第八夜 天国と地獄は紙一重
ちょっと短めです。
ゴリラはうめき声をあげて、あえなくタップ(ギブアップの意思表示として相手の体の一部を数回タッチすること)した。
「あんなゴリラが、氷目に勝てるかよ。体術なら俺より上だからな。あいつに勝てるのは兄貴か明勇のレジェンド姉弟ぐらいだろうな」
「んな!?」
思わず変な声が出てしまった。これはご丁寧に解説してくれている虎に対してではない。俺の視線は別の所にあった。
あろうことかタップの位置は氷目のお尻ではないか。というか、極められていたゴリラの腕は氷目の胸辺りになんとなく触れていなかったか。
氷目は無表情で相手を締め付けていた技を解いた。恥ずかしがってる様子はない。
一方、ゴリラは腕と肩をかなり痛めたらしく、解かれた今でも呻いている。
ゴリラを一瞬羨ましがった自分に反省したい。
「ちくしょう!油断した。次はこうはいかねぇぞ。覚えてろよ」
漫画などで実力差があり、負けた雑魚が逃げる時のお決まり捨てセリフを吐き、うほうほと立ち去った。
氷目はゴリラが立ち去る後ろ姿を見ていたが、突然、俺達に向かって目線を合わせた。
「見ている。虎?…喫茶店…サボり…お仕置き必要」
なんと、氷目はそのまま胴着姿で道場を猛ダッシュして出て行った。
(確かに今、氷目は見ていると言ったよな。まさか、ばれているのか!)
さすがのサキュバスもこれには驚いたようで言葉に詰まっている。
「むぅ、これは虎さんの気配を察したようですね。天晴れ」
何が天晴れだ。これは虎に話を…てか、いない!
「逃げたな」
「忍者だけにドロンですねぇ」
上手いこと言わなくてよい。とりあえず、支払いを済ませなくては。
(コーラ二杯にクッキーっと。五百円あれば足りるだろう。逃げた虎には明日法外な請求をかけてやるが)
「げん爺っ!ちょっと急用思い出したから帰るわ。お金置いとくから釣りとっといて」
レジのとこにポンと五百円玉を置く。奥の住居の方から聞こえたげん爺の「あいよ」という声と同時に、俺も猛ダッシュで店を出た。巻添えはゴメンである。
しかし、この言葉はこの為にあったのだな。
『時、既に遅し』
店を出た俺を待っていたのは、汗ひとつかいていない胴着姿の氷目だった。
(嘘だろ。学園からここまで三百メートルはゆうにあるぞ)
「酒谷、虎はどこ?」
いつもの静かな口調と冷たい視線は俺のチキンハートを屈服させるに充分過ぎるほどだった。
(さっき、あんなの見せつけられたからな。しかし、ここで親友をかばってヒップアンドパイタッチを…)
サキュバスの視線を感じる。虎、すまんな。
翌日、顔面ぼこぼこになった虎が松葉杖をついて登校していた。
俺は虎に昨日のコーラ代をおごる事にした。
女性は強いのです。
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