11.二人の結婚式
シリアがアイリと共に会場に入場した時も、その少女の美しい晴れ姿に感嘆としたどよめきが起こった。
しかし、ルナが母であるティアナと共に会場に現れると、シリアの時とは違い会場は沈黙に包まれた。
「…………」
もちろんシリアも周囲と同じく、開かれた扉から映るルナを視界に納めた瞬間、ビシッと固まっていた。
原因の一つとしては彼女の着ているドレスだった。
肩を露出するタイプのドレスはこの国では普及していない。つまり殆どの参加者がその衣装を知らない状況のために必然的に注目が集まるのだ。
そしてそれを着ている本人にも視線は集まる。清楚であり、規律正しいイメージを持っているルナとはそのドレスはあまりにも対極でありながら、しかしそうあるのが自然であるように似合っていた。
今はベールに包まれているせいでその表情ははっきりとわからないが、ルナは入り口で深々とお辞儀をした後、ゆっくりと進みだした。
コツ、コツとウェディングシューズが奏でる音だけを会場に響かせながらルナはゆっくりとシリアに向けて歩いてくる。
「…………」
「見惚れるのは結構だけど、あんたの式なんだからしっかりしなさい」
ボーっとルナを眺めていたシリアだったが、アイリに耳打ちと同時に弱く背中を叩かれハッと意識を取り戻した。
「じゃ、ちゃんとうまくやりなさいよ」
伴っていたアイリとティアナはここで席に戻っていくことになる。そして会場の中心には主役である彼女らだけになった。
自然とお互いを見つめ合う形になっていたが、シリアが手を差し出したことで固まっていた時間が動き出した。
ルナも誘われるままに差し出された彼女の手にゆっくりと手を添えるとそのままエスコートされる形で式場の中心から奥の祭壇の方へ再び進み始める。
「本日はこの場にお集まり頂き、誠にありがとうございます」
祭壇の前に彼女らが到着したのを見計らって、教会に仕えている神父がその声を会場に通した。
「今日という素晴らしい日に雲一つない晴天は、きっと天におわす神様も今日結ばれる彼女らを祝福しているに違いありません。このような大役を私では力不足であることと存じておりますが、式を執り行わせて頂きたく存じます」
あらかじめ決められていた台詞を綴りながら神父は目の前に立つ二人の少女にゆっくりと頭を下げる。
「それではベールを……」
神父の言葉にシリアは小さく頷いて、ルナと向かい合う。そのまま彼女の顔を覆っているベールにゆっくり触れるとそれを上に捲る。
シリアは役割として『婿』という立場である以上、その進行の仕方は納得していた。しかし、ベールの中に隠された宝石の輝きに対してはリハーサルだけでは備えは不十分だった。
(綺麗……)
まだ幼さが残るとはいえ整った顔立ちであるルナだったが、今日は丁寧な化粧も相まってか日頃の彼女をより美しく大人に仕上がっていて、シリアの視線が釘付けになってしまうのも仕方がなかった。
心から見惚れてしまって固まっていたシリアであったが、再び響いた神父の声で意識を慌てて取り戻す。
「誓約の儀を行います」
その声にシリアとルナは見つめ合っていた姿勢を祭壇に向ける。それを確認した神父は教会全体に静かな声を響かせた。
「これから二人歩む時を、健やかであるとき、そうでないときに限らず。お互いを愛し合い、敬意を払い、助け合い、支え合い、命のある限り秩序、節操、貞操を守り、人生を共に進み続けることを、ここに誓いますか」
一拍おいて、二人は言葉を揃える。
「誓います」
「誓います」
それを合図に一人の若い女性が綺麗な装飾のされた盆を慎重に運んでくる。その上には二つの指輪が載っていた。
「それでは、指輪の交換を」
シリアは最大限の注意を払いつつ指輪を受け取り、ルナは自身の左手を水平に上げる。シリアはそのまま彼女の薬指にそっと指輪を通した。
そのまま次はルナが指輪を通す番になり、同じようにゆっくりとシリアの左手薬指に指輪を通す。
シリアはかつてルナにプレゼントとして指輪を贈ったことがある。今はそれは置いてきてあるが、それとはまた意味が違う。シリアは自身の指にはまっている指輪を感慨深く見つめていた。小さな宝石の装飾がされたシンプルな指輪であったが、不思議と特別な重みがあるように感じていた。
シリアにとっては指輪交換の時点で既に緊張の糸が張り切れそうであったが、まだそれを緩めるわけにも切るわけにもいかない。
何故なら──
「これからの二人の人生に幸が多くあることを願い、誓いの口付をシリア様からルナ様へ」
今日一番の気の張りどころはここだ、とシリアはリハーサルをした段階からずっと考えていた。このキスはルナの頬に行うものであるが、何より彼女と出会ってから意味のある口付はこれが初めてのことなのである。
それ故に、どれだけ重大な意味を持つかなどという事は考えるにも値しない。とにかく大事な、大事なもので絶対に失敗できないものだ。
「…………」
「っ!」
露になっているルナの肩にシリアはゆっくりと両手を添える。その体温と感触が伝わったのかルナは一瞬だけピクリと身を震わせた。シリアはそのまま心の中で深呼吸を何度もしながら、左手をそっと彼女の背中まで回すとゆっくりと引き寄せていく。
シンと静まり返った会場の中、ルナはたくさんの視線を浴びながら目を閉じた。シリアは接吻の落とし場所を間違えてはいけないと直前まで目を開けていたが、触れるか触れないかのところで同じように目を閉じる。
そして、シリアの唇に柔らかいふわっとした感触と、それとほぼ同時に甘い匂いが鼻腔を擽ったのだが、彼女がちゃんと頭の中に記憶しているのはそれが最後になった。
*****
結婚式はそのあと、神父から祝言と祈祷を行い宣言を受けたのだが、シリアはあまりはっきりと覚えていない。接吻をしたという事実だけで脳がいっぱいいっぱいになり、思考停止状態に陥ったからである。
「……お、お疲れ様でした」
「う、うん、お疲れ」
そして、今は結婚式の後の披露宴のために王城に馬車で移動していた。ここからは堅苦しい仕来りなどはなく、はっきりと言ってしまえばシリアとルナを主役に添えたパーティが開かれるのである。
関係者や参加者も含めて馬車で移動している為、その列は大所帯になっていたが例によってシリアとルナは二人きりで乗っている。ただ、その間には微妙に気まずい雰囲気が漂っていた。
(頬に、頬にキスしちゃった……)
シリアは確かに苦難な道を歩んできたせいで同年代と比べると大人びている面もあるが、その実生娘でもある。
お酒騒動により若干深いスキンシップをした記憶もあるが、今日はお互いに素面でしかも頬とはいえ接吻だ。
まだ唇には柔らかい感触が残っている。少しヒンヤリとした感覚と、その後に紅潮しているルナの表情をしっかりと見てしまったせいで、色々な感情が溢れそうになるのを防ぐので必死だった。
そして、そんな状態になっているのはシリアだけではない。
(シリアの唇……温かくて、ふんわりしていて、不思議な感触……)
そっと唇が振れた部分に手を添えたルナはその時の事を思い出して、顔を少し熱くする。それを悟られまいと俯いて隠すことにした。そうやって視界を下げると自身の指にはまっている指輪が視界に入る。
プレゼントとはまた別の、特別な意味を持つそれをルナは慈しむように指でゆっくりと撫でる。
その時だった。
「……シリア?」
向かいに座っていたシリアが急に立ち上がると左隣に腰を下ろしてきた。突然の行動に呆気に取られたルナだったが、隣に座った彼女の頬が真っ赤に染まっているのだけは確認した。
どうしたんだろうと訝し気に思っていたルナだったが、次にシリアが取った行動は意外にも可愛らしいものだった。
「……?」
そっとルナの左手にシリアの右手が添えられると、そのままギュッと握ってきた。どちらの体温かわからないが、じんわりと温かい感触が広がっていく。
「……凄く緊張した」
「え?」
「失敗したらどうしよう、ってずっと考えてたから……疲れたよ」
シリアは顔を赤くしたまま身を寄せていた。色々な感情が混ざり合った結果の突拍子ない行動であったが、とにかく安心できる相手に寄り添いたかっただけなのである。
「ふふ、本当にお疲れ様でした。後は気を抜いて楽しみましょう?」
「うん……」
ルナもそんな彼女の気持ちを察したのか、シリアの腕に自分の腕を絡めてギュッと寄った。必然とお互いの距離はなくなったが、昔とは違いそれはお互いに心を落ち着かせる行為になっていた。
王城までの距離は短い。それでもその短時間の中でシリアとルナはピッタリと身を寄せ合って幸せに微笑んでいた。
ブックマークや評価、感想などありがとうございます!
なお、結婚式の進行に関しては国特有のものなので、ツッコミどころがあるとは思いますがご了承ください。
次回の投稿は2/22を予定しております。
どうぞよろしくお願いいたします!




