10.結婚式 IN ルナ
「本当にあのまま作ったんですね……」
用意された専用の控室でルナは展示されるように飾られているドレスを見て困惑を隠し切れない。
部屋には母であるティアナとアイリ、そして着付け担当の侍女達が控えている。きっと今頃はシリアも同じように準備しているに違いない。
「ほらこっちにおいで」
用意された椅子に促され、少し躊躇ったルナだったが後ろからティアナに優しく肩を叩かれ抗うことは不可能と判断し、大人しく座る。
「さぁさぁ、それじゃ早速始めましょう」
ルナに化粧を施すのは城でもそういう役割を担っていた侍女達だ。彼女が幼い頃からしているだけあってその腕は一流であり、しかも慣れている。
「それではルナ様、失礼致します」
「は、はい。よろしくお願いします」
彼女らの実力はそれを専門とする人にも引けを取らない。それを知っているルナは心配はしていないが、ただ視界に映るドレスを見るとやはり心が引ける。
(本当にあれを私が着るんでしょうか……)
初めて、その原案を見せてもらった時の事を思い出す。
*****
「こ、これを私が着るんですか……!?」
初めてドレスの原案を見て驚くルナに対してアイリはニコニコと笑っている。
「そうよー、楽しみだわぁ」
基本的な見た目は普通のウェディングドレスと一緒なのだが、問題なのは上半身、もう少し詳しく言うのであれば肩の部分だった。
「こ、これ……肩の部分が」
そのドレスは所謂肩を露出させるタイプのデザインであった。それも少ない露出ではなく結構大胆にあいている。
この国においてウェディングドレスはというのは長袖式のドレスが主流で、厳かでありながら神秘的な気高さを醸し出すようにデザイン設計されているのが一般的だ。
しかし、そのドレスはそうした一般的な常識を打ち破っている。こんなデザインを誰が考えたのか、そう思って顔を上げたルナの視界には相変わらずニッコニコしたアイリが入ってくる。その瞬間何となくルナはこのドレスの根源を嫌にでも理解した。
「でもアイリの考えたこのドレスは凄いわね。こんなドレス見たことも考えたこともないわ」
「私の国ではこっちが主流だったわよ」
ドレス案を見ながらそう話すアイリとティアナの間にルナは入る。
「あ、アイリ様の国のウェディングドレスなんですか、これは?」
「ええ、折角だから提案してみたんだけど予想以上に受けてねぇ。こっちのほうがルナちゃんももっと可愛く美人に見えるわよ」
「ふふふ、完成を楽しみにしていて頂戴。お母さんも頑張るから」
一体何を頑張るのかわからない母と楽しそうなアイリを見て、ルナは本当に大丈夫なのか心配のため息をついた。
*****
それから、結局ドレスのデザインは改まることはなく、遂に今日が来てしまった。
「メイク仕上がりました!」
「はーい、じゃあ次はお楽しみのこれね」
ルナが回想に耽っていたらいつの間にかメイクは終わっており、ティアナがウキウキとした様子でドレスを示す。
「え、えっと」
「じゃあ次は着付けね!さあ準備して準備して!」
ティアナの一声が掛かる。ドレスに関してはルナ一人で着替えられないこともないが流石に今回の場では専門の人に任せることになる。
まだドレスに対する、というよりそのドレスを着る自分に心配がある彼女であったがここに来て今更何か文句をいうわけにもいかない。要は受け入れるしかないのだ。
「大丈夫よー、心配しなくても完璧に似合ってるから。シリアも絶対見惚れるわよ」
「そ、そうでしょうか」
着付けに入る直前にアイリが掛けてきた言葉にルナは疑問を抱く。彼女は自分の事をもう大人だなどと思っていない。年齢からみてもまだ13であり、容姿も精神的に省みてもまだまだ子供だと彼女は自身をそう認識している。
そんな子供な自分が果たして大の大人が着るようなドレスを着て大丈夫なのだろうか、自己評価が著しく厳しいルナにとっては心配事はつきない。
そして、それは着付けが進んでいくにつれて加速する。
「あわ、わわ……」
用意された大きな鏡にどんどん変わっていく自身の姿が映る。
そして、着ていくうちにやはりそのドレスの異様性が目立ってくる。
「本当に、本当にこれで行くんですか……?」
ルナの問いにティアナもアイリも少し意地悪く頷いた。
「し、シリアの方はどんなドレスを……」
ティアナは少し肩をすくめて答える。
「さぁ?あっちの方は私達も知らないのよ。一応カリーナに聞いてみたんだけど「これだけは絶対秘密です!」って言われちゃってねぇ」
「そ、そうですよね……」
シリア自身もドレスのデザインを知らないとルナは聞いていたので、恐らく話の流れ的に設計するのはカリーナだろう。そうなれば恐らく従来通りの長袖式のウェディングドレスになるはずだ。
シリアも肩だしタイプで同じだったらまだ統一性もあったかもしれないが、その線はそのティアナの答えでだいぶ薄くなった。
「大丈夫よ」
後は細かいところを整えるだけになったルナの後ろからティアナは易しく微笑む。それを鏡越しに見たルナは憂う様に表情を少し曇らせた。
「……似合ってますか?」
「ええ、自信を持って。貴女は私の娘なんだから、堂々とすればいいのよ。変な事言う奴がいたら私がぶっ飛ばすから」
「お母様、言葉が……」
露出した肩に優しく温かい手が乗る。そこから伝わる優しい熱がじんわりと心の不安を溶かしていく。
そのタイミングでアイリが口を開いた。
「じゃあ、私はそろそろあっちに行くわ」
「そうね、そろそろ行った方がいいかも」
「え?」
突然言われたその言葉にアイリは平然と答えたがルナは疑問を浮かべる。
「あっちって、シリアの方ですか?」
「ええ、入場の時に付き添いがいるでしょう?折角だから私が務めようと思ってね」
確かに昔から関係のあるアイリは適任かもしれない。彼女はそのまま「また後でねー」とだけ言葉を残して出て行ってしまった。
「じゃあ、こっちも最後の仕上げに入りましょうか。シリアちゃんが一応婿役だから最初に入るけど、そのあとすぐだからね」
「は、はい」
段取りはちゃんと頭の中に入っている。しかし、だからといって緊張しないわけがない。ルナを迎えるシリアはどんな様子で待っているだろうか。彼女も緊張しているだろうか、それとも至って堂々と振舞っているだろうか。ルナの頭の中には色々な思惑が巡りまわる。
(しっかりしないと……)
ルナ自身、今まで何度か考えたこともあるのだが、同性同士の結婚はやはり異例であった。この国の歴史の中でも実例はなく、周辺諸国でも聞いたことがない。そういう意味で果たして受け入れて貰えるか不安でしょうがない。
確かに周囲の人達は彼女達を祝福してくれているようだったが、それは反対する人が出ないという保証には決してならないのだ。
「ルナ様、とってもお綺麗ですよ」
「あ、ありがとうございます」
遂に着付けが終わり、ルナは鏡の中の自分を確認する。プリンセスラインのドレスはまさに彼女の容姿にピッタリで、純白の色は僅かに残る幼さと清純さを際立たしている。そしてそれに対して肩出しのデザインが少女と女性の曖昧な境界線を演出しているようだった。
「さて、後は待つだけね」
「緊張で潰れる前に呼ばれればいいのですが……」
着付けだとか化粧だとかをしている間は多少気は紛れるが、いざ待つだけになると途端に色々と考えてしまい、心臓の大きな音をはっきりと意識してしまう。
「ルナ様、そろそろ準備の方をお願いします」
「は、はい!」
幸いだったのは、緊張で押し潰れる前に呼ばれたことだ。呼ばれたら呼ばれたで緊張はするのだが、歩き始めてしまえば自然と覚悟は決まる。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
ティアナが差し出してくれた手をルナは握る。式場へと続く扉までの距離はそんなにない。あっという間に扉の前でに到着した彼女らに対して係の者が頭を下げて恭しく礼をする。
「ご準備はよろしいでしょうか?」
扉の前に立つ一人がそう声を掛けてくる。ティアナはチラリとルナに目線を向け、それを受けたルナは目を閉じて少しだけ深く呼吸をした後、スッと目を開いた。
「はい、大丈夫です。開けて下さい」
目の前で音を立てながらゆっくりと大きな扉が開くと同時に、会場の明るい光がルナに降り注いだ。
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