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優勝したら賞品はお姫様でした  作者: 熊煮
第五章:結婚式
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13.師匠、アイリについて

今回はシリアの師匠だったアイリの話です

 パーティ用の赤いドレスに身を包んでいるアイリは城の二階の方からテラスに出たようだった。シリアはどうしたんだろうと思いながらそれを追う。


(何でパーティを抜け出してこんなところに……)


 外は既に薄暗く、まだ夜になっているわけではないが城下町の灯りが目立つくらいには時間は遅い。


 シリアがあまり音を立てないようにテラスに足を踏み入れると、アイリはワイングラスを持ちながら街の方を眺めていた。シリアにとって普段は滅茶苦茶な印象のある彼女も、こうして静かに佇んでいると周りの暗さとドレスの華やかさが組み合わさり、一枚の絵にようだった。


「あの、師匠……?」

「ダメじゃない。主役が席を外しちゃ」


 アイリはシリアが後ろを追ってきていることに気づいていたのか、振り返りもせずに返事をする。

 シリアは彼女の正論に咄嗟に返事をすることが出来ず、とりあえず隣に並んで立つ。


「師匠が会場から出て行くのが見えたので、つい……」

「挨拶はもう済ませたの?」

「まぁ、ある程度は」

「そう」


 アイリはゆっくりとグラスを煽る。


「……"ここ"は空気が美味しいわ。空も濁ってないし、星だって月だって綺麗に映る」

「え、っと?」


 急にそんな詩的なことを言い出すアイリにシリアは訝し気な顔を向ける。ほんのり顔が赤いようだが完全に酔っているわけでもなく、だからこそ何でそれを言ったのかわからない。


「どうしたんですか?」


 シリアの問いにアイリは首を振って答える。


「ん、別に何でもないわ。それよりも今日はおめでとう。二人の花嫁姿、とっても綺麗で可愛かったわ」

「あ、ありがとうございます。でも師匠がべた褒めするのって珍しいですね……」

「失礼な。でも、ちゃんと大事にしなさいよ。相手は一国のお姫様なんだから」

「そ、それはもちろん」


 そう答えたシリアだったが、ずっと一緒にいるせいかルナの身分をたまに忘れてしまうことがある。それはルナ自身がそういう階級を見せびらかすようなことを好んでいないせいでもあり、そしてそういう扱いを受けたがっていないことを理解しているせいでもある。


「あんたもこれからは何かと顔を出すことも多くなるでしょうし、そういった面もちゃんと学んで彼女に恥ずかしい思いをさせないこと、いい?」

「は、はい」


 公表された挙式ではないものの、この国の貴族の間には自然と広まるだろうし、近隣の諸国にも噂は届くかもしれない。少なくともわざわざ王が来ているエネリア国では話題になるだろう。


「あと、それなりに戦えるっていっても油断せずにちゃんと彼女を守ること。世の中にはとんでもない悪巧みをする奴らなんてごまんといるんだから」

「師匠?」


 なんだか少し説教のような口調になっているアイリにシリアは違和感を覚えた。何だか昔感じたことのある様なその感覚を彼女はそのまま言葉にした。


「もしかして、出て行く気じゃないですよね?」


 その違和感は昔、シリアがまだ今よりも子供でアイリから色々教えてもらっている時に、突然に置手紙を残していなくなってしまった時に感じた物だった。

 シリアの言葉が図星だったのか、アイリは珍しく目を伏せてため息をつく。


「……貴女達の結婚式を見たら出て行く、って言ってたでしょう」

「言ってましたけど……明日ですか?」

「明日の日が昇る前に、ね」

「……ええっ!? いくらなんでも、早くないですか!?」

「そういう気分なの」

「気分って……ジエン様やティアナ様は知っているんですか?」

「いいえ? 言ってないもの。ああ、大丈夫手紙を残していくから」

「えぇ……」


 相変わらず突拍子ない行動にシリアは呆れたように息をついた。いくら何でも急すぎるし、もうちょっと余裕を持ってもいいように思えるが、冗談で言っているわけでもなさそうだった。


「何だかね。幸せそうな貴女達を見てたら満足したというか、もう一つは嫉妬しちゃった」

「え……師匠が、嫉妬ですか……?」

「何だか失礼な言い方ね。私もただの人間なんだから嫉妬だってするわよ」

「あ、えっと、すいません」


 アイリは空になったグラスを手すりに置く。そしてもう一度息をついて何も喋らなくなってしまった。


「…………」


 夜風は少し寒い。気が付けばいつのまにか周りは暗くなっていた。街の灯りが反射して今日という特別な日を彩っているようだ。


「あの、師匠」

「ん?」


 そんな中で沈黙を破ったのはシリアだった。


「あの、一つだけ聞いてもいいですか」

「なにかしら」

「初めて会って、師匠から色々教えてもらってたあの時、急に置手紙を残して消えたのはどうしてですか?」


 それはシリアにとっては別に真相を暴かないといけない話ではない。


 その時は急に頼れる相手がいなくなって多少狼狽はしたが、ある程度戦える知識も力も貰っていたので、すぐに傭兵稼業に入ることができた。


 それからは忙しすぎてアイリの事を考えている暇もなかったが、思えばあの失踪は突然すぎて、そして不自然でおかしかった。


「いや、話せない理由があるならいいんですけど。どうしてかなって……本当に明日の日の出前に出るって言うなら聞いておきたくて」


 アイリは少しだけ間を置いてポツリと呟く。


「……別に大した理由はないわよ。ただちょっと反省してね」

「反省……?」


 一体何のことだろうかとシリアは首を傾げていると、アイリはゆっくりと語りだした。


「この前話したと思うんだけど、あの時私は荒れてたの」

「ああ、そういえばそんなことを言ってましたね」

「別に信じなくてもいいんだけど、私は一回死んでるのよ」

「……は?」


 アイリは「何言ってるんだ」と言わんばかりのシリアの声に小さく自嘲気味に笑った。


「私の出身はね、ここからとっても遠いところなの。たぶん誰も行けないようなところ」

「そんなところあるんですか?」


 シリアはこの世界の大陸に詳しくはない。一応ユーベルから最低限学んだが、傭兵稼業の時代では地図も買えず、訪れた場所を記録する用の紙を買うなど持っての他だった。


 アイリの話は続く。


「そんな場所で私はそれなりに優秀だったの。自分で言うのもなんだけどね」

「それは、今の師匠を見ればわかりますけど」

「ただ、そこで色んな人に恨まれて妬まれちゃったのよ。これは私の立ち回り方がよくなかったんだけど。それで気が付いたら間接的にだけど殺されちゃった」

「えーと……」


 アイリは笑いながら話すが、その内容をシリアは上手く理解できていない。そんな簡単に殺されたなんて言われてもどう反応すればいいのかわからないのだ。


「し、死んじゃったんですか」

「ええ、そうよ。間違いなくね」

「なのにどうして、え、もしかして幽霊じゃないですよね……」

「ふっ、あはは! 幽霊かー、まあそれも間違いじゃないのかな。もしそうだったらどうする?」

「別にどうってことはないですけど、ちょっと驚きます」


 アイリはそれから何らかの方法で助かってこっちに来たことをざっくり説明した。シリアの死んだというのに助かったのかという突っ込みは流されてしまった。


「あの時荒れてたってのはそういう意味で自分の無力さとか情けなさに嘆いてたってこと。あの時山賊を粉切れに殺したのも、貴女に無駄に厳しい修行をさせたのも、全部そのせい。ごめんなさいね」

「いや、確かに厳しかったですけどそのおかげで今があるんですし、感謝はしてますよ。本当に」

「……そうね、そういうがむしゃらに前を向いて進む貴女が羨ましくて嫉妬して、気づかされたの」

「え?」


 アイリはずっと外を眺めていた姿勢をシリアに向ける。その表情は何だか酷く脆そうで今にも崩れてしまいそうなものだった。


「初めて貴女が山賊にナイフを突き刺したのを見た時、ただ何もせず死んだ自分とは正反対に見えた貴女に興味が湧いたの。この世界は酷く荒れているけどそれだけ必死に生きようとしている人がいるんだって、貴女を見て素直にそう学ばせてもらったわ」

「だから、声を掛けたんですか」

「ええ、そうよ。幸いにして私には変な与えられた力があったから、それを利用しない手もなかったしね」


 変な力とは魔法のことなのだろうかとシリアは思ってが、剣も相当扱えるのでその力が何を示しているかは詳しくわからなかった。たぶん聞いても答えは貰えないだろうとそこは突っ込まないことにした。


「それで貴女には色々と教えてはいたけど、半分八つ当たりでもあったの。ただの一人の少女が何でそんなに頑張るのかって私と同じで諦めてしまえばいいんじゃないか、そう思って無駄に意地悪したの。正直色々諦めてくれれば召使いにでもして一緒に旅でもしようかと思ってたわ」

「そうだったんですか!?」


 意外な告白にシリアは驚く。正直単純に虐められていると思っていたために、そういう事情があるのも知らなかったから当然といえば当然の反応でもある。


 アイリは表情を少し和らげながら話を続ける。


「ただ貴女は折れなかった。勿論強くするつもりで色々教えてたけど正直どう考えてもキツイ修行にも耐えてたし、事実弱音を吐くこともなかった」


 そうだったかなぁと振り返る。割と折れかかっていた記憶しかシリアにはない。


「それで、ある日ふと貴女に八つ当たりしているだけの自分に気づいたの。悲しい話でしょ。あの時皆が私を排斥したように、私もまた努力する貴女に嫉妬して同じことをしようとしていたの」

「…………」

「だからね、そんな自分が嫌になって自分勝手に消えたの。笑えるでしょ。無責任だってそう思うでしょ?」

「そうですね」

「っ」


 シリアのすっぱりした物言いにアイリは少し表情を曇らせた。


 アイリにとってそう言われるのは寧ろ有難いことだった。無責任な自分を責められ少しでもあの時の罪悪感を薄めたいという慰めでもあったのだ。ただやはり面と向かってハッキリ言われると少しだけ辛い。


 そんな感情に揺れ動くアイリにシリアは真っすぐに見つめながら続けた。


「でも別にいいです」

「え?」


 そう言ったシリアはアイリに微笑んだ。


「結局、何だかんだ師匠のおかげで強くなれて、そして今こうして再会出来ましたし、何よりルナと出会うことが出来たんですから。結果オーライってことで」

「で、でも」


 何かを言おうとしたアイリにシリアはビシッと指を向けた。予想外だったのかアイリは一瞬ビクッと身体を震わせる。


「それでもまだ後悔しているなら、明日挨拶せずに出て行かないでください。ちゃんと皆に挨拶をして、それでまたいつか来るって約束してください。私だって何だかんだ世話になったのは確かですし、金輪際会えないのは嫌ですから」


 シリアはそう言い切って指を降ろしアイリを見つめ──ギョッとした。


「師匠!?」


 何故ならポロポロとアイリが涙を流していてからだ。


「あ、あれ?わ、私、なんで」


 狼狽しているのはシリアだけではなく、アイリもだった。彼女は何で涙が零れているのかもわからず、慌てて背中を向けて目を拭い出した。


 その後ろ姿がアイリらしくない弱々しさでシリアはいよいよどうしていいかわからなくなった。まさか今日こんな姿を見ることになるなんて予想できるわけもない。


「す、すいません、私別にそんな責めたつもりはなくて……!」


 慌てて弁解したが、結局アイリが泣き止むのにはだいぶ時間が掛かることになった。




「はぁ、本当に久しぶりに涙を流した気がする」

「えっと、何かすいません」

「いいのよ、私も自分に驚いてるから」


 幸いにも化粧が乱れて酷い顔つきにはなっていないが、アイリの目は赤い。ただ、その顔は少し晴れ晴れとしているようだった。


「ありがとね。シリア」

「え」

「……なによ」

「いや、名前を呼ばれるの初めてなような」

「そうかしら……そうかも」

「何だか今日の師匠はちょっとおかしいですね」

「月に惑わされたのかもしれないわ。はぁ、情けない姿を見せたわ、しかもこんな年下に……」

「まだ師匠も若いと思いますけど」

「そういうことじゃないんだけどね……」


 月に見下ろされながら、二人の少女は楽しそうに昔の話に談笑の花を咲かしていた。




「さて、そろそろあんたは戻りなさいな。もうすぐパーティも締めになるでしょうし」

「師匠は?」

「私はもうちょい夜風にあたるわ。何よりこんな真っ赤な目を見せれないし」

「……ちゃんと出て行く時は挨拶してくださいよ」

「わかってるわよ、約束は守るわ」


 少しだけ長く話しすぎた。最初は薄暗かった筈なのに今は既に辺りは真っ暗で、頭上には月が出ている。今日は見事なほどの満月で雲もないせいか、その月明かりは地面を照らしてくれるほど強い。


「じゃあ、戻ります」

「はいはい。あ、それと」

「ん、なんですか?」


 会場に戻ろうとしたシリアの背中に声が掛かる。何だろうと振り返るとそこにはいつも通り意地悪い笑顔を浮かべた師匠の姿があった。


「いくら初夜だからって羽目を外し過ぎたらダメよ。一応ルナちゃんは13歳なんだから優しく愛しなさいね。激し過ぎて怖かったり痛いとトラウマになったりするんだから」

「…………」


 言葉の意味を理解するまで数十秒。そして理解した瞬間シリアは顔を真っ赤にして叫んだ。


「そ、そんなことするわけないじゃないですかー!!」


 そして本当に珍しく「師匠のバカ!破廉恥!」と罵ったシリアはドレスに転びそうになりながら走って出て行った。

 そんな彼女を見送ったアイリはホッと一息を着いて呟く。


「本当……面白い子だね」


 その声は満月の夜にひっそりと響いた。

ブックマークや評価、感想などありがとうございます!

次回の更新は3/8を予定しております。

残りは二人の少女の初夜とエピローグで完結予定ですので、どうぞお付き合い頂ければ幸いです!

よろしくお願いします!

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