序文:決めた、今日からモテることにする。
『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』
ポール・ゴーギャン
序:「人間はなんのために生まれて来るのか」
君は自分が生まれてきた意味を知っているだろうか?
誰かを助ける事? この世界をより良くする事? ビジネスで成功し、なりたかった自分になって自己実現? 自然に回帰し田舎で自給自足生活、お金に振り回されない精神的に豊かな暮らし? いやいや歌でメッセージを届け大ブレイクしてGET RICH、サクセス!!!
違う。
それらもやりたかったら勝手にやればいいが、それが生まれてきた意味かと問われれば圧倒的に間違っている。そんなものは趣味の領域で、やりたい奴はやればいいし、やりたくなければやらなくていい。ただそれだけのものだ。
では、人生において真にやるべき事は何か。
賢明な諸氏はもう気づいているだろう。そう、それはモテることである。
僕らはみんな、モテるためにこの世に生を受けたのだ。
I:「人間よ、おごり高ぶるな」
この時点で読者の99%と心の距離が600マイルは遠ざかった音が聞こえたが、構わずに進める。人生においてモテる事の大切さ、否、人生そのものがモテるためにある、という理を理解できない駄犬共に用はない。
未だにこの文章を読み続けているヒマなあなたは今思っているだろう。「なぜそう断言出来るのか?」
もちろん明快かつ論理的な根拠がある。あなたも大概ヒマだが、幸い私はもっとヒマだ。ヒマに免じて、特別に教えてあげる事にする。
「人生とはモテるためにある」これを今否定しているあなたは、逆に「なら、人はなんのために生まれてきたの?」と問われたならば答える事が出来るだろうか?
「我々はどこから来て、どこへ行くのか」これは文明の勃興以来、人類が数千年に渡って問い続けてきた永遠の命題である。その問いの答えとして、ある者は哲学を産み、ある者は神に全ての決定を委ねた。
ただ、それでも人類は未だその問いへの答えを見つけ出せずにいる。現代でも多くの人が悩み、時に迷い続ける事に疲れ、自ら生を投げ出す者さえいる。
私は思う。人は進化の過程で知恵を手にし「思考する」という事に関して他の生物を大きく引き離して発達した。だが、どうだろう? 人間の思考が発達した結果、果たして人間は他の生物よりも幸せになっただろうか?
答えは、否だ。人間以外の生物で、自ら生をはかなんで命を断つ生物をあなたはどれだけ知っているだろうか? 人間は他のどんな生物よりも賢くなったが、その結果、人間は他の何者よりも惑い苦しむ事となった。果たしてそれは幸せと言えるだろうか? あなたはペットのジャンガリアンハムスターをしげしげと眺め「俺も悩んでいるけど、こいつほどじゃないかな」と思った事があるだろうか? あるとしたら、良い病院を探してすぐに受診した方が良い。
つまり、人間は智能が発達する過程の中で、どこかで勘違いをしたのだ。
人間も他の生物も、もともと同じただの動物である。なのに人間だけが賢しく自分たちは特別で、生きる意味が必要とか思い込んだだけなのである。
あなたはカブトムシがなんのために生きているのか問われたら、どう答えるだろう?
答えはシンプルである。交尾して繁殖するためだ。
そのため雄は競争を勝ち抜くようツノを大きく進化させ、あのような形状になったのである。雌はツノの大きな雄を強い雄として繁殖相手に選ぶ。カブトムシ以外も同じである。セミはなぜ泣くのか? クジャクの羽根はなぜあんなに派手なのか? 答えは一つ、雌に選ばれるためである。つまり、全ての生物はモテるために進化をし、モテるためだけに行動しているのである。
いくら賢くなったとは言え、結局は人間もただの動物なのである。であれば、人間がなんのために生きているかという問いの答えは自ずと知れる。
そう、モテるためである。
II:「決めた、今日からモテる事にする」
さて、ここで一つ大きな問題がある。
私は人間が生きる意味、つまり真理にいち早く気が付いた人間だ。釈迦やキリストと同じランクと言ってもいい。ただ釈迦やキリストと比べ、私が異なっている事が一つだけある。
釈迦やキリストは、ただ良い事を言っていただけではなく、それを自ら体現していた。だから彼らには多くの人々が付き従ったし、千年を超えてその教えは残ってきたのだ。
私もまた彼らと同じく真理に辿り着いた者ではあるが、いかんせん私はモテない。
とにかくモテない。既になかなかイイ歳なのだが、これまでの人生、一度たりともモテ期が来た事がない。誰だ「誰にでも人生で三度モテ期がある」とかいい加減な事を言い出した奴は。そいつはモテる奴だったに違いない。背教者め。地獄に落ちるがいい。
しかし、モテる奴が死後、地獄に落とされたとしても、今生で私がモテる事には繋がらない。モテる者たちに神罰を祈り求める前に、まず自分がモテるようにならねばならないだろう。そう、私はモテたいのだ。
私は今日この日をもって、モテることにする!!
ⅲ:「なぜ、私はモテないのか」
確かに私はイケメンではない。スタイルだってよくないし、運動神経も悪ければ歳だって若くない。ついでにお金持ちでもなければ、ファッションもいい加減。趣味と言えばアニメ、ゲーム、歴史、野球観戦である。
・・・自分で客観的に見ても、モテそうにない。
この宇宙で起こりうる全ての事には原因があって結果がある。そう、因果律だ。
つまりモテるにはモテる理由(因)があり、その帰結(果)としてモテるのだ。つまり、逆説的に考えれば、モテないには、モテない理由が必ずあるのだ。
ここまでを見てもらえればわかるように、私には余人の知り得ぬ真理にいち早く辿り着くだけの抜群の知性がある(ような気がしている)。モテない理由を全て羅列し、それを全てひっくり返せば、すなわちモテである。モテるとはなんと簡単な事なのだ! どうしてみんなモテようとしないのか、意味がわからなくなってきた。
では、ここで「モテない理由になること」を箇条書きにしてみよう。
1:顔がよくない
2:スタイルがよくない
3:頭がよくない
4:性格がよくない
5:体力がない
6:お金がない
7:面白くない
8:清潔感がない
9:ファッションセンスがよくない
10:趣味の人受けがよくない
大きく見てこの10個だろうか。
つまり、この10個をひっくり返せば、すなわちモテである。
次の記事からは、これら10個をいかにして「モテ」側に転じるべきか、ひとつひとつ考察していこうと思う。これでもうモテる日は近い。モテたら速攻でこんなクソ文章は黒歴史として抹消し、なかった事にしようと思う。