7.始まり、はじまり
「それが私と、師匠の出会いです」
「なんともまぁ……」
騎士は話の内容に只々驚いていた。目の前のシリアを見て過酷な道を歩んできたのはある程度わかっていたが、始まりから中々強烈な修羅場を潜り抜けて来たらしい。
「師匠っていうことはそれからその女性に剣を教えてもらったということですか」
「そうですね。といっても10歳になるまでの二年間ですが」
「二年間?じゃあ、それからは──」
騎士は気になっていた。剣も魔法も一流の人間はそういない。大きな国へ行けば流石にいるのだろうが、シリアのいた辺境の地にいたことも気になる。
要は聞きたいことが山ほどあったのだが、無情にも馬車がゆっくりと停車した。
「王城へ到着しました」
馬の操縦士がそういって後ろの幕を開ける。
「あー、シリア殿。また時間があればでいいからその後の話を聞かせてもらえないだろうか」
話の山場でお預けを食らったような気分でクランツがそう願うと、シリアは少しだけ困った顔をして答えた。
「まぁ、時間があれば、その時は」
シリアは賞金をもらったら、数泊してすぐに出国するつもりであった。だからきっとその願いは叶えることにはならないだろうと、そう思っていた。
そして、それが全くの見当違いであったことを知るまであと数時間である。
*****
小さな国とはいえ、その大きさはシリアの故郷に比べると格段に広く、豊かであった。王城が栄えているということは街が栄えている証拠であり、また街が栄えているということは王城も栄えている共依存の関係だ。
「凄い」
豪華な装飾の扉を開け、城に入っていく。クランツは馬車を降りるとそこでお別れだったらしく、シリアは今道案内の城の従者に従って歩いていた。勿論得物である大剣は預かってもらっている。身から離すのは不安だが、相手方の不安がわからないほど未熟でもない。
「国王様は玉座にてお待ちしています」
城の階段を上り、さらに奥へ、そしてそこからまた階段を上り、また奥へ。すると目の前に豪華な装飾の扉が立ちはだかる。
「あの、この国での特有の礼儀とかはありますか?」
従者にシリアはそう尋ねる。すると従者は小さく笑う。
「礼儀は一般と変わらないと思います。それに国王様はよっぽど無礼でない限りは寛大な方ですから、肩の力を抜いてください」
「は、はぁ」
元の身分が身分なだけにこういった場所に入ると別の意味で緊張する。昔、どこかの国の闘技大会で優秀な成績を収めてパーティに呼ばれた時は、周りとのあまりにも礼儀作法の差がありすぎて恥ずかしくて帰ったこともある。そういった所は意外と女性らしい恥じらいを持っていた。
だからこそ、少し警戒していたのだがとにかく何か尖った礼儀作法はいらないらしい。それなら普段通りに行こうと腹を括って扉の前に立つ。
すると従者が扉を強くノックする。
「先の闘技大会の優勝者様をお連れしました!」
内側からゆっくりと扉が開いていく。少しずつ見えるその玉座の間は真っすぐに赤いカーペットが敷かれ部屋の端には等間隔に綺麗な花が飾られた大きな花瓶が並んでいる。
そして目の前に彼はいた。
「どうぞ、進んでください」
「はっ、はい」
思わず固まっていたシリアに従者がそう声を掛けると、僅かに上ずった返事をしてシリアは進んでいく。
そして、国王と思われる人物の前まで来ると頭を下げた。
「まずはおめでとう。お主の戦いを直接見たわけではないが聞いただけでも相当な手練れだと誰もが言っていた」
「そ、それは、どうも」
シリアから見た国王の第一印象はただひたすらに厳格であった。逆巻くような赤い髪に整えられた髭。厳つい顔つき。見ただけでもわかる筋肉質で無駄のない身体。
一目に出来る城主だとまずはシリアはそう判断した。
「我が城に所属する兵の中でも特に強いクランツ……お主を迎えに行かせた男だが、あいつに勝つとは素直に驚いておる」
その驚きはその実力か、それとも少女の容姿を示しているのかいるのかはわからないが、賞賛されて悪い気はしない。
「さて、色々と聞きたいことはあるのだが……まずは名前を聞こう」
そこまで言われて、シリアはしまったと悔やんだ。まずは名乗りを入れるのは普通の礼儀だ。それが場に緊張したせいで頭を下げただけ、よく考えれば無礼でもある。
「す、すみません。私はシリアと申します」
「シリアは名前か、家名はあるのか……」
「……いえ、家名はわかりません」
「わからない、とは?」
「物心つく頃には一人で、親がわからないのです。だから孤児院でシリアと名付けて頂きました」
「孤児院の出だったのか。成程、それなら確かにお主の様な者が旅をしているのも不思議ではないな」
国王はその声に哀れみも侮蔑も乗せなかった。ただ純粋にその事実を確かめているらしい。珍しいな、とシリアは思う。大体孤児だったと言えば馬鹿にされるか哀れな目を向けられるのが殆どだったからだ。
「儂はジエン=グリード。説明をする必要はないだろうがこの国の王だ。以後よろしく頼む」
「は、はいっ」
ジエンはそう言うとあろうことか頭を下げた。これはシリアにとって意外過ぎた。大体貴族や王族は偉ぶり、尊大であると今までの旅から思い込んでいるせいでもある。
そのせいで変に上ずった返事を返し、同じように頭を下げることしかできなかった。
「さて、まだ語りたいことはあるが、時間はこれから腐るほどにあるからな。まずは引き合わせよう」
「引き合わせ……?」
ジエンはそう言うと入り口に立っていた従者に目を向ける。すると、事前に打ち合わせでもしていたのか、従者は扉に手を掛けて開く。
そこから一人の男が歩いてきた。
年は若い。親譲りと思われる赤い髪をショートに上手くまとめており、それでいて眉目秀麗であると思わせる立ち居振る舞い。彼はジエンの斜め前まで来ると、優雅に一礼する。咄嗟にシリアも返す。
「儂の息子であるカエン=グリードだ」
「初めまして。カエンと申します。どうぞよろしく」
明朗快活というのがぴったりな声量と言葉遣いだ。彼は挨拶をするとそのままシリアに近づき握手を求めてくる。
「あ、シリアです。その、どうぞよろしくお願いします」
つくづく驚いている。彼らは国の中で一番上に位置する層の人間だ。その相手は特定の国も持たない一傭兵風情だというのに礼儀を欠かさない。それどころか少し過剰すぎるようにも感じる。
「そして、もう一人」
開けられたままの扉からもう一人、ゆっくりと歩いてくる。
「…………」
その姿にシリアは思わず目を奪われた。
腰ほどまで伸びた輝かんばかりの金髪。簡素ながら高価そうな装飾をつけた白いドレス、それに負けないまだ子供らしさが残りながらも綺麗で汚れを知らないどころか寄せ付けそうにないその容姿。
15歳のシリアよりも少し背は低い。そんな少女がゆっくりとシリアの横を通り過ぎ、カエンの隣に立つ。
「ルナ=グリード。儂の娘だ」
「ルナ、と申します……よろしくお願いします」
その声は透き通る泉のように澄んでいて、シリアの耳にスッと入ってくると脳の中で何度も反射するように聞こえた。
「よ、よろしく、お願い、します……」
今日は心の中で驚いた回数が一番多い人して記録されるだろう。こんな汚れきった自身とは対極のさらにその上にいるような人物が恭しく頭を下げてもいいのだろうか。
(土下座とか、した方がいいのかな)
最早、優勝の賞金など頭から抜けきっていた。人間同士の関りは鏡だと言われている。礼儀と尊敬を持てば相手もまた謙遜を持ち、傲慢と横暴を持てば、相手も驕慢を映す。しかし、シリアには今のところ頭を下げる以上の礼儀を持っていない。
さっき思った通り、土下座でもするべきか。頭を混乱させながらそのタイミングを計り始めた段階で国王が口を開いた。
そして、恐るべきことを口にしたのであった。
「というわけで、このルナがお主の妻となる」
「………………は?」
そこに礼儀作法は一もなかった。
プロローグ終了です。
これからは更新は書き次第となりますが、出来るだけ毎日更新、最低でも3日に一回の更新を
目指して書いていきますので、お付き合い頂ければ嬉しいです。
よろしくお願いします。