1.期間限定夫婦
「えっと、あの」
玉座の間に微妙な空気が流れだした。シリアはいまだに言われたことが理解できず何かの聞き間違いではないかと思った。
「すみませんが、もう一度今の言葉を聞いてもいいですか」
だから聞き返す。あまり礼儀上よろしくはないが聞き間違いであることを確かめる方が重要だった。
しかし
「だから、このルナが今日からお主の妻になるのだ」
「…………」
ぐらっと立ち眩みが起り、思わずへたり込みそうになったのを何とか耐えた。
(待って、よく考えないと!どこかで何かがずれている!)
自分にそう言い聞かせてこれまでのことを高速に思い出していく。
『ただでさえ、男だけしか参加者がいない』
『まぁ、色々あれだが、頑張れよ』
『時間はこれから腐るほどにあるからな』
ダラダラと汗が流れ始めた。そうだ、何となく今まで会った人達のセリフに微妙に食い合わないところがあった。それは単純に言葉の違いだと思っていたのだが、ある点を合わせると辻褄がぴったりと合う。
「すみません、一つ聞いてもいいでしょうか……」
「構わんが、なんだ?」
「その、昨日までの闘技大会の優勝賞品って」
「さっきから言っているだろう。娘のルナだ、と」
ここで発狂しなかったのは、本当によく耐えたと後で自画自賛した。
*****
信じられないことに、優勝賞品は本当にこの国のお姫様であるルナ=グリードであった。元はと言えばちゃんと大会の要項を確認しなかったシリアに全責任がある。
(だって、普通闘技大会って言えば優勝賞金じゃない……)
心の中でそう呟くが、当然誰かに届く思いではない。
「ちょ、ちょっと待ってください。そんな物みたいに優勝したから伴侶に……なんておかしいじゃないですか!」
シリアは正直に語った。元々賞金だと思って何も考えずに闘技大会に出たこと、それにこの国からも数日したら出て行くつもりであったことも。嘘をつくことは簡単だが、今までの会話からもこの王族の方々にそうするのは逆に駄目だと考えた上でだ。
てっきり怒るか、城から叩きだされるかと思っていたシリアだったが──
「なるほど、別にそうだとしても構わんぞ。ルナを妻に迎えれば王族としての暮らしも出来るし、国外に出ることは許さんが多少ゆとりを持った生活を送ることもできる」
それに「いやいやいや」と返したのがつい先程の話だ。
「第一、えっとルナ様の気持ちだってあるでしょうし、そもそも女同士ですよ。しかも、あー、そのルナ様は今年齢は……」
「今年で13歳になります」
決して結婚適齢期ではない。国によって婚姻可能な年齢は定められているが、流石に13歳は早すぎる。
(というかどうして彼女はあんなに落ち着いているの!?)
当の本人であるルナは少しも慌てている様子がない。それどころか既に受け入れている様な雰囲気さえある。
「えっと、お名前はシリア、でしたよね?」
「は、はい?」
そんな彼女がシリアを呼ぶ。何かそうして名前を呼んでもらうだけでも申し訳ない気持ちを持つほど澄んだ声だ。
そしてそんな声で彼女はとんでもないことを言う。
「私達はもう夫婦ですから……ルナ、とそう呼んで頂いてもいいんですよ?」
「……いやいやいやいや!?」
受け入れている雰囲気ではない。受け入れているのだ。このお姫様は本当にあの闘技大会で優勝した者と婚姻を結ぶ気でいたのだ。
「もしかしてシリアは私の事が嫌いですか……?」
「え?」
唐突にそう言われて、シリアはその掛けられた声に僅かに潤みがあるのを感じた。それを察して慌てて顔を上げる。
「いえ、そんなことはないです!ってそうじゃなくて今日の今日まで知らない相手で好きも嫌いもないというか、いえ、そのルナ様は大変綺麗だし、可愛いし、婚姻を結べる相手は幸せだろうなとかは思いましたけど、そもそも私は身分もない、国も持たない、汚れた身ですから、ルナ様とはそもそも釣り合いが!!」
とにかく早口でなんとか否定しないように、ただでさえ少ない語彙から無理矢理言葉を掴んでは吐き出す。その中でサラリとルナの第一印象を語っていることも、それをルナが聞き逃さなかったことにも全く気が付いていなかった。
「それならこうしませんか」
「へっ?」
「これから一ヶ月だけ私と婚姻を結んでくださいませんか。それで一ヶ月後にもう一度貴女に問います。その時に決めてくだされば構いませんから」
「……な、なるほど?」
要はお試し、ということなのだろう。確かに一ヶ月程度ならこの国に留まることは問題はなく、さらにさっきの話から衣食住は保護される、というより多少の贅沢は出来るかもしれない。
そもそもルナだけじゃなく、ジエンやカエンもそれは名案だと既に確定のようにこれからの話をしている。
それによくよく考えてみればこの状態から嫌だ嫌だと否定して城を飛び出すのもまた馬鹿らしい。そもそも滅茶苦茶な話ではあるが悪くはない話である。
流石に一国の姫と同性のシリアが本当に婚姻を結ぶのは難しい話だし、きっと反対する者も出るに違いない。
(それでも一ヶ月なら……)
今まで生きていくために傭兵としてある時は戦い、またある時はその日を生きるためにきつい環境下での労働をしたこともある。そう考えればこの一ヶ月の贅沢はたまのご褒美として味わう分には罰も当たらないだろう。
そう頭の中で切り替えた。
「わかりました。これから一ヶ月ですが、よろしくお願いします。ジエン様にカエン様、そしてルナ様……」
「ルナ、と呼んでください。ね?」
挨拶をしたシリアにルナは近づいて両手でシリアの両手を包み込み、そして見上げた。
(う、あっ!!)
純真無垢、シリアにそれは眩しすぎた。自身の固くなった荒れている手を、天使の抱擁とも思えるような柔らかな手で包み込まれて思わず腰が抜けてしまう様な感覚に襲われる。
「よ、よろしくお願いします…………ルナ」
「はいっ」
それから世にも奇妙な一ヶ月の期間付きで、シリアとルナは婚姻を結んだ。
新しい章です。これからは基本的に百合展開しかないです。
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