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優勝したら賞品はお姫様でした  作者: 熊煮
第一章:いきなり妻と言われても!
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2.食事会と疑念

「あー、そろそろいいか」


 何故か積極的に距離を詰めるルナと只々困惑しているばかりのシリアが両手を繋ぎ合わせながらしばらく見つめ合っていると、ジエンが小さな咳払いと同時に割って入った。


「あ、すす、すいません!」


 思わず二人の世界に入っていたシリアはこの空間に彼女以外の人間がいることを即座に思い出し、慌てて繋がっていた手を離す。


「いや、これから夫婦となるのだから仲睦まじいことは大事なことだ。謝る必要は無い」


 「一ヶ月の間だけですけど」とは言わない。言える訳がない。あのルナの提案は、勿論ジエンやカエンにも聞こえていたはずだ。それだというのに意見や文句の一つも出ないところを見ると、元々からそういう計画が出来ていたのか、はたまたルナの自由にさせているのか。今のところシリアにはそれを判断できる材料は一つもないため、無駄な口を閉じていたわけである。


 ジエンはそんなシリアの思考を知ってか知らずか、そのまま続ける。


「ただ、もうちょうどいい時間だからな。団欒はその後でもいいだろう」


「……いい時間、ですか?」


 ジエンはシリアの問いに答えなかった。というよりは見てわからせるつもりだったのだろう。玉座から合図をだした。


「今日からグリード家への歓迎の意を込めて、大したものではないが用意させてもらった」


 本来は玉座の間でこういうことはしないのだがな、と前置きをしたジエンに、やはり疑問符を浮かべていたシリアだったが、開いた扉から入ってきた『彼ら』を見て納得した。


「っ……」


 ゴクリ、とシリアは唾を飲んだ。


 使用人が縦長のテーブルを運び込み、パーティの会場をあっという間に作ると、そこに別の使用人がやってきて数々の料理が載った大きな食膳を並べていく。


「す、すご……」


 その豪華絢爛な料理からシリアはもう目が離すことが出来なかった。


 それは当たり前というよりしょうがないことであった。


 安定した収入もなく、場合によっては一文無しになることもある旅をずっと続けていたのだ。まともな食事にありつけた数の方が明らかに少ない。訪れた国の闘技大会で成績を残し、珍しく貴族の家に招待された時でもそこでの食事には厳しい礼儀や作法もあり、また大体規模が大きいせいか満足に行くまで食べれたことはない。たまに少し大きな収入があっても、旅費や宿泊費、装備の整備、道具の購入などを考えれば食の欲望に任せて使うわけにもいかず、それこそ硬いパンに干し肉があれば贅沢であった。


 簡単に言ってしまえば、その料理の数々はあっさりとシリアの心と胃袋を掴んだのである。まだ食べてもいないのに。


「残念ながら今日はこのように人数が少ないせいで、量はあまり多くはないが好きなように食べてもらえると嬉しい」


(十分過ぎるぐらいなんですけど!)


 バスケットに入っているしっかりと焼かれた多種類のパン、まだ湯気の立つスープが入ったキッチンポット、均等に切られ魅せるように盛り合わせてある肉料理、色鮮やかなサラダ、フルーツ。まだまだあるが、とにかくシリアから見たそれはもう虹色だ。


「まずは、乾杯から」


 そう言ったのはカエンだった。彼はテーブルに用意された四つの空グラスと二本のワインボトルの様な容器の元へと近づきながらシリアに声を掛ける。


「シリアはお酒は嗜む方かな?」


「飲めなくはありませんが……」


「あまり日頃から飲んでいるわけではない?」


「そうですね、あまり好んで飲むわけでは……」


 シリアにとってお酒とはあまり縁がない物であった。


 原因としては、そもそも所持金に余裕があることが少ないため、食費の中に酒代を加えるのが実質不可能であったこと。もう一つは傭兵稼業を生業としているため、飲める機会が訪れても何かと用心をして手を付けなかったのである。実際に同業者の中には任務中に暴飲したせいで強酔してしまい、結果的に命を落とした所を見たこともある。それからは益々敬遠するようになった。


 カエンはシリアの様子から大体察したのか小さく頷くと、一方のワイングラスの中身を二つのグラスへ、そしてもう一方も同じく二つのグラスに注ぐ。


 まずはジエンにグラスを勧め、次にルナとシリアにそれを手渡す。シリアは受け取った後、軽くその匂いを嗅ぐと鮮やかな葡萄の香りが鼻腔を擽った。後々に知ったことだが、この国の名産品の一つが葡萄らしい。


「後の当主として、カエン=グリードがシリア殿の歓迎として乾杯を取らせて頂きます」


 明快な言葉の後に、彼はグラスをゆっくりと上に掲げると口を開いた。


「乾杯!」


「乾杯!」


「乾杯」


「か、乾杯っ」


 グラスから零れぬよう、シリアも真似するように掲げて乾杯をした。そのままゆっくりとグラスを口に運び、ゆっくりと飲む。


(何これ、美味しっ……!)


 見た目通りの葡萄の美しい味が喉からすっと通っていく。ずっと飲んでいたい程上等な物であることはシリアでも流石にわかった。


 グリード家の三人も同じように、しかし上品に飲んでいく。ジエンとカエンは葡萄酒、ルナとシリアは葡萄のジュースを飲んでいた。


「さぁ、今日は礼儀や作法はいらん。シリアも遠慮なく好きなように食べてくれ」


「は、はいっ」


 待ってました!とシリアは目の前の料理に飛び掛かる、ということはしなかった。正直に言えば飛び掛かりたい気持ちは精神の9割を占めていたが、残りの1割が何とか彼女を引き止めた。


 こういう時の優先順位はいくらシリアでも知っていた。というより子供でもわかっていることだ。現当主から順に偉い順に取っていく。それはつまり、この場でシリアが一番最後であるということだ。


(うぅ……)


 もどかしい。すぐ目の前には極上の料理があるというのに鎖に繋がれたような気持ちだ。


 そんな様子でソワソワモジモジしているシリアを見て、ジエンは苦笑していた。彼は苦笑しそうになるのを抑え、ルナに声を掛ける。


「ルナ、折角婚姻を結んだのだ。主人となるシリアに取り分けてあげてもいいんじゃないか?」


「あっ、そうですね!すみません、気が利かなくて」


「えっ、え?」


 ルナは「少し待っていてくださいね」とシリアに声を掛けると、

困惑している彼女を尻目に、料理の並んだテーブルに歩いていく。


「好き嫌いはないですよね?」


「え、あっ、ない、ないです」


 唐突にそんなことを聞かれチグハグな返事を返すと、ルナは慣れたように優雅な手つきで食事用の皿に料理を綺麗に盛っていく。そして、シリアの近くにある料理皿を置く用のテーブルにそれを置いた。


「さ、どうぞ。スープもすぐ持ってきますね」


「え、ちょ」


 シリアの制止も聞かず、彼女はやはりテーブルの前に行くとスープを手に取って持ってくる。それも同じようにテーブルに置く。


「……どうしました?もしかして、お腹空いてませんでした?」


 ルナは手を付けないシリアに心配そうに声を掛けた。シリアは即座に否定する。


「いや、お腹は空いてるけど……でも、私が一番最初に食べるっていうのは……」


 チラッとジエンとカエンの方を向く。しかし、彼らは何か今年の葡萄の収穫や味について熱く談笑しているようで彼女の視線には気づいていないようだった。


 ただ、ルナにはその意図が通じたのか、彼女は小さく微笑むと口を開く。


「この会食はシリアの歓迎ですから、遠慮しなくていいんですよ。それに父や兄はあれで結構な"お喋り"ですから、先に食べないと冷えちゃいますよ」


「で、でも……」


「あ、それなら私も一緒に食べますから。それならいいと思いません?」


 ルナはそう言うと、再びテーブルに向かいテキパキと自分用に料理を取るとそれをシリアの前に並べた。


「立食パーティの形式ですから、豪勢な物を用意できなくてすいません」


「そんな、とんでもないっ」


 本心からの言葉である。


「それでは、頂きましょうか」


 ルナはシリアの強めの返事にやはり少しだけ笑うと、そう言って手を付け始めた。


「は、はい。では、い、いただきます……!」


 シリアもそろそろ我慢の限界であった。思えば昨日の決勝から何も口にしていない。喉の渇きを葡萄ジュースで潤わせた段階で、次は空腹が大軍として押し寄せていたのである。


「ほぁ、美味しいっ!!」


 最初の一口を運んだらもう止まらなかった。少なくとも今までの人生至上最高の食事であることに間違いはない。


「あの、シリア」


「は、はひっ?」


 肉料理を口に運んでいる時に、突然ルナに呼ばれ変な返事をする。ルナはそれ事態にはあまり気にしていないようだが、目を少しだけ伏せながらシリアに尋ねる。


「その、スープはどうだったでしょうか?」


 既に空になっていたスープの容器を示してそう聞く。正直、一滴も残さないほど完飲されている時点でこのスープがとてつもなく美味しかったことは説明する必要はなかったが、シリアは興奮するように口を開いた。


「え?それはもう最高でしたよ!普段飲むような少し冷えたスープと比べるのも失礼なぐらい美味しいですし、中の具材の味もしっかり染みてるし、私には勿体ないぐらいです!」


 空腹が幸せで満たされていく途中過程のせいか、先程までのオドオド感は全くなく興奮気味にハキハキと言葉を並べていく。


 そしてルナはその言葉を聞いて嬉しそうに微笑んだ。なんだろう?とシリアが少し疑問に思ったその時、解答が横から割って入ってきた。


「そのスープはルナが料理人と一緒に用意したものなんだよ」


 いつの間にか近づいていたカエンが少しだけニヤニヤとしながらそう教える。少しだけ顔が赤くなっているところを見ると若干酔っているようだった。そんなに強いお酒だったのかな、とシリアは思ったがそれよりも彼の言葉に驚いていた。。


「……え?」


「に、兄さまっ。それは言わないでって約束だったでしょう!?」


 静かな印象であったルナが慌てながら声を上げると「おっと」とカエンはわざとらしく口に手を当てたがその仕草はからかうようにわざとらしかった。


「折角彼女の為に作ったのに言わないのは勿体ないじゃないか」


 そう言うと持っていたグラスを煽り空にする。益々顔に赤みが掛かりそうだったが、ルナは別の意味で顔を真っ赤にして陽気になった兄を睨んでいた。


「そ、そういう問題じゃないんです!うぅ、恥ずかしい……」


「まぁまぁ、というわけでシリア。このように料理も多少出来る自慢の妹をこれからもどうぞよろしく」


「は、はぁ……」


「もうっ、もういいですから!あちらでお父様とお話しでもしていてください!!」


 おー、怖いなぁ。と言いながらも全くそんな素振りもせずカエンはテーブルで料理を取っているジエンの元に戻っていった。


(やはり、何かおかしい……)


 隣で次は恥ずかしさからか顔を赤くして俯いている彼女をチラッと見ながら、しかしシリアはルナの思いがけない大声だとかカエンの酒乱、美味しい食事の幸福感を一時的に頭の片隅に退避させ、どこか、何かがおかしいとこの食事会事態に疑念を抱き始めていた。

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