一人の選択のせいで、この村を窮地に追いやってしまいました。その上で、感謝しか出来なくて、本当に怖かったし、自分勝手にもみんなを少し疑ってしまって」


 感情を吐き出すように。すらすらと言葉が出てきていた。


「でも、嬉しかった。優しかった。みんなが助けてくれて、守ってくれて、泣きそうになってしまって、本当に申し訳なくて」


 胸が熱くなる。込み上げてくる感情が、エルフのみんなへの感謝の言葉となっていく。


「戦わせてしまってごめんなさい。怪我を負わせてしまってごめんなさい。今のわたしがここにいられるのは、皆さんのおかげなんです」


 ただ、伝えたいことを伝えているだけで、おかしな言葉になっている気もするし、やっぱり壇上に上がるほどのお話は出来ていない気がするけれど。

 最後は心からの感謝の言葉で締めたいと、そう思った。


「―――――本当に、ありがとうございました!」



     ☆



「ユズ」


 お祭りが終わり、撤収作業に勤しむ方々をよそに、トゥーレちゃんに呼び止められて振り返る。

 まだ並んだままの椅子を持ち寄って、向かい合って座ります。


「はい」


 なんとなくその内容には、予想がついていた。

 対面につき、ゆっくりと言葉を探すようなトゥーレちゃんに、つい目が合うと面白くて、笑いあってしまって。

 その流れで。


「これからどうしよっか」

「うん、どうしましょう……」


 難しい話だ。どう答えればいいのかが一番分からなくて、今日一日中、いえ……ずっとずっと、どこかで不安として覚えていたもの。答えが出せなかったもの。


「私はユズについていくよ」

「ほっ、ほんとですか?」


 うん、と短くも、確かな返答が帰ってくる。

 でもわたしはそれに納得することが出来なくて、本音を言えば一緒にいたいのがもっともなんだけど、でもトゥーレちゃんにも無理はしてほしくなくて。

 自分で自分の首を絞めていることに気づきながらも、トゥーレちゃんに訴えかけてみる。


「わたしはこの村に残りません。迷惑を掛けたくないし、もう十分お世話になったので……つらくても、そうします。これはわたしの責任なので! でも、でもトゥーレちゃんは別ですよ? 無理しなくてよくて、前と同じような日常を、過ごしていいんです。トゥーレちゃんは、故郷を、選んでください」

 本当は嫌だ。こんなことを言って、促すのも嫌だし、実際に彼女がそっちを選んでしまったら本当にショック受けちゃうんだろうけど、でも聞かないわけにはいかなくて、彼女には彼女の道を選んで欲しいとも、大好きだからこそ思うから。

「……ユズ。私達はどういう関係性だっけ」


 でも、トゥーレちゃんはまるで意に介さないようにそう言った。

 その問いに、少し戸惑いながらも答えていく。


「は、伴侶……です」

「伴侶の意味は?」

「えっと配偶者……?」

「そう。共に連れ立って歩むもの。一緒にあろうとするものだよ」


 妙に目頭が熱くなった。トゥーレちゃんは続ける。


「私は一緒に行っちゃダメ?」


 ――そんなことない。そんなことないよ。一緒に行きたいよ。一緒にありたいよ。ほんとに。

 でも、でもだってそれこそ、わたしが彼女を束縛してしまっているんだ、キスをしたのはわたし、村に来たのもわたし、勝手に彼女面してたのわたしで!

 違う。そんな義務感とか、様々なもので、トゥーレちゃんを縛りたくない。無理させたくない。不本意な行動は、選ばせたくないんです。

 我ながら面倒くさいことを言っている自覚はあるけれど。

 彼女をずっと第一にしていたいんだ。

 そう言った。

 それだけははっきりさせたかった。

 しばらくして、トゥーレちゃんは。


「じゃあ、それなら……ユズ」

「はい……?」



「もしユズがよければ、私と結婚してください」



「―――」


 差し出された手を取って、むせび泣く。

 蹲るように彼女のその手を頬に当てて、その温もりを抱きしめて。

 ぐっと堪えていたものが、全て溢れ出していく気がした。


「改めて。純粋な好意からとして。始まりは事故だったかもしれない。でも今は違うでしょ、これが本音だよ。ユズ」

「うん、うん……」

「これからは苦難ばかりかもしれない。屋根の元で眠れない日だってあるだろうし、むしろ大変な事ばっかりだ。だけど、もし良かったら、共に」

「――っ、ふぁあい!」


 飛び上がって、彼女に抱きついて。

 そんな彼女の優しさに甘えてしまいながら、暖かさに、頼りがいに、体重を預けてしまいながら。

 彼女は受け止めてくれた。顔を合わせて、キスしてくれる。

 きっとこれからは大変なことばっかりだ。本当にトゥーレちゃんが言うみたいに、いままで通りの平和な日常が続いていくようなわけじゃない。

 でもきっと。

 二人なら、どこまでだっていける気がした。


「大好きだよ、ユズ」

「大好きだよっ、トゥーレちゃん!」


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