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葉桜が色付く頃に。History of Sachinaga

これは、わしが配信を始めるずっとずっと前のお話。ちょうど先生と出逢ったのもこの頃かな

 例えばあの日、イジメを見て見ぬふりをしていたら。もしもあの日、庇ってイジメを止めなかったら。もしもあの日、夢を見つけることが出来なかったら。

 自分以外の立場なら大袈裟かも知れないって思う。でも、大きな分岐点は確かに存在する。

 わしだってそうや。先生だって、これを読んでるみんなだって。大きな分岐点を超えて今ここに立っている。神様も悪魔も妖怪も、騎士もお姫様も。種族や育ちは違っても、誰かを楽しませることが出来る凄い人になっている。

 あの日の出逢い、出来事が今を作っている。そんなわしの物語。








 何も面白く無かった。頑張る目標を持った奴らがとてつもなく眩しく見えた。俺はそんな柄じゃない。ただ、一人で桜を眺めるのが大好きやった。

 成績は悪かった訳じゃない。ただ、授業態度は悪かったかも知れない。居眠りや遅刻は当然のようにあった。ただ、優れた成績のおかげで何も言われて来なかった。


「サボりは感心しないなぁ」


「……誰ですか?」


 時計の針は十一時を指していた。眠気を優しく運ぶ春風に吹かれながら中庭に生えている桜の木の下で何も考えずに寝転がっていた。静かな空間。一人きりで見る桜が好きなのに、誰かに話しかけられてしまった。

 誰かと話すのは嫌いだ。自分の時間を潰されたから尚更嫌いだ。


「風紀委員長の天使(あまつか) 恋桜(れお)です。キミは?」


「幸永 芽愛です……何ですか? お説教ですか?」


「ううん。ボクもサボりだしね」


 微笑みながらそう言った彼女は少し変わっている。一人称が『ボク』だし、風紀委員長なのにサボりを容認してるし。風紀委員長本人もサボってるし。


「葉桜眺めるなんて変わってるね」


 あなたには言われたくないって言葉をグッと呑み込んで無視をした。


「良いんだよ。風紀って言うのは誰も傷付かない為のモノだから!」


「それは自論でしょ?」


「うん……でも、ボクが風紀だから! ボクの決定こそが風紀になるんだよ!」


「凄い暴論ですね。まぁ良いや」


 不思議な感覚だ。この人と話していても嫌な気にならない。否定されないから? 命令して来ないから? 分からない。でも、悪い気はしない。


「じゃあ、ボクはもう行くよ」


「あ、はい」


「……この世界はキミが思ってるより面白いよ」


 最後に分かったように呟いた風紀委員長は走って校舎へ入って行った。あの人は俺の何が分かるって言うんだ?

 妙に見え透いたような言い方に、言い表せない感情が胸を埋め尽くした。

 何も変わらない日常。高校生活だってそうだ。桜はもう緑に染められている。自分の好きな色じゃない。でも、この桜は確かに自分の好きなモノなんだ。


「何も変わらない。これが俺の日常なんだ」


 何に言い聞かせる訳でもない。ただ、自分で確認するように呟いた。それで良いんだよ。


「……なんで居るんですか?」


「キミが居ると思って」


 翌日の午前十一時。青空の下に咲く葉桜。その下で寝転ぶ風紀委員長が見えた。

 そんな笑顔を見せられてもこっちは不愉快だ。


「ほら、スカート汚れてますよ?」


「あぁ……うん。良いの」


 風紀委員長が身だしなみに気を遣わないのはどうなのか。なんて聞いてもきっと答えは決まっている。


「ん?」


「いや、何でもないです」


「そっか。うん。答えは決まってるよ」


 何でも見透かすような言い方。また何とも言えない感情が胸を埋め尽くす。


「ボクが、ボクこそが風紀だからね」


「はいはい。静かにして下さい」


 何が楽しいのか分からないけど、彼女はよく笑う。俺にはよく分からない。


「キミ、担任の先生に怒られるよ?」


「青原先生は生徒に興味はないので怒られないです」


「ハッキリ言うね? キミやっぱり面白いよ!」


 本当に分からない。


「キミはきっと誰かを笑顔に出来るよ!」


「そんなこと出来ないです。俺は何も…出来ないんで……」


「ううん。キミは絶対出来る。だって、ボクがこんなに笑ってるんだもん!」


「勝手に笑ってるだけでしょ?」


「そうかもね!」


 唐突に立ち上がって校舎へと入って行った。明日はもう来ないだろう。


「午後くらいは授業出ないとな」


 六限目の授業を受ける為に教室へと戻る。黒板には大きく『自習』って書かれている。


「出席、付けといて下さい」


「面倒くさいから全部出席扱いにしてる」


「……ありがとうございます」


 教卓に突っ伏して寝る担任はいっつもこうだ。生徒に関心なんてない。何がありがとうございますなのかは分からない。適当な返事だ。


 何もしない。ただ、満開の桜が観れる来年の春を首を長くして待つだけ。それ以外はどうでも良い。桜を見たところで何が変わる訳じゃない。


「じゃあホームルームするから席に付け〜」


 授業の終わりを告げるチャイムで目を覚ました先生は気怠げに伸びをして仕事をし始めた。


 放課後、特に意味は無いけど校舎をぶらぶらと歩いていた。夕焼け空を眺めながら静かな空間で一人きり。この空間が大好きだ。


「鬱陶しいんだけど?」


 嫌な言葉。関わるとロクなことがないに決まってる。そう振り返った時に聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「ごめんね。ボク、何かしちゃったかな……?」


「……っ」


 俺には関係ない。彼女を罵倒する男女の声。何も聞こえないフリをしてその場を後にした。俺は何も見てないし、聞いていない。




「やあ、偶然だね」


「……そうですね」


 決まった時間、決まった場所に彼女は決まって現れる。


「スカート、汚れてますよ」


「ボク洗濯が苦手だから汚れが落ちてくれないんだよ」


 嘘吐き。全部知ってる。洗ってもキリがないこと。


「なんで俺に話しかけるんですか?」


「…………キミが退屈そうにしてたから。世界は面白いことで溢れてるんだって教えてあげようと思って!」


「俺は変化が嫌いなんです」


「チャレンジも大事だよ? 試しにその長い前髪をバッサリ切って髪型変えて見たら?」


「嫌です。人と目を合わせるのが嫌いだから前髪で目を隠してるのに」


 いつも目を輝かせて話す彼女。あの時の風景が不意に頭を過ぎる。


『ごめんね……』


 俺には関係ない。これは彼女の問題だ。


「ボクはオールバックとか結構好きだよ?」


「そんなこと言われても知りませんよ」


「そっか」


 彼女はいつも唐突に立ち上がって何も言わずに校舎へと入って行く。


「六限目だけ出ないとな」


 何も決まりはない。ただ理由もなく最後の授業だけ出る。何の変化もないルーティンだ。


「幸永」


「青原先生……何ですか?」


「プリントを文芸部の部室に運ぶの手伝ってくれ」


「……分かりました」


 断る理由を探す方が面倒くさい。


「はい、これで良いですか?」


「おう。ありがとうな」


 気怠げに欠伸をして職員室へと戻って行った先生。


「俺も帰らないと……っ」


 あの時と同じ声が聞こえて来た。俺は関係ない。俺は……関係ない。

 そんなことはもう日常茶飯事なんだ。俺が止めたところで何も変わらないんだ。


「おい」


「はい?」


 最悪だ。いつも通り帰ろうとしたら、先輩の一人に止められた。


「お前、天使とよく話してるよな? お前も俺らに痛め付けられたくないなら考えて行動しろよ」


「すいません。気を付けます」


「まぁ良いや。お前も俺たちが痛め付けてやるよ」


 下衆な笑い声に包まれた。本当に、本当に可哀想だ。複数人でしか行動出来ないこいつらが。


「ダメっ!! この子は何も関係ないでしょ!?」


「邪魔なんだよっ!!」


 突き飛ばされる彼女を見て何かが、何も変わらない日常の何かが音を立てて動き出したんだ。


「コラッ!! 何をしてるっ!?」


「良い所で邪魔しやがって……」


 さっきまでゲスな笑い声を響かせていた先輩たちはその場から散り散りに逃げ去った。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ!」


「……そうですか」


「ねぇ」


 その場に居ることが辛くて、逃げるように帰ろうとした時に袖を掴まれた。


「はい?」


「ボクは大丈夫だよ? なのに……なんで?」


 目尻に涙を溜めて震えた声で聞いて来た。


「なんで、そんな可哀想な目で見るの? ボクは大丈夫だよ? ボクは風紀委員長だ。ボクこそが——」


「分かってるっ! 本当はずっと分かってたっ! 分からないフリをしてたんだっ!! あなたが話しかけて来た理由知ってるんだよ!!」


 彼女の言葉を遮って大きな声で叫んだ。


「あなたは俺が孤独に見えたんだろ? あなたと同じだって思ったんだろっ!? あんたの性格だ、困ってる奴が居たら助けるに決まってる!! 俺が孤独に見えたなら尚更だっ!!! だって、あんたは孤独に苦しめられて来たからなっ!!!」


「……っ」


「もう懲り懲りだっ!!! 何が風紀だ!!!!」


 涙を流して俯いている彼女の横を通り過ぎて家へと帰る。流した涙と夕焼け色を忘れる訳がない。あの人のせいで俺が変わって行く。自分が変わって行く感覚は案外悪いモノじゃなかった。ただ、今までの自分に嫌悪感が湧いて来ただけだ。俺が憧れたモノは何だ。誰かを助けて笑顔にしてあげられるヒーローじゃなかったのか? お前には無理だ。お前に出来る訳がない。周りの大人の抑圧が音を立てて剥がれて行く。


「それで良いんだよ。なんだ、笑えるじゃねえかっ!!」


 俺は変わりたい。彼女は俺を助けようとしたんだ。俺は助けられた訳じゃないけど、助けてくれた。それは事実だ。


 鏡を見て全力で大笑いした。握り拳で鏡に映るしょうもない自分を殴りつけた。握り拳から滴る血と粉々の鏡。なんだかスッキリしたよ。


「おはようございます」


「お、おう……」


 一限目から授業を受けるなんていつ振りだ? 休み時間に中庭を見ると葉桜を見上げる彼女が見えた。


「じゃあ、ホームルーム終わります。気を付けて帰って下さい」


 三階にある二年生の教室を歩き回った。彼女の履いている上履きの色が二年生と同じだったから。


「すいません。風紀委員長を探してるんですけど」


「あぁ……天使さんは会ってないけど、なんか男子とかが公園に連れて行くとか行ってたよ」


 どこの公園……いや。この辺で公園なんか一つしかない。


「ありがとうございます」


 『これで良いや』『もう良いや』今まで助けてくれた自己暗示。本当にありがとう。今まで凄く助けられたよ。


「何泣いてるんですか?」


「ぇ……?」


「帰りますよ。ほら、立って。家まで送りますから」


 俯いて目も合わせようとしない彼女の手をしっかりと握って、夕焼けのオレンジ色に染まる道を歩く。泣き顔を見られたくないんだ。一言も話さないのは声が震えて泣いてくることを悟られるからだ。

 ドロドロに汚れた制服を見て、間に合わなかった自分が悔しくて血が出るくらい唇を噛み締めた。


「明日も一緒に帰りますよ」


「え……? なんで……?」


「ん〜……俺がルールだからです!」


「ボクの真似かな?」


「いいえ。俺は俺です!」


 胸を張って言えるようになった。


「天使……幸永も一緒か」


「青原先生!」


 憎しみか? いや、そんな大層なモノじゃない。単なる怒りだ。


「何しに来たんですか?」


「……偶然通りかかっただけだ」


 何もする事なく帰って行く先生の後ろ姿に舌打ちをして歩き出した。


「また明日。迎えに行きますから」


「ボク……学校に居ないかも」


「どこへだって迎えに行きますよ」


 初めて見た。大粒の涙を流して啜り泣く彼女。初めて見た泣き顔。でも安心した。彼女も周りと同じように感情があるんだ。辛いと涙を流すんだ。







「さてと……」


 ホームルームが終わった瞬間に教室から飛び出して風紀委員室へと向かった。


「……あった!」


 腕章と油性ペンをポケットに詰め込んで公園へと走った。


「お前が悪いんだよ!!」


「鬱陶しいんだよ! 調子乗りやがって」


 彼女に平気で暴力を振るう先輩たち。公園の入り口に立っている俺に気付いて意気揚々と近付いてきた。


「自分から来るとは偉いな! 褒めてやるよ!!」


 振り被った拳。殴るなら殺す気で来ないといけない。そんな中途半端な心意気だから。そんなんだから……


「うっ……!?」


 鼻を全力で殴った。殴られた先輩は半泣きになりながらパニックになっている。止めどなく流れ続ける鼻血を止めようと必死に両手で鼻を押さえている。


「どうしたんですか? お腹がガラ空きですよ?」


 うずくまる先輩の腹を思いっきり蹴り上げる。その風景を見たバカな女先輩が震えた声で叫び始めた。


「やり過ぎだよ! うちら遊んでただけじゃん!!」


「あ? だから俺も……わしも遊んでるだけやんけ!!!」


 腕章に書かれている『風紀』のも時に大きなバッテンを引いて右腕に着けた。


「わしが『風紀』やっ!!! わしの拳こそ『風紀』やっ!!!!! 文句のある奴らは全員わしが風紀を持って制する。かかって来いや!!!」


 その言葉を聞いた瞬間に彼女は大笑いし始めた。


「ボクの真似でしょ?」


「いや、わしのオリジナルです!!」


 手に付いた真っ赤な血。前髪をかき上げて後ろへと流した。決して彼女が好きだからやった訳じゃない。オールバックの方が目を見やすいし殴りやすい。


「後ろっ!!」


 彼女の叫び声で振り返ると金属バットを振り被ったゲスが居た。


「死ねっ!!!」


「そんなんでわしが死ぬかっ!!!」


 受け止めようとしたけど何か様子がおかしい。


「天使、無事か? 幸永居るから大丈夫やと思うけど」


 金属バットをチョキで挟んでる青原先生が居た。再び湧き上がる強い怒りの感情。


「今更何しに来たんじゃっ!!!」


「生徒を守りに来た」


「綺麗事抜かすなやっ!! お前がっ!! お前らがしっかりしてないから彼女はっ!!!」


「お前の言う通りや。幸永。俺らがクズやったせいで天使は傷付いた」


 チョキで挟んでる金属バットが軋む音を立てて曲がり始めた。


「俺は面倒くさいこと嫌いや。みんなワイワイ笑い合ってくれれば仕事しなくて済んだのに……っ!!」


 金属バットは真っ二つに切れて地面に落ちた。


「青原先生はずっと庇ってくれてたんだよ。でも青原先生が他の先生たちから煙たがられてるの見て距離を取ってたんだよ」


 そう言うことか。何も知らんかった。


「お前がそういう奴やって勘違いして悪かった。わしに協力しろ」


「断ったら?」


「お前が断ることは絶対ない!!」


「……分かってるなぁ。まぁ死なへん程度にしろよ」


 取り巻きは散り散りに逃げて行った。さっきまで高笑いしながら彼女に暴力を振るってた奴らは震えてその場から動けなくなってる。


「動かん的ってほとんどサンドバッグやんな。先生わしに授業してや。サンドバッグの殴り方」


「たまには良いか。良いか、こうやって殴るんや」


 震えて逃げ出しことすらしない生徒の顔面を全力で殴る先生。気に入った! 型破りなのは大歓迎や!!


「せいっ!! こんな感じ?」


「ええ感じや。あとは練習繰り返せ」


 結局、集団でしかイキがることが出来ない可哀想な集団だってことが証明されたな。


「助かったよ。ありがとう幸永くん!」


「初めて名前呼んでくれたな」


 久しぶりに彼女の笑顔を見て安心した。やっぱり彼女は笑顔が一番似合う。


「幸永」


「なんや?」


「その腕章。生半可な気持ちで着けてないよな?」


「当たり前。これからはわしも風紀委員として委員長のサポートさせてもらう。良いよな?」


「ぇ……うん!! ボクが許可するよ!!! よろしくね!!!」


 わしの手を両手で握って嬉しそうにぴょんぴょん跳ねてる。


「わしは風紀委員の仕事分からんから一から教えて欲しい」


「任せてよ! だってボクは風紀委員長だからね!」


 これからもっと面白いことが起こりそうや。委員長が言ってた『この世界はもっと面白い』って言葉。やっと理解出来たよ。


「俺は先帰るわ。気を付けて帰れよ」


 白衣に付いた血に溜息を吐きながら先生は帰って行った。


「帰るよ!」


「あ、うん!」


 手を繋いで帰るのはこれが二回目か。昨日と違って笑顔の委員長と帰る道は何かよく分からないけど楽しかった。














「芽愛くん!!」


「はいはい。今行きますって」


 学校の風紀を正すのは風紀委員の仕事や。今もこれからも、ずっとずっと同じや。


「風紀委員がそんな事して良いのかよ!?」









       ボクが

「え? だって    風紀だし!」

       わしが

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