6.初めての……
「あ、が、ががっ」
男は悲痛な悲鳴を上げてある程度のたうちまわると動かなくなった。頭に深くナイフが突き立てば当然だ。
「な、貴様、何っ、ぐあああ!!」
そして続いて響いた山賊の声を悲鳴に、シリアはハッと顔を上げた。そこには深々とフード付きのローブを着ていた怪しい人物があっさりと山賊の一人を斬り捨てていた。
「な、なんだこいつ!?くそ、おいっ、殺せ!!」
そう言って賊たちは何とか連携を取ろうとするが、それは無駄だった。
突然斬り込んできた未知数の相手に戸惑っていたせいか、乗客を人質にとる考えを起こす前に一人、また一人とまるで決められた動きの様に斬られては血を拭きだし地面に倒れていく。
「ぐっ、なんだよ、なんなんだよ!!」
賊たちは既に半分ほどその数を減らしていた。たった1人を相手に。しかもその相手は息切れの一つすら起こしている様子がない。フードを深く被っているせいでその顔が見えないのも不気味さに拍車をかけていた。
さて、そんな時シリアはどうしていたのか。手には抜いた短剣を持っている。賊はシリアに背を向けている。
(いける……)
助太刀だとかそういうつもりは微塵もない。ただ身体が熱くなり戦闘に対して興奮を覚えていた。初めて人を殺めたこと、それは正義だと思って振り落としたこと、その認識が脳内からアドレナリンを大量に分泌させ、一種の戦闘狂いに彼女を仕立て上げていた。
音を出さないよう腰を低くしながら前に歩き出す。それに乗客は気づいたが、その異常性に声を出すこともできなかった。
(いけるっ!!)
飛び掛かって首元に短剣を突き刺せる距離。そこまで近づいて踏み出そうとしたその瞬間だった。
ドゴッと足元から振動を感じて、それが何かを悟った瞬間シリアはヘナヘナと情けなく尻餅をついた。
「はっ、はっ……ひ」
尻餅をついた足の間に一本の剣が突き刺さっていた。それは横入りしてきた謎の人物の物である。あと一歩前に出ていたら間違いなくそれはシリアを貫いていただろう。
シリアの興奮状態が一変、恐怖に染め上げられると身体が先程と同じようにガタガタと震えだした。
「な、なっ」
賊は意味がわからず突っ立っていた。目の前の相手の事がいまだに何一つわからない。それどころか謎は増えるばかりだ。何故シリアに向けて自分の得物を投げたのか、とそこで賊は初めて相手が武器を投げ捨てたことに気が付いた。。
「馬鹿な奴だ!武器を自分から捨てるなんてな!!」
賊は途端に士気をあげた。そして思うがままに突っ込んでいく。シリアはその光景をただ見つめていた。このままではいくら強いといえども武器を持たねば殺されるだけだ。
再び震えだした身体を必死に抑えながら慌てて、地面に突き刺さった剣を抜こうとする。だが、余程深く突き刺さっているのか容易に抜けない。
そして、男の悲鳴があがった。
「っ!!」
ハッと顔を上げる。そして目の前の光景に目を見開いた。
賊が、空中で舞っている。
「ぐ、あっ!!」
「ぎゃ、あっ!?」
空中に飛ばされていた賊はそれぞれが悲鳴を上げると何かに斬り裂かれた様に血の花を咲かしていた。そしてそのまま地面に落ちると何人かは身悶え、何人かはピクリとも動かない。
「馬鹿な、こんなところに魔法使いだと……」
「逃げろ、逃げるんだ!!」
遠巻きで無事だった山賊は我先にと逃げ出した。ローブの人物はそれを一瞥するとシリアの元に歩いてくる。
「…………」
初めて魔法を目にしたシリアは呆然と刺さった剣を掴みながら立ち竦んでいた。そして目の前に来るまでボーっと眺めていると、静かな声が聞こえた。
「それ、私のなんだけど」
「へっ?」
その声は凛として、静かでいて嫌に響いた。そしてフードを取る。
「え、えっ?」
綺麗な長い黒髪がブワッと広がり後ろに垂れる。顔つきは凛々しくていてそれで綺麗だ。
「お、女の人?」
シリアがそう言うと、そうだけど?と返事をして地面に突き刺さった剣を軽く抜いて何度か素振りをして鞘に収める。そしてそのまま馬車の主の元に歩いていく。
「この馬車はロングマ国への馬車?」
「……は、はぁ、そうですが」
「ちょうどよかった。そこまで乗せて行ってくれないか。賊から助けたお礼として」
彼女がそう言うと、漸く事態を飲み込んだのか馬車の主は土下座するような勢いで感謝を述べ、彼女の頼みを受け入れた。
そして、他の乗客も同じように助かったことを実感したのか、口々に歓声を上げて女性にお礼を述べていく。その女性はそれに若干鬱陶しそうにしていたが、はいはいと返事だけはしているようだった。
だが、シリアだけは相変わらず立ち竦んでいた。そしてそのまま膝を着くと……
「う、お、ぇっ……」
少ない胃液が逆流してきていた。突然のそれに誰しもが驚き固まったが、ローブの女性だけはゆっくり近づいてその背中に手を添わせる。
「人を殺したことは……」
「ぅ、ぅぐ、ない、です……」
そして嘔吐の後は涙が溢れ出していた。それが収まるまでだいぶ時間はかかったが、女性はずっと近くで背中を優しく撫でてくれていた。
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