人とロボット
眠りにつき、その後目覚め、再び意識が生まれることを誰が証明できるのだろうか。
皆、昨日も一昨日もそうであったから、そう思っているに過ぎない。
死なんていうものは、本当はそこかしこに転がっている。
「眠ること」と「死ぬこと」に何の違いがあろうか。
ロボットは死を恐れない。
そもそも何かを恐れることを知らない。
それは、私はとても幸せなことだろうと思う。
だけど、彼らはそれを知らない。
私はここ10年ほどロボットに関する研究にかかりっきりだった。来る日も来る日も図面とのにらみ合い。そして、ついにロボットの開発に成功した。
私が開発したロボットは、いかにも機械染みたものではない。人型をしていて、成人女性をモデルにしている。世界に存在する、あらゆる知識を彼女にはインプットしてある。たとえ、私がどんな質問をしようともそれに対して最も妥当な答えを返してくれる。さらに、ある程度の自発的な行動をさせることを許した。ある条件に沿えば行動が開始される。それはは家事だ。
私は、研究にいそしむあまり自らの生活にあまり気を配ることがなかった。だから、これを機に実生活を見直すことにしたのだ。だがそうはいっても、いままでからっきしだったこともあり、リハビリを兼ねて家事を任せることにした。
また、彼女には家事等の自発的な行動を許してはいるが、それ以外の基本的な行動は私の命令に従わせることにしている。
最終的な調整を終えたあと、ようやく私の新しい生活が始まった。
死んだ後に行くといわれる天国は、まさにこういうことを言うのではないだろうか。何をするのでも、彼女に頼めばそれで済むのだ。掃除にしても、洗濯にしても、食事であってもほぼほぼ完璧にこなしてくれる。少しぼろが出ることもあるが、その都度改良していけば全く問題はない。快適な生活を送っていた。
そして、私は頼んでいた仕事が終えるのを見ると、いつも彼女との会話を始める。
「ご苦労だったな。今日もよくやってくれている」
「いえ、私は主人によく仕えることを目的として作られたものですので、こういう働きをすることは当然のことかと。ですが、労をねぎらって頂けたことは嬉しく思います。これからも精進してまいります。何なりとお申し付けください」
「そうか。それは頼もしいな。これからも期待しているよ。そうだ、ところで最近の調子はどうだ?」
少し前に不具合を調整したまま時間が空いていたために、その後のことが気になっていた。研究を終えても、そのことが頭をよぎらないことはない。
「全く問題はございません、が……何か至らない点がございましたでしょうか。そうなのでしたら、よろしければお教えください。よりよく仕えますよう、勉強いたしますので」
「ああ、いやそうではないんだ。お前の行いに不十分な点はないよ。ただ、働くうえで不便な部分はないか、と聞きたかったんだ。わかりにくい質問ですまない」
「そんな、私に謝るようなことはおやめください。主人の意をくみ取れなかった私が悪いのです。日々の働きにおいて、問題は全くございません。ご安心ください」
「それならよかった。聞きたいことはそれだけだ」
「承知しました。それではまた用がございましたらお呼びください。失礼します」
そう言うと彼女は恭しく礼をし、静かに退室した。
彼女との生活はなんら不満のでるものと考えられないものだ、普通に考えるなら。
朝になれば目覚めたのを確認し、朝支度を終えるともうすでに食卓には朝食の用意が済んでいる。昼頃までは私が出かけている間に洗濯などの家事を済ませてくれる。そして、帰宅してちょうどよい時間帯を見計らって昼食を提供してくれるのだ。夕食に至っては、ディナーとよぶにふさわしいものが振る舞われる。私一人で生活しているころには考えられないことだ。なんといっても、ちゃんとした食事をとることはまれであったのだ。夕食を簡易軽食で済ませることも多々あった。食事の面以外でも彼女は郵便物の整理、代筆、来客の世話係、そして一番助かっているのが帳簿をつけてくれること、つまり会計係だ。前まではどんぶり勘定で一体何にひどく費やしているのか分かったものではなかったが、彼女のおかげではっきりさせることができた。酒を飲み過ぎている。来月から気を付けることにしよう。
このように私は彼女が生まれてからとても快適な毎日を過ごしているし、正直彼女なしの生活は考えられない。だがそれでも、不満がずっとある。わかっていたことだが、彼女の存在によっていっそうそれに気付かされた。
私は一人なのだ。随分前から一人だった。十数年前に家を出てからだから相当の間一人だったのだ。彼女がいるではないかと自分の中でつっこみをいれたくなったこともあるが、彼女が実質的に一人の人間として私と接したことは今までに無かったことに気付かされるだけだった。彼女は人型であるし、人間の言語を話し、私の意思を理解することもできる。
だが、それはもはや家に付随した機能でしかなかった。はっきりと言ってしまえば、家が前よりも便利になっただけの話なのだ。結局、この家には私しか存在していない。