9.結婚式 IN シリア
ついにこの日が来たのかと、シリアはゆったりとしたペースで進む馬車の中で物思いにふけっていた。
「…………」
その中にはもう一人、一緒にいることが最早当然となったルナもいる。いつもであれば穏やかに談笑をするような二人だったが、今日に限って無言が場を支配していた。
馬車の向かう先は過去に婚姻を発表したあの大きな教会だった。流石に王城のどこかを式場に改装には時間が足りなかったし、元よりこの教会はそういう式の催しも行っているので一番適している場所だったため今回の挙式に選ばれた経緯だ。
「もうすぐ到着しますよ」
馬車の御者がそう告げても二人は口を開こうとはしない。決して喧嘩をしたとか、行き違いがあったわけではない。二人の間の沈黙はそういうものではなく、どちらかといえば通じ合った上での沈黙であった。
シリアもルナも当たり前に緊張していた。今回の挙式が中々に急を要したこともあるが、何より式を挙げるということがどういうことなのかここに来て実感したのである。
ガタン、と馬車が音を立てて止まる。それが到着したことの合図であり、シリアは先に馬車の帆を開けて降りる。本来は使用人が手を貸すものだったが、今日は違った。
「ルナ」
降りたシリアは馬車の中にいる彼女を呼び手を伸ばす。初めて出たその言葉にルナは頭を下げて答えるとその伸びた手を握ってゆっくりと馬車を降りた。
今日は非公式な場の為、一部を除いて国民には周知されていない。故に教会に止まる何台かの豪華な馬車を見て何事かと遠巻きに見つめてる人々の姿があったが、単純に何か用事かと思い込んでいるのかあまり騒ぎにはなっていない。
「それでは、またあとで」
「……うん」
シリアとルナは教会の前で一度別れる。この後はまずお互いに用意されたドレスに着替える必要があるからだ。そして誰の意向なのかはしらないが二人がそれぞれ対面するのは式が始まってからとなっていた。シリアは大体誰が考えたのか察しがついていたが。
(師匠は緊張している私を見て笑うんだろうなぁ)
シリアにはカリーナが付き、ルナにはアイリとティアナが付くことになっている。二人のドレスを作ったのはカリーナの装飾店だが、今日の今日まで結局シリアは自分のドレスもルナのドレスも知らずにいた。
ルナがゆっくりと、少し緊張しているのか硬くなりながらも歩いていく姿を見送ってからシリアも今日の式用の使用人に導かれて教会に足を運んでいった。
*****
「お待ちしていました!体調は如何ですか?」
「緊張している以外には大丈夫です。はい」
教会の一室には既にカリーナと数人の女性が待機していた。彼女らは今日シリアのメイクを担当する所謂そういう仕事のプロである。
「ささ、時間は限られていますから始めましょう!早速メイクからしていきましょうね」
彼女らはカリーナのお店の人なのだろう、彼女がパン!と手を勢いよく叩いて合図をするとサッと道具を準備してシリアに迫ってくる。
「お。お手柔らかに……」
その彼女らの迫力に若干押されながらも、シリアは覚悟を決めた。
「よし、それでは皆さん!シリア様を誰が見ても恥ずかしくないように綺麗に整えましょう!」
「はい!」
流石にシリアもメイクのためだけにここまで囲まれたことはない。当たり前だが動いてはいけないし、自身がどう彩られているのか確認をする手段もない。鏡を用意して欲しいと一言伝えれば用意してくれるだろうが、ここまで準備してもらっているのに途中でそういう邪魔をするのも申し訳なく言えなかった。
「う、うぅ」
シリアからしてみればメイク用の細かい道具など知る由もない。それが何をするのか、あれが何のためにあるのか、不透明なものが多い状態でどんどん身体を弄られていく。
「よしよし!完璧ですね!」
それからしばらくして、カリーナにとってはあっという間、シリアにとってはかなり長い時間が遂に終わりを告げた。
カリーナがメイクの一人に鏡を持ってくるように指示をすると、すぐにそれが用意されシリアの姿を鏡面に映しだした。
「う、わぁ」
「どうですか?最高の出来ですよ!!」
そこに映っていたのはシリアであったが、本人からすれば本当にこれが自分なのかと思わざるを得なかった。
メイクといってもそこまで派手に色がついたとか、髪や眉毛などが変に弄られたわけでもない。それでもここまで変わるものかとシリアは舌を巻いていた。
「綺麗、なのかな……」
「はい、とてつもなく綺麗ですよ」
シリアにはお洒落の経験も趣味もない。しかし、綺麗に色づいた頬や桃色に柔らかく光る唇、ピッシリと整えられた髪を見れば素人目に見てもそれが如何に腕の光る技なのかぐらいはわかる。
「きっとルナ様もその綺麗さに驚いて惚れ直すに違いありません!」
「そ、そうかな……」
惚れ直すという言葉はスル―したが、ルナが自身の姿に喜んでくれるなら冥利に尽きる話である。少しだけ会うのが楽しみになったシリアだったが、まだ肝心な物が残っていた。
「さ、メイクは済んだので次は……ドレスですね」
「……はい」
教会での結婚式は盛大に盛り上がる形式というよりは、静の空間に二人が永遠の愛を誓うような形で予定されている。
今回はシリアから入場して、そのあとルナが入場。そして神父の前で永遠の愛を誓うのが簡単な流れだ。その後は簡単な会食が用意されたり、挨拶回りがあったりするがそれ自体は大した問題でないというのがシリアの思いだ。
(誓いまでの段取りを間違えないようにしないと)
一応、予行は何度もしたわけだが、その時も確認しながらという形であったため、言ってしまえば通しの本番は初めてになる。
別に一から百まで動きが決まっている様な厳格な格式があるわけではなく、ちゃんと形式に乗りさえすれば良いとされているが、ルナに恥ずかしい思いをさせたくない一心でシリアは勝手に身を硬くしているわけである。
「あの、シリア様?」
「え?」
そして、その決意のせいで呼びかけられていることに気づいていなかったらしい。
「大丈夫ですか?だいぶ思いつめているようでしたけど」
「あっ、す、すいません。ちょっと、緊張して……」
アハハ、と乾いた笑いで誤魔化すシリアにカリーナは「わかりますよ、その気持ち」と同情する。
「非公式とはいえ、教会を貸切っての挙式ですしね。でも、シリア様はいつも通り堂々として頂ければいいんですよ。そうでないと……"これ"も見劣りしてしまいますから!」
カリーナはそう言って"恐らく"シリアが着る用のドレスをお披露目した。
「……これ、私が着るんですか?」
「そうですよ!」
それは雪のように純白であった。
それ以外に色はなく、ただただ純粋を前面に押し出したドレスだ。可愛さが出過ぎないようにフリルの数は抑えめで、派手な装飾もないものの、まさに着る人自身を極み立たせるドレスだ。
シリアはそれを見て慌てふためいた。
「む、無理だよ!こんな綺麗な……私にはとても」
「謙遜する必要はありません!私は貴女にこれが似合うと思ってずっとデザインしていたんです」
「ずっと……?」
「正直に言うと、シリア様が指輪を買われたあの日から、です!」
「えっ!?そんな早くから!?」
「そうですよ!今日の事を予測したわけではありませんが……コツコツと考えていたのです」
カリーナは感慨深くそう言い、言葉を続ける。
「シリア様、これは私が貴女の為に仕上げたドレスです。貴女だけがこれを着ることを考えて作った……この気持ちを受け取って頂けませんか」
一人の職人としてカリーナはそう言って堂々とシリアを見つめる。その真剣な眼差しはシリアの戸惑い揺られる気持ちをゆっくりと落ち着かせ決意づけるには十分だった。
「ありがとう、ございます」
シリアは一言だけそういうと、立ち上がりドレスの前に行く。そして一つ息をついて着付け担当の人達に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
まだ戸惑いもあるし、気後れだって感じる。それでもシリアはこれを作ってくれたカリーナや今日の為に尽力してくれた皆の事を思い出し、せめてハリボテでも堂々とすることに決めた。
そんな思いでドレスと対峙した。
*****
「シリア様のご入場です」
軽くざわついていた会場がその声でシンと静まり返った。ルナの兄でもあるカエンは隣に座るマロンとの談笑を一度止めて、軽く身を引き締める。
「いよいよ、なのね」
「ああ、楽しみな反面少し寂しくもある」
兄として妹に出来たことはあっただろうかと彼は振り返る。確かに小さい頃から面倒は見てきたつもりではあるが、エンリ家との騒動やエネリアの国で起きた事件についても兄として家族として何かしただろうかと思い返す。
(というよりも、その役目を果たすのはもう俺じゃないのか)
今から入場してくる少女。これからは彼女が愛する妹の隣に立つことになる。勿論嬉しくもあるがそれが少しだけ寂しいと思うのは贅沢だろうかと、カエンがそう思った時、横にいる自身の愛する嫁から声が掛かる。
「あなたは良い兄ですよ。今までも、勿論これからも」
「……ありがとう。本当俺には勿体ないぐらい良い妻だよ」
ボンとその言葉と同時にマロンの顔が真っ赤になったが、それとほぼ同時に教会の聖堂の扉が開いた。そしてそこからゆっくりと一人の少女が歩いてくる。
会場のあちこちから「おぉ……」と感嘆を含んだ小さな小さなどよめきが起きる。
「わぁ、綺麗……」
顔を赤くしていたマロンもそれを忘れ、その少女に魅入っていた。
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