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アカイロ

作者: およよ

 何故、僕は彼女と共にいることを選んだのだろうか。

 他者と関わることに意味を見いだせず、ただ自己完結を繰り返してきた。そんな僕が彼女とのみ交わることを望んだのは何故だったのだろうか。

 

分からない。その感情が僕にとってあまりに未知で、あまりに不可解だったから。

 ただ、自らの内を揺らす波紋が僕には少し、心地よかった。



僕が彼女と出会ったのは、高校一年の冬だった。あまりに時期外れの転校生に、しかし誰も近づくことはしなかった。

 おそらくそれは、彼女の特異な『見た目』故なのだろう。

 車椅子に座った彼女に片足はなく、服から覗く肌はアカく爛れていた。それは顔もまた例外ではない。顔の右半分も同じような惨状であった。

 周りの生徒も教師も彼女を腫物でも扱うように、近づこうとも触れようともせず、しかし遠巻きに見る彼らの瞳は、あまりに好奇に満ちていた。

 その時は僕自身も、彼女に関わることもせず、また関わりたいとも思わなかった。

いや、僕の場合は彼女に対してだけではない。僕もまた彼女と同様に孤独であった。それは僕自身が望んだことであり、そして周囲の全てが望んだことであった。



僕が彼女と関わることになったのは、それから数か月たった二年の春だった。

その頃は既にクラスも変わり、彼女を思い出すことすらなかった。



それは夕方、学校からの帰り道、前方に車椅子で進む彼女を見た。そのときは何も思わなかった。そもそも彼女が彼女だと気付きもしなかった。

ふと見ると彼女は車椅子から放り出されていた。車椅子の車輪の片側が溝に嵌ったようだ。

倒れこんでいる彼女との距離が縮み、その制服とそしてその肌が見え、僕はやっと彼女だと気が付いた。  

僕と彼女の間に誰も居なかったわけではなかった。手を貸そうとするような、気を使ったような人もいた。だが、彼女の顔をその肌を見た瞬間、焦ったように、何事もなかったかのように通り過ぎる。

僕もまた、彼女に手を貸そうとは思わなかった。

気付かない振りをして、見えない振りをして、ただ無関心に通り過ぎる。そのつもりだった。 

何故だろう。僕は手を差し伸べた。

対する彼女の瞳は、戸惑いとそして怯えの色を映していた。しかし、彼女のアカくか細い手は震えつつも躊躇いつつも、確かに僕の手を取った。


決して、良心からの行動ではなかった。

自己満足の為といえば、そうなのだろう。ただ、その行為によってどうして満足を得られるのか、その時の僕には分からなかった。


僕は彼女を家まで送ることにした。彼女は何度も遠慮の言葉は口にしたが、その中に拒絶は存在しなかった。だから取り合わないことにした。


二人の間に会話はなかった。


車椅子を押しながら見た夕焼けは、いつものようにアカかった。


    *


私が彼に出会ったのは高校一年の冬でした。

見た目や体のせいで前の学校にいられなくなった私は、季節外れの転校をしました。前の学校に友達なんて一人も居なくて、ただ両親に迷惑を掛けてしまったことだけが心残りではありました。

彼は私が転校して入ることになったクラスの一人でした。

彼のことは少しだけ気になっていました。

私を見る彼の目が他の誰とも違ったからです。多くの人たちのように憐みも好奇も侮蔑もそして忌避もなく、かといって両親のような優しさもない。彼の目はあまりに無だったのです。

私は当然のように孤独で、そしてそれと同じように彼もまたずっと一人でした。

 何故なのか私には分からず、だからといって誰かに尋ねることも、ましてや彼自身に尋ねることなんて私にはできませんでした。

 彼は私に似ていて、でも圧倒的にかけ離れていたのでした。



 月日は流れ、新学期が始まり、彼とは別のクラスになり、同時に私が彼について考えることもほとんどなくなりました。

 そして私は今まで通り、孤独の中にただただ埋もれていきました。

 


 その日はいつも以上に憂鬱でした。

 両親にどうしても外せない用事ができ、迎えに来れないとのことでした。

「休むか?」と言ってくれる両親に私は「大丈夫だから」と言いました。

本当は大丈夫ではありませんでした。学校から家までそれほど距離があるわけではありませんが、それでも私にとってその道のりは過酷です。だけど、今まで両親にかけてきた迷惑を思うとそう言う他ありませんでした。


帰り道、当然の如く一人です。

うろ覚えの道を進みます。進んで進んでただ進んで、このまま誰も居ない場所に行けたならどれほど楽だろう。

そんなとりとめのないことを考えていたからでしょうか。車椅子の車輪の片側が溝に嵌り、私は転倒してしまいました。

こんな時周りに人がいることが何よりも、嫌でした。

私を見る彼らの目、同情が忌避へと変わっていき、そして速くなる歩調。罪悪感さえもがこみ上げてきて、消えてしまいたいと、強く思いました。

そんなとき、こんな私に手を差し伸べてくれる人が現れました。私の顔が見えなかったのでしょうか。私は顔を上げその人の顔を見ました。きっと忌避と嫌悪に変わるのであろうその顔を。

しかし、その人の表情は全く変わりませんでした。

久しぶりに見た彼の顔は、数か月前と同じように無表情で無感情で私は少し、安心しました。


彼は、家まで送ると言ってくれました。そんな彼の優しさがうれしくて、そして恐くて私は断りました。しかし彼は、そんな私の言葉を聞かず車椅子を押し始めました。

互いに何か話すわけでもなく、ただ道を教える私の声だけがありました。


空をアカく染める夕焼けを私は、見上げることもできませんでした。


    *


それから僕は学校でも彼女と関わるようになった。といっても、たいしたことはしていない。会えば挨拶をして、時々手を貸してその程度だ。しかし、そんな中で彼女が時折、戸惑いや憂いの中に見せる喜びが、僕の中に揺らぎを与えた。


自分の彼女に対する感情に、僕はまだ名前を付けることは出来ていなかった。


 

それから、また数か月が経った。

僕と彼女の関係はあまり変化していない。それでも、少しずつ言葉を交わすようになった。お互いあまり喋らない方だからか、その多くを沈黙が占めていた。

それでも僕たちは、一人から二人になっていた。


ある日、彼女がおずおずと聞いてきた。


「あなたは私が気持ち悪くないんですか。」


「気持ち悪い?」


「この醜い肌が、この足の欠損が・・・。」


そう言う彼女の表情は悲痛と恐怖に染まっていて、だから僕は正直に話すことにした。


「僕には、分からないんだ。」

分からない。

「何をもって醜いと、そして美しいとするのか、僕には分からない。」

 それが僕の本音、偽らざる僕の本性。

「だから君に対して、君の肌や足に対して美しさも醜さも感じられない。」

 感じないのではなく。


 そう言うと彼女は、

「あなたらしいですね。」

と、そう言った。少し頬を緩ませて。


     *


彼と少しずつ話すようになりました。といっても、二人とも会話というものに慣れていないせいか何とも拙く、たどたどしく、その多くを沈黙が占めていました。

 その沈黙を重く感じたこともありました。だけど、それもまた自分が孤独じゃないことの裏返しなのだと思うと嫌ではありませんでした。


 ある日、私はずっと訊きたくて、ずっと怖くて訊けなかったことを彼に尋ねました。


「あなたは、私が気持ち悪くないんですか。」

それは自分の傷口を抉るような行為で、それでも聞かずにはいられませんでした。あるいは、綺麗なだけの夢ならばできるだけ早く醒めて欲しいとそう思ったのかもしれません。

でないと、そうでないと、きっと壊れてしまうから・・・。


「気持ち悪い?」

 彼は、何のことか分からないというように訊き返してきました。だから私はまた尋ねました。

「この醜い肌が足の欠損が・・・。」

より詳細に、より自虐的に、


「僕には、分からないんだ。」

 返ってきたのは彼らしくないはっきりしない言葉で、もしかしたらそれが彼の優しい同情なのかもしれないと、そう思うと私は・・・・・死にたくなりました。

 多くの人達に同情の目で見下されようと受け入れ続けてきた私にとってただ一人、彼にだけは、彼の私を見る瞳が同情に色に染まることだけは、耐えられそうになかったのです。

 しかし、彼の言葉はそこで終わりではありませんでした。


「何をもって醜いと、そして美しいとするのか、僕には分からない。」

 彼の言う偽らざる本音は、あまりに冷たく無機質で、

「だから君に対して、美しさも醜さも感じられない。」

 そんな人間味のない彼の言葉に私は、泣きたいほどの安堵とそして幸福を感じたのです。


    *


その日から彼女と過ごす時間は増えていった。

彼女は僕の傍を離れようとせず、そして僕はそのことに歓喜も忌避も感じない。いや、僕はきっとそのことに対してプラスの感情を持っているのだと思う。

僕らはまるで『人』という字のように、僕がただ支え彼女がただ支えられるような、そんな関係で、それでも、僕は彼女の束縛を拒絶していないのだから。

そして、僕たちの関係が成立している以上、天秤はきっと釣り合っているのだと思う。


 

 何故僕は、彼女と共にいることを選んだのだろう。

 その問いに対し、今もまだ答えを出せたわけではない。ただ一つ思うのは、彼女が孤独だったからではないかということ。

あの日、あの夕焼けに染まった帰り道。彼女の寄る辺なく、弱々しく、一人では立つことも出来ず、また一人として支えてくれる人もいない、そんな姿が僕にとって何らかの意味を持つものだったのではないだろうか。

 

そして今、隣でただ僕にのみ依存するような彼女の姿を見て僕は一層、心の揺らぎを得るのだった。




 学校からの帰り道、僕はいつものように車椅子を押しながら、アカい夕焼けを見上げる。 

 

その美しさも解らぬままに・・・。




                                     (終)


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