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rainy day  作者: 高山小石
1/3

1.雨の中、人を待つ猫

「みゃ~あ(まったくイヤな雨だぜ)」


 古ぼけた空き家の軒下ではろくに雨宿りもできやしない。

 少し前から降りだした雨が地面に落ちて泥水を飛ばす。早くも俺の自慢の白い腹毛は土色だ。俺はできる限り壁にすりよった。

 猫にとって、七月でも雨は命取りだ。

 ま、俺は死んだところで、新しい身体に変わるだけだけどな。問題は、新しい身体になると柄が変わってしまうことだ。今日だけは、いや、あと数時間だけは絶対に、この身体を維持しなくては。

 意気込む俺の足先は、すでに四本とも泥で汚れている。

 くそっ。最悪だ。早くここから出たい。早く、早く来てくれ。

 激しい雨で視界の悪い小道に目を凝らしていると、小さなものが軒下に飛びこんできた。


「チュン(ついに百人目。うまくいきそうですか)」


 うるさいのが来やがった。

 なんてことのないスズメの姿をしているコイツは、俺のお目付け役だ。いつも、どこからともなく飛んできては、口を挟んでくる。


「しゃ――っ(あったり前だろ! 百人目ともなればいい加減コツも覚えるっての!)」


 爪を出した俺の前足をひらりとかわし、おしゃべりスズメはステップを踏んだ。


「チチチ(世界中、まわりまわって千年ですもんねぇ。そりゃ慣れもしますか)」


 そうだ。あれから千年も経ったのだ。

 今はキュートなシマ猫の俺。だが千年前、俺サマは支配者階級ピラミッドの頂点に君臨する一人だった。

 ま、平たく言えば王様だ。

 頂点を極めた俺サマは、欲望の限りをつくした。

 世界中から選りすぐりの衣や宝石を集め、ありとあらゆるモノを食べた。建てた城は、柱の彫り、天井の模様といった内装の細部から庭の植木までこだわった逸品で、並ぶものはないくらい豪華で美しかった。

 毎日が飲めや歌えのお祭り騒ぎ。

 そんな生活にも退屈してしまう時がある。

 そこはかしこい俺サマ。良い解決方法を知っていた。

 人間で遊ぶのだ。

 例えば、呪術者に「今すぐ雷を鳴らせ」と命じてみたり、踊りの名手に目隠しをして塀の上で躍らせてみたり。当然チャンスは一度だけ。失敗すれば、趣向を凝らした拷問にかけて楽しんだ。

 とまぁ、栄華を極めた俺サマも、臣下に裏切られてジ・エンド。

 あっけない最後だった。

 傷心の俺サマに、このおしゃべりスズメがやってきて(まぁその時はスズメの姿じゃなくて、それなりに神々しい姿だったけど)、のたまった。

「汝、罰を受けるべし」

 俺サマは聞き返したね。

 悲惨な最期を遂げたのだから、むしろ幸せの国へ連れて行ってもらえるんじゃないのか、と。

 スズメは言い直さず、死んだはずの俺サマには、面白くない日々が待っていた。

 時の止まった場所で、今まで俺サマが命令したことをそっくりそのまま命令された。ご丁寧に、失敗した後の仕打ちも同じだった。

 違うことと言えば、俺サマは何度でも生き返らされたことだ。すでに死んでいるから、これ以上は死ねないのかもな。

 でもまぁ実のところ、拷問を受けてもそう辛くはなかった。俺サマは、拷問に耐えることも得意だったからだ。

 すべての命令が終わると、スズメが言った。


「汝、猫の姿となって、一年間人間に飼われるがよい。ひとたび別れ、十年後、その人間に再び出会い、飼われていたときの名を呼んでもらえれば、よし。呼ばれなければ、やりなおし。それが百回できれば、汝が人間に転生することもかなおう。できなければ、この空間で永遠を過ごすことになろう」


 バカな話だと思った。

 十年を百回。単純に計算しても千年かかる。

 けど、さすがに耐えることにも飽き飽きしていた俺サマは、猫になることにした。正直、時間がかかるだけで、簡単すぎる条件だと思ったのだ。


「みゃ(実際、ラクショーだったけどな)」


「チッ(初めは失敗の連続でしたけどね)」


 う……確かに初めは失敗もしたさ。

 猫になるなんて初めての体験だし、失敗もするだろうよ。

 ま、それもすぐに、うまくなった。俺サマはかしこいんだ。


「チチ(同時進行や態度に、問題有りですよね)」


「みゃあ(今さら『取り消す』とか言うなよ)」


 たった一人に十年も割けるかってんだ。途中から、数人同時進行して時間の無駄を省いた。それでも無駄足を踏んだけどな。

 いくら俺サマとはいえ、ターゲットが途中で死んだり引っ越したりすることは予想できない。

 下手なターゲットを選んだときは、虐待の末あっさり殺された。俺サマの思考は人間でも、力は普通の猫程度しかないんだよ。

 それからはターゲットの選別にも気を使うようになった。

 再会のチャンスは、十年後のその日一日だけだ。特徴的に振舞わないと、人間だって十年どころか一年も経たずに忘れられるぜ。せっかく思考は俺サマのままなんだ。人間らしく頭を使わないとな。『ちょっとスゴい猫』なら、変に利用されず印象に残る。その加減さえつかめば楽勝ってもんよ。

 加減をつかむまでが大変だったけどな。

 アピールしすぎた時なんかは、一年経って一旦離れようにも軟禁状態で出られなかった。その時点で失敗確定だってのに、同時進行中の他のターゲットに会いに行くこともできず……。

 あの虚しさったらないぜ。閉じ込められた部屋で、できるのは時計の針を見つめるだけ。俺サマの貴重な十年がこの瞬間で無駄に……って切なかったなぁ。隙をみてなんとか逃げ出したけど。あれにはホント参ったぜ。

 千年でちょうど百人。トントンになったのは偶然だろう。

 そんな苦労も今日で終わる。もうすぐ百人目の人間が、前の小道を通る。俺サマは晴れて自由の身になるのだ!

 百人目ということもあるが、今回のターゲットにはこれまで以上に自信がある。

 この千年間で、俺サマはサトったね。思い出してもらえるかどうかは、出会いにかかっている。初めがカンジンってやつだな。もちろん一緒に過ごす一年間も、印象を深める重要な期間だ。

 基本は『従順なペットよりもワガママがウケる』。ワガママと言っても、傍若無人ならいいってもんでもない。適度なワガママで、たまに甘えること。

 ここで間違えてはいけないのは、『ターゲットのみに甘える』ってトコだ。『ターゲットのみ』は最重要ポイントだぜ。

 百人目は、偶然にも出会いが劇的だったし、今までの集大成として、一年間ソツなく過ごした。失敗する可能性は万に一つもない。本当に長い道のりだったが、ついに今日、俺サマは人間に戻れるのだ!

 くくく。人間に生まれ変わったらどうしてくれよう。

 まずは以前のような生活ができるように、のしあがるところから始めないとな。

 誰だって初めから高い地位にはいない。のし上がるには、まずなにから始めようか。

 千年間で世界は劇的に変わった。昔のように力だけではダメだ。今なら株か? 俺のシュミじゃないなぁ。

 あぁ、初めは猫も面白いかと思ったけど、やっぱり人間がいい。なんだかんだ言っても、自分勝手に生活できるのは人間だけだからな。


「みゃみゃ~(はぁやく来い来い、百人目~)」


「チュンッ(来ましたよ)」


 言い残すと、スズメは雨空に消えた。

 よしっ。スタンバイだ!

 俺は降りしきる雨の中に出た。大粒に打たれ、みるみる毛が重くなっていく。気持ち悪いが仕方ない。小道の隅に座ってスタンバる。

 ここが百人目と出会った場所なのだ。

 まわりの植物が大きく育ち、変わったはずの風景も、雨にけぶって十年前と同じに見える。十年前も、こんな大粒の雨だった。


 十年前、俺は新しいターゲットを探して遠出した帰りだった。

 夏の通り雨だとたかをくくり、雨の中153番目の家へと戻っていた(不本意ながら数々の失敗のせいで百人以上と暮らしている)。

 身体に打ち下ろされるような激しい雨に、気づいたら呼吸も難しくなっていた。力尽き、小道の隅で動けなくなっていた俺を拾ったのが百人目だ。ターゲットを探していて死にかけだった俺には、願ったり叶ったりだった。


 それを思えば、今日のイヤな雨も、タイムリーな演出だと言える。

 雨に耐えていると、人影が近づいてきた。


「ユイ、今日はドラマ見てよぉ」


 そうそう。百人目の名前は「唯」だった。ま、名前なんかどうでもいいけど。


「ドラマ? ああ、あの人も出るんだ」


「そうなの。アタシ、チョー楽しみでさぁ。最近、あの人スゴイ人気出てるんだよ。今日のドラマだって、他はベテラン豪華キャストなのに、一人だけ若手で起用されてるんだから。ほんとスゴイんだってぇ」


 フン。豪華キャストがどれほどのものか。今から始まる俺サマの演技のほうが、よっぽど見ごたえあるっての。


「にぃ(おい)」


 俺はよたよたと、かよわさを演出しながら二人の方へと歩みだした。

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